気に食わない本屋は潰したい。

差別のない本屋に通いたい。」(仲川啓介)を読みました。『(著者に会いたい)『差別のない本屋に通いたい。 本好き教師の冒険の記録』 仲川啓介さん:朝日新聞
この記事が話題になっていたので読んでみました。

差別のない本屋に通いたい。

読みはじめる前に

読む前に確認したいと思ったのは、次の4点です。

①『ヘイト本』が何なのか定義されているか
②その定義は厳格か
③差別・ヘイトがどの程度書かれていたら『ヘイト本』となるか
④この本が差別・ヘイトを発信していないか

以前『「バカ」の研究』や『レイト・レッスンズ―14の事例から学ぶ予防原則』という本を読もうとしたが、前者は『バカ』の定義をしておらず、後者は『予防原則』のまともな定義をしていませんでした。
言及対象に対する定義がないものなど読む価値がないと、途中で本を閉じました。
そのような本であるかを判断するのが①。

『ヘイト本』は本屋に置くなというのだから、個人の裁量に依らない厳密な定義があるはずだ、ということで②。

①の定義次第だが、差別・ヘイトと疑われる記述が皆無の本はないだろうから、どの程度の割合で含まれると『ヘイト本』となるのか、ということで③。

ミイラ取りがミイラになっていないよね?ということで④。

『ヘイト本』の定義

(p.6)ヘイト本とは、中国や韓国、北朝鮮など、特定の国や民族への憎悪や偏見をあおる本、いわゆるヘイトスピーチがその内容に含まれる本のことです。

一応、ヘイト本の定義がありましたね。
①はクリアしましたが、おかしな定義だな。

ChatGPTに妥当なものに変えてくれと依頼しました。

ヘイト本とは、中国や韓国、北朝鮮など、特定の国や民族への憎悪や偏見をあおる内容を含む本、いわゆるヘイトスピーチにあたる表現を含む本のことです。

これもダメダメだ。

ChatGPTと会話を重ねてやっと次のようなものが出来上がりました。

ヘイト本とは、中国人や韓国人、北朝鮮の人々など、特定の国籍や民族の人々に対する憎悪や偏見をあおり、排斥や差別を主張・扇動することを主たる趣旨とする本のことです。

上から(A)(B)(C)として、ChatGPTに比較させた結果が次の表です(一応Geminiにもやらせましたが、おおむね同じ結果だった)。

比較点 (A) (B) (C) どの案が適切か 適切とする理由
対象の示し方 「中国や韓国、北朝鮮など」 「中国や韓国、北朝鮮など」 「中国人や韓国人、北朝鮮の人々など」 (C) (A)・(B)は「国」そのものも憎悪・偏見の対象に含むように読めるのに対し、(C)は対象を「人々」と明確にしている。
憎悪・偏見の対象 「特定の国や民族」 「特定の国や民族」 「特定の国籍や民族の人々」 (C) 憎悪・偏見の対象が人々であることを明示しており、対象が明確。
ヘイトスピーチとの関係 「ヘイトスピーチがその内容に含まれる」 「ヘイトスピーチにあたる表現を含む」 ヘイトスピーチという語を使わず、具体的な性質を記述 (C) (A)・(B)は「ヘイトスピーチにあたる表現を含む」だけでヘイト本とし得るため、批判・検証目的で引用した本まで含み得る。
ヘイト的内容の位置づけ 「内容に含まれる」 「内容を含む」「表現を含む」 「主たる趣旨とする」 (C) 「含む」だけでは、本のごく一部にヘイト的記述がある場合も該当し得る。(C)は本の主たる趣旨であることを条件にしている。
排斥・差別との関係 明記なし 明記なし 「排斥や差別を主張・扇動する」 (C) ヘイト的な記述があるだけの場合と、排斥・差別を主張・扇動する場合を区別しやすい。
定義の範囲 広い 広い 限定的 (C) 「主たる趣旨とする」と限定することで、ヘイト的表現を一部含むだけの本までヘイト本とすることを避けられる。
全体としての適切性 (C) (A)・(B)は「ヘイト的な表現を含む本」と「ヘイト本」を十分に区別できない。(C)は本そのものの主たる趣旨を基準としており、3案の中で最も適切。

・「特定の国や民族」というが、国に対してはヘイトスピーチとは言わない
・「ヘイトスピーチがその内容に含まれる本」だと、全体の趣旨は全く逆だが、一文だけでもヘイトスピーチに相当するものがあったら「ヘイト本」になってしまう
このような問題意識があったので、ChatGPTと会話をして是正させた。

しかし、ヘイトスピーチの定義すら間違っているのに、
オンライン署名 · ジュンク堂書店さん、人種差別を扇動する「ヘイト本」を目立つ所に置かないでください! – 日本 · Change.org
という署名活動をするとは素晴らしいですね。

ヘイト本ブームの時代は、タイトルに「バカ」や「呆」などの字を冠する露骨なヘイト本さえ売られるような状況でした。本書を執筆・編集している2022年~2026年現在はと言うと、書店にもよりますが、さすがにその時代より状況は落ち着いています。しかし、一見すると国際政治について語っているように見えて、実は特定の国を日本社会の脅威とみなし差別を扇動するような本が相変わらず売られ、書店によってはそうした本が面陳されたりしています。安田浩一さんは、それを「ワッペンを付けていないヘイト本」と呼んでいます。すなわち、かつてブームだったときに出回っていたのは、「ヘイト本」と書かれたワッペンを付けているような本であり、最近はそのような露骨さがないヘイト本が並んでいるということです。

「ワッペンを付けていないヘイト本」の見分け方がとても重要だが、その主観以外の方法が書かれていない。先に出てきたもの以上はない。
恐ろしいですね。

「②その定義は厳格か」は、上記を見てもらえばわかりますが、全くもって厳格ではないので、いかようにでも基準を変えられます。

「③差別・ヘイトがどの程度書かれていたら『ヘイト本』となるか」は、言及されていません。

「④この本が差別・ヘイトを発信していないか」は、後述するように、朝鮮学校授業料無償化について、日本人ヘイトと疑わしきことが書かれています。

この本も『ヘイト本』なのでは?

ヘイトスピーチと見間違えました

(pp.14-16)カウンター・プロテストで目にした、異様な光景
「か~え~れ! か~え~れ!」。2021年2月、新宿アルタ前。30人近い人々が、メガホンを構えたり、中指を立てたりしながら、車道に向けて大声で連呼している…、何も知らずに通りかった人の目には、きっと異様な光景に映ったのではないかと思います。でも、私が本当に「異様」だと感じたのは、声を上げる人々を威圧するように旭日旗を掲げる集団と、それを取り囲む大勢の警察官の姿。
この日、私は初めてヘイトデモへの抗議行動、いわゆる「カウンター・プロテスト」の現場に足を運びました。差別的な主張を行う「ヘイトデモ」が行われる際に、それに対して抗議を行うのが「カウンター・プロテスト」。つまり、端から見れば1つのデモに見える群衆の中に、異なる2つの集団がいる状況がそこにありました。私はもともと貧困問題に関心があり、最低賃金の引き上げを求めるデモや、生活保護基準引き下げに反対するデモなどに参加した経験がありました。でも、この日の現場は、それまで参加してきたデモとはまるで様子が違っていました。
まず、スーツ姿の警察官が不気味なほどに多い。中には、望遠レンズでヘイトデモへの抗議者を撮影している警察官も。当のヘイター側の参加者がなかなか姿を現さないのも不気味でした。大抵のデモでは、出発時間よりも早めに参加者が集まり、並んで待機しているものなのです。しかし、今回のヘイトデモは、参加者の姿が全く見られず、十数人を超える抗議者と、その数を上回るスーツ姿の警察官、そしてさらに多くの制服姿の警察官が待機している。そんな状態でした。
デモ参加者が一向に現れず、抗議者の数ばかりが増えていたとき、アルタ前の車道に抗議者が集まりだしました。どうやら、デモ参加者が車で到着したようでした。それを合図に「か~えられか~えられ」と、抗議側の大合唱が始まります。私も、持参した「差別デモに抗議中」のプラカードを取り出し、抗議者の群れの後ろで掲げました。でも、抗議者と警察官の数が多くて、デモ参加者が全く見えません。離れたところから、警察官と思しき人がこちらの方を撮影していました。

警察は、街の人たちは、誰の味方なんだろう?
「なぜヘイトデモ側でなく、抗議側を撮影するのだろう?」。そんな疑問が湧きました。「ここで撮られたら、要注意人物として警察のリストに載るのだろうか?」と、少し不安になって、プラカードでさりげなく顔を隠してしまいました。

ここで電子版の最初の15ページを見られるので、多目に引用しました。

帰れ!帰れ!と中指立てて大声を連呼している集団のことを書いているのをみたら、ヘイトスピーチをしている側について説明しているのだと思いました。
しかし、よくよく読むと、中国人・朝鮮人などに帰れなどと言うヘイトスピーチ側ではなく、カウンターデモ側でした。
「ヘイトスピーチ反対!」ならばわかるが、帰れ!中指は、笑えますね。
まさに同じ穴の狢ですわ。
お前は田舎もんなのだから、田舎へ帰れってか?
同じ穴の狢だから、警察が撮影するのは理解できます。

「カウンター・プロテスト」という言葉を見た瞬間、プロの左翼活動家になるための登竜門としての「テスト」か?と思った。
まあ、そのような意味で使っているとは思えないので、プロテスタントのプロテストの意味かと思い調べると、それでした。
protest=抗議。高校英語で習うらしいが、IT業界の英語や普段使われるものではないので完全に記憶から消えていたようです。

旭日旗・日章旗の何が問題なのですか?

(p.19)私はジュンク堂書店吉祥寺店を愛用してきました。
・・・
差別の問題に関心を持ってから、私はあることに気づきました。それは、反差別の本が並ぶ「人権論」に向かって左隣の「海外時事」の棚や、「日本論・日本人論」の棚に、特定の国や民族への憎悪や偏見をあおる書籍、いわゆる「ヘイト本」が、表紙を見せる形で陳列されているということでした。ある国の脅威をいたずらにあおる帯の文句や、ある国の人々をおとしめるようなタイトルが並ぶ棚と、そこを素通りする人々。この光景は、まさに銀座で見たヘイトデモそのものようでした。
表紙を見せた陳列の仕方を「面陳」と呼ぶそうですが、「ヘイト本」を面陳し続けることは、日々ヘイトスピーチを垂れ流していること同じではないか…、しかも、そのヘイトスピーチをアシストしているのは、旭日旗を掲げた独特の雰囲気をまとう人々ではなく、信頼感と清潔感のある大型書店です。
こうした状況に対しても、何らかの「カウンター・プロテスト」を行うべきではないか?

この本では、旭日旗に関する記述が3カ所あります。
一つ目は新宿の「ヘイトデモ」をしている人が掲げているというもの。
二つ目は上記の引用部分。
三つめは安田浩一による記述で、千葉での「ヘイトデモ」の件でハーケンクロイツ・旭日旗・日章旗を並列に書いているもの。

旭日旗・日章旗のどこが問題なのでしょうね?
日章旗は日本の国旗であり、祝日には掲げている家もあります。旭日旗が戦犯旗などと批判され始めたのは2000年以降。
それを掲げることの何が問題なのでしょうか?

簡単な事実確認もできないのか?

(p.23)例えば、「外国人である」というだけでアパート入居や就職で不利になったり、朝鮮学校だけが授業料無償化の対象から外されたり、技能実習生や入管施設に収容されている人たちがひどい目に遭っても法的に守られなかったりして、なかなか救済されないことが現実にあります。

こりゃヒドイ。「朝鮮学校だけが授業料無償化の対象外」という事実はない。
教員なのに『学校教育法』を理解していないのですね。
無償化対象外となっていたのは134条で規定されている各種学校で、一般的な学校を規定した1条のも(一般に「一条校」と呼ばれる)は対象になっています。

一条校であり、韓国籍が4割以上、外国籍が5割以上の建国高校は無償化対象ですし、申請していないものは当たり前のように「授業料無償化の対象外」で、北朝鮮・韓国以外にも普通にあります。
参考までに、朝鮮総連系の朝鮮学校(北朝鮮系。(そのことが一般人にも分かるように書くべきだと思いますね)は申請が通っていないが、韓国系の韓国学校は通っている。
ということで、「朝鮮学校だけが授業料無償化の対象から外され」というのがデタラメであることがわかりますね。

「技能実習生や入管施設に収容されている人たちが・・・法的に守られなかったり」というのも問題ですね。
「法的に守られないケースがあった」というのならば、わからんでもない。だが、守られないケースがあるのは外国人に限らんでしょうに。

ちなみに、過去、実習生受入事業者と全事業者の労働基準関係法令違反割合を調べたことがありました。
前者が70.8%、後者が69.1%であり、大きな差はありませんでした。
統計的な情報をどこまで見た上で、上記をいっているのでしょうかね?まあ、授業料無償化のデタラメっぷりを見ると、統計など見ていないのでしょうね。

つまり、「外国人」や「障がい者」など、「特定のグループ」にくられる人たちに対して、不平等な状況がもたらされること。それが「差別」であるという捉え方です。
例えば「やまゆり園」の事件は、「障がい者」であることが理由に起こった大量殺人なので、差別に基づく犯罪、ヘイトクライムであるということになります。

これもおかしな説明だ。
「ヘイトクライム」は「差別に基づく犯罪」ではなく「差別意識に基づく犯罪」でしょうに。
例えば、ハンセン病が空気感染すると誤認して近くにいる人の家に放火して焼死させた場合は、ヘイトクライムではないでしょう。
結果としては差別的な行為だが、差別意識が伴わないのでヘイトクライムとは言わないでしょう。
「やまゆり園」の件は、『衆議院議員大石あきこ君提出優生思想及び障害者に対する偏見差別の根絶と相模原事件(津久井やまゆり園で十九名の命を奪った差別犯罪)の検証に関する質問に対する答弁書』で「障害者への一方的かつ身勝手な偏見や差別意識が背景となって、引き起こされたものと考えている」ともしていて、やはり「差別意識に基づく犯罪」だと思いますね。

(pp.23-24)「差別されている人はかわいそうだけど、自分とは少し遠い世界のこと」と今は思えている人にも、いつ排除の矛先が向けられるかはわかりません。気がついたら「特定のグループ」が新しく出来上がっていて、その中にくられるかもしれませんし、突然の事故や病気で自分がいつ弱い立場に置かれるかもわからないからです。

差別する「特定のグループ」を作り上げるのは、往々にして、差別をなくせと言っているあなたような人たちなのですよ。

要求が拡大することは容易に想像できる

(p.25)「「ジュンク堂書店吉祥寺店さん、人種差別を扇動する『ヘイト本』を目立つ所に置かないでください!」というやや長い名前の署名キャンペーンを立ち上げるにあたり、自分なりに考えたことがありました。それは、一人でも多くの人たちにこの問題を知ってもらい、賛同を集め、ジュンク堂に動いてもらえるようなものにしなくてはならないということです。そのために重点を置いたのは、キャンペーンのスタンスを表現するタイトルでした。「売らないでください」ではなく、あえて「目立つところに置かないでください」という言葉を使うことで、賛同してもらうことへのハードルを下げたのです。結果、名前は長くなりましたが…。

この文章から、本来は『ヘイト本を「売らないでください」』としたかったと読めますね。
ChatGPTに聞いたら、私と同じ理解でした。

「売らないでください」ではなく「目立つ所に置かないでください」と言っていて、本屋に置くことを否定してはいないというニュアンスのことが書かれているが、次のようなことを書いていて、そりゃないだろって思いますね。

(p.27)それに、対立する姿勢を取るよりも、協力を仰ぐ姿勢で臨む方が、一人でも多くの人に賛同してもらいやすいはずだと考え、「売らないで」よりも「置かないで」という表現を選びました。

「売らないでください」と考えていただろうと理解する理由をChatGPTに聞いてみました。

「『売らないで』よりも『置かないで』という表現を選びました」と明記していることから、当初は「売らないで」という要求を選択肢として考えていたと読める。さらに、「対立を避け、賛同を得やすくするため」に「置かないで」に変更したと説明しているため、本来はより強い「売らないで」という要求を念頭に置いていたと理解するのが自然である。

妥当ですね。

あなたは法務局職員・最高裁判事ではない

(p.26)「表現の自由」という言葉がありますが、ヘイトスピーチは、マイノリティの命を脅かすことにまでつながる暴力の一種であり、公共の福祉に反する行為であることから、「表現の自由」の外側にあると、私は考えています。・・・つまり、「表現の自由」の「表現」に、暴力は当然ながら含まれないということです。それと同じで、「特定の人々を傷つけ排除するヘイトスピーチは、表現の自由に含まれない」というのが、私の考え方です。

著者のヘイトスピーチは表現の自由に含まれないという主張には、おおむね同意します。
著者の決定的な問題は、法務局や裁判所ではなく、自分たちで『ヘイト本』であるかどうかを認定しようとしていることです。
それは、人民裁判です。

Change.orgの支援ポリシー

(pp.29-30)『Change.org』は、単にネット署名を集めるだけのプラットフォームではありません。キャンペーンの立ち上げから、その後の展開までサポートもしてくれる頼もしい存在です。

「単にネット署名を集めるだけのプラットフォーム」だと思っていたのだが、違ったのですね。
Change.orgの月額会員プログラムについて – Change.org』に「会費の使い道」ということで「署名発信者に戦略的なアドバイスを提供するスタッフへの支援。」「オンライン署名のメディア露出の拡大。」「署名発信者と意思決定者(企業や行政など)とのつながりの支援。」とあるので、そのような支援が存在することは確認できる。
だが、どのようなものに対して積極的に支援するのかを定めたポリシーは見つけられなかった。

わかりやすいですね

(p.46)オリンピック・パラリンピックや選挙という政治的な動きと、その報道の状況を読みながらの調整が続きましたが、ようやく日程も定まりました。

選挙はもろ「政治的な動き」ですが、オリンピック・パラリンピックは「政治的な動き」でないし、政治を持ち出すべきではないというのがコンセンサスだと思っていたが著者にとっては違うようだ。

Full article: Online political communication about the Tokyo Olympics
によると、左派野党(特に日本共産党)が東京オリンピック中止に動いていたことがよくわかります。

新聞の世界では、右派新聞と開催都市の新聞以外は反対していたことは、このことを補強します(パラリンピックは逆に賛成していたという新聞のゴミっぷりがよく分かるものです)。
新聞各紙の東京オリンピック・パラリンピックへの賛否
※詳細は『新聞各紙は東京オリンピック・パラリンピックに賛成・反対?』参照

オフレコなのに、そのようなことを書いていいのですか?

(p.76)まず強調してお伝えしたいのは、有隣堂の担当の方はとても誠実にお答えくださったということです。前記の見解以外にも、オフレコでいろいろとお話をしてくださいましたが、書店が持つ役割と顧客からのさまざまな声との間で、非常に悩まれながら答えてくださっていることがよくわかりました。

オフレコで言及されていた具体的内容を書かないのは当たり前ですが、その会話が存在したことを公開しているので、オフレコ破りの可能性があります。
質問書に回答しないことに対して著者は不満のようですが、かかわるとこのようなことが起きる可能性があるので、書店担当者が無視したい気持ちはよくわかります。

いや~ほんと恐ろしいですね

(p.77)繰り返しになりますが、私は差別扇動効果が完全に抑えられていれば、販売すること自体に反対はしていません。つまり、差別を禁止する法律や条例が整っていれば、有隣堂では、私が今回要求していること以上の対応さえする可能性があるということになるわけです。

もの凄く恐ろしいことを言っていますね。

「差別扇動効果が完全に抑える」ことは不可能だ。
そもそも「差別扇動効果」を測定する定まった方法すらない。

自分たちは万能の神で、「差別扇動効果を完全に抑えているか判断できる」と思っているのでしょうか?
そうでもないとこの文章は出てこないと思います(もしくは、無知・無教養のため何も考えていないか)。

この考えはリベラルの対極にあると思います(中道右派を自認する私からはそう見えます。GrokにブログとXの投稿を見て判断してもらったら中道右派と答えた)。

努力義務はなぜ国民だけに課されるのか

(p.77)もっとも、すでにヘイトスピーチ解消法は施行されていますが、書店においてはまだ実効性のあるものとして機能していないということになります。罰則などの規定がないとはいえ、「(国民は)本邦外出身者に対する不当な差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努めなければならない」とあるので、書店関係者でも日本国民であれば差別解消への努力義務はあるということになります。

本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律』の第三条を見ると「国民は」とありますね。
ヘイトスピーチ解消法の対象が、法律の名前の通り「本邦外出身者」だけに限定されることは知っていたが、努力義務が国民だけに課されることは知らなかった。
想像するに、外から言われたから仕方なく議員立法で作ったから、影響範囲を限定したかったということかな?

「国民は、」ではなく、『海洋汚染等及び海上災害の防止に関する法律』のように「何人も、」とすればよい。

第二条 何人も、船舶、海洋施設又は航空機からの油、有害液体物質等又は廃棄物の排出、船舶からの有害水バラストの排出、油、有害液体物質等又は廃棄物の海底下廃棄、船舶からの排出ガスの放出その他の行為により海洋汚染等をしないように努めなければならない

ところで「(国民は)」と括弧づけしたのは何なのだろう?「国民は、本邦外出身者に対する不当な・・・」とあり、長い条文を省略するためではないのに意味がわからない。

先の文章の後に次のように続きます。

(pp.77-78)この条文に実効性を持たせ、書店がヘイト本の扇動効果を抑えるアクションを起こすためには、やはり社会全体で差別への認識を共有する必要があるのではないでしょうか。
ヘイト本の問題は、書店の問題である以前に、やはり社会全体の問題なのだと思います。
差別を止めるための規範がないから、ヘイト本が平積みされるし、多くの書店はそれを指摘されても口をつぐむしかなくなるのです。口を開いてくれる殊勝な書店も、差別扇動効果に対処するところまでは動けません。
だから私たちは、差別を止める「反差別規範」を、この社会につくっていく必要があるし、書店業界の方々とも一緒にその努力をしていきたいのです。なぜなら、「多様性を提供する」という書店の役割を健全な形で果たすことは、反差別規範に基づいてこそ初めて成立するからです。

もの凄いことを言っています。
「反差別規範」がないのに、「『ヘイト本』を目立つところに置くな」と言っているのです。
わかりやすく言うと、『ヘイト本』と判断する社会的合意がないのに「『ヘイト本』を目立つところに置くな」と言っていることを白状しているのです。
「俺の基準で好きに本屋をコントロールするぜ!」と受け取られても仕方がないでしょう。

小学校教員として大丈夫か?

(pp.80-81)また、ヘイトスピーチであれ、社会構造上の差別であれ、差別を放置することも差別への加担になってしまいます。もちろん、差別の被害当事者や、新たな被害者になり得るマイノリティは、加担者に含まれません
一方で、差別の被害を直接的に受けにくいマジョリティには、差別を止める力があるし、マジョリティが動かなければ差別は止められません。

この人は小学校教員なのだが、これで大丈夫なのか?
いじめの被害者がより立場の低い人をいじめることが往々として起きることを知らないのかね?
※『Does bullying perpetration predict bullying victimization, or does bullying victimization predict bullying perpetration? An updated meta-analysis of longitudinal studies – ScienceDirect(いじめの加害行為はいじめの被害を予測するのか、それともいじめの被害はいじめの加害行為を予測するのか? 縦断研究に関する最新のメタ分析)』参照

いじめとヘイトスピーチやその他の差別も同じだと容易に思いつくことでしょう。

「マジョリティが動かなければ差別は止められません。」もいじめに例えるとなかなか酷いことだ。
もちろん、加害者・傍観者側が動いて止めることはあるだろうが、多くは、被害者が教師・親・友人などに助けを求めて止めるのでは?
この教師は、いじめの事実を知っても、いじめは止めるべきだと一般論をかざすだけで、加害者・傍観者側が動くまで助けに入らないということですか?

マジで?

(p.83)これに続けて、李氏は、韓国が実質的な死刑廃止国家になったことや、外国人参政権も認められるようになったことなどを挙げています。

韓国で本当に外国人参政権が認められるのか?
調べると地方参政権だけで、永住資格を得て3年経つと得られるとありますね。
だよね。国政参政権は無い。正確に書きましょう。
ところで、ヘイトスピーチ・ヘイト本と死刑廃止・外国人地方参政権に何の関係があるのでしょうか?
韓国は日本と同様地方の条例で法で定められていない刑罰を新たに設けることはできません。

日本語を正しく理解しましょう

(p.93)締約国は、一の人種の優越性若しくは一の皮膚の色若しくは種族的出身の人の集団の優越性の思想若しくは理論に基づくあらゆる宣伝及び団体又は人種的憎悪及び人種差別(形態)のいかんを問わない。)を正当化し若しくは助長することを企てるあらゆる宣伝及び団体を非難し、また、このような差別のあらゆる扇動又は行為を根絶することを目的とする迅速かつ積極的な措置をとることを約束する。
─人種差別撤廃条約第4条より
人種差別撤廃条約の締約国は、あらゆる差別の扇動や行為を根絶することを約束しています。
また、ある人種や民族が優越性を持つという思想で行う宣伝や、人種的憎悪やあらゆる形態の人種差別を正当化したり助長したりする宣伝を非難すると約束しています。ですから、例えば、「日本人は優れていて、〇人は劣っている」と主張する本や、「〇人は、こんなにもひどいことをする人たちだ」として憎悪をあおる本は、ヘイト本であると言えます。

日本語を読めても、その意味を理解できないとは困ったものです。
約束しているのは、根絶することではなく、根絶するための措置をとることです。
措置をとったからといって、根絶できるとは限りません。

人種差別の宣伝を非難するとあるから、そういうことが書かれている本は「ヘイト本であると言えます」と書くが、論理がぶっ飛んでいます。
「人種差別の宣伝を非難する」ことと、「人種差別の宣伝が含まれている本がヘイト本である」こととは一致しない。たった一文だけ「人種差別の宣伝」があったとしても、ヘイト本に該当するのか?

著者の論理に従うとこの本も立派な『ヘイト本』だ

(p.95)なお、ヘイトスピーチ解消法の「附帯決議」には、次のようにあります。

本法の趣旨、日本国憲法及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約の精神に照らし、第二条が規定する「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」以外のものであれば、いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りであるとの基本的認識の下、適切に対処すること。
─ヘイトスピーチ解消法附帯決議より

「本邦外出身者」以外に対する差別的言動も、人種差別と同じように許されないということです。
したがって、トランスジェンダーやアイヌ、沖縄の人々などへの差別的言動もヘイトスピーチであり、それが書かれた本はヘイト本であるということになります。

ありがとうございます。
この記述で、めでたくこの本も『ヘイト本』に成り下がりました。
「朝鮮学校だけが授業料無償化の対象から外された」と事実に反することを書き、日本人へのヘイトを扇動していると判断され得るので、あなたの基準では立派な『ヘイト本』です。

ブーメランになるのだよ

(p.327)もちろん、カウンター・プロテストなどの実践を通して、そうした人々の差別を止めるように全力を尽くす必要があることは言うまでもありませんし、差別への怒りを表現することが妨げられることはあってはならないと思います。

群馬県草津町の黒岩町長の冤罪による非難をしたことに謝罪しなかったり、福島第一原発事故に関係するデマで福島県民ヘイトがされていたことなど著者はどう思うのかね?
いわゆるリベラルな人達に都合の悪いことは本書には書かれていなかった。

「差別への怒りを表現することが妨げられることはあってはならない」に対する反論を上記二つの事例でChatGPTにしてもらいました。

「差別への怒りを表現することが妨げられてはならない」というのは、表現の自由の観点から理解できる。しかし、「差別への怒り」を理由にすれば、その内容が誤っていても、第三者を差別者として非難しても、批判や訂正を受けるべきではないということにはならない。草津町では、性被害という人権問題への怒りを背景に町長や町議会への強い非難が行われたが、後に元町議の告発について有罪判決が出て、支援した団体自身が謝罪する事態になった。福島でも、原発事故への怒りや不安から生じた誤った放射線認識が、福島県民への偏見・差別につながったことが確認されている。差別への怒りを表現する自由と、その怒りに基づく主張を検証・批判する自由は両立する。むしろ、後者を否定すれば、「反差別」を掲げる側の誤認や偏見まで批判できなくなってしまう。

『「差別への怒り」は、差別の有無を判定する免罪符ではない。』とも書いている。
「やさしさ」の免罪符 暴走する被害者意識と「社会正義」』(林智裕)に通ずる話ですね。

pp.98-323は、他の人の記述だったり、対談だったりしたので読み飛ばしました。

読んだ範囲では、『ヘイト本』であるという具体的な書名は出てこなかった。具体例がなければ、その判断が妥当なのか判定できません。
まあ、『ヘイト本』の定義がぐだぐだなので、妥当であるとは判断されないとは思います。


差別のない本屋に通いたい。: 本好き教師の冒険の記録


編集部より:この記事は晴川雨読氏のブログ2026年8月16日のエントリーより転載させていただきました。

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