石破内閣の支持率が上がったという。なんと「次の首相」で、1位に返り咲く調査もあるそうだ。
議院内閣制かつ二院制の国で、1年足らずのあいだに両院とも選挙で負けたら、退陣するのが民主主義だと思うけど、いまや続投を願うデモまで起きている。辞任後に自民党で「より右」の総裁が選ばれ、選挙で躍進した右派政党と連立されたら困るということのようだ。
さて、一説によると「自民より右」の政党が近年伸びたのは、日本の政治を不安定化させるロシアの工作の結果らしい(笑)。こともあろうに選挙戦の最中に、そうした風説をネットで拡散したのは山本一郎氏だった。
だとすると、選挙の結果を首相は無視しろみたいに「民主主義を壊す」主張を唱える上記のデモにも、やっぱりロシアマネーとか入ってるんですかね。ぜひ、分析を伺いたいところである。
これらのボットアカウント群は……れいわ新選組、国民民主党、くにもり、日本保守党、そして参政党といった、政治的に極端なポジションを取る各政党の主張を広げる役割を担っています。
(中 略)
彼らの目的はあくまで「日本政治や社会が不安定化するよう、偽情報や印象操作で国民を怒らせる」ことですので、その発言者が参政党だろうが国民民主党だろうが日本保守党だろうがどこだろうと構わないのです。
山本一郎氏note, 2025.7.15
参院選投票日の5日前の投稿
(強調は引用者)
この山本氏について、イスラム研究者の池内恵氏が、7/26にコメントしていた。あたり前ながら、「信用しかねる人物だ」との指摘である。
実は、似た経験を私もしている。私は日本のキャンセルカルチャーの「専門家」というか、第一人者なのだけど(苦笑)、山本氏が後出しで横から割り込み、事実誤認を広めるのには閉口した。
2022年の上記の記事は、タイトルから誤っている。呉座勇一氏と東浩紀氏の亀裂の原因は、辻田真佐憲氏とは関係なく、まったく別の人(いま呉座氏とYouTubeで配信する春木晶子氏)の番組だ。辻田氏は当時、決裂が憶測を呼ぶ中で、自分の番組で背景を説明しただけである。
「ロシアの選挙干渉」(笑)に比べれば、これ自体は些細な小ネタだが、書き手としての山本氏の信頼度を測る上では、重要な一節がある。
なんだなんだと思ってクソ忙しいところ興味本位で拝見しにいきましたが、特段呉座勇一せんせは東浩紀さんを何か手ひどく批判するような話をしたわけでもなく、そもそもの発端は別人のコメントですし、あれに東さんがブチ切れているのだとしたら
山本一郎氏note, 2022.6.15
文脈上、ここで「拝見しにいきました」とは、両氏の決裂にまつわる番組を実際に視聴したという意味になる。しかし、見た番組の配信者をまちがえるということは、ありえない。つまり、山本氏はソースに当たっていない情報を、「見てきたかのように」書く癖のある人だということだ。
情報社会の副作用だが、バズった話題に「いっちょ噛み」「後出し」で便乗し、事実を歪めて拡散する人は多い。前から迷惑している件は、当該の問題の真相も込みで以下に書いた。
私の苦労話はともかく、重要なのは、そうした山本氏の論説(それもnoteでの公開で、ソースの注記等もない)を「自分の研究にも通じる!」として、学問的なお墨つきを与えてしまう「国際政治学者」がいることだ。リアルタイムでもご紹介した、筑波大学の東野篤子氏である。
山本氏の記事と同日の7.15
ぴったり1時間後の投稿は偶然でしょう。
7.18の私の批判はこちら
気になるのは、この東野氏が、池内恵氏が運営するROLESというプロジェクトのメンバーなことだ。研究仲間をフェイクで誹謗するYouTubeの配信者を、率先してSNSで拡散する「学者」とはどういう存在なのか。いちおうは大学勤務歴のある私だが、まったくわからない。
もっとわからないのは、東野氏自身によると、
「会いに行ける国際政治学者」ってどうなんだ…!?…としばらく悩んだりもいたしまして(笑)。
信頼する方に背中を押してもらったこともあり、ROLESの先生方に無理をお願いして調整していただいて、実現したこの企画ですが、
東野篤子氏note, 2024.7.24
どうも国際政治学者を、一般人は「会いに行けない」くらい、世俗から隔絶した天上の世界の住人だと捉えているらしいのだが、そんな人がSNS三昧で獲得したフォロワー数を自讃し、山本氏のような「煽り屋」の不正確な記事を学術ロンダリングして広めるのも、理解不能である。
お久しぶり!
こちらの記事以来の登場です
……と言いつつ、まぁ例によって、最初からわかった上で書いてるんですけどね(苦笑)。
このROLESは、文科省でなく外務省の予算によるプロジェクトだ。で、公的な助成金を使う場合、実績はこの指標で評価するといった要綱があるけど、外務省は「研究者個人によるインターネット、SNS等による広報」も査定の対象に含めていることを、辻田真佐憲氏が書いていた。
ここで言いたいのは、外務省助成金の実態を知っておくべきだということだ。そしてそこでは、研究者個人のSNSまで評価対象として掲げられているということについても。そのうえで、所属研究者たちの発信をどう受け止めるか。それは個々人次第となるだろう。
(中 略)
あえて戯画的に表現すれば、SNS的な専門家マウンティング芸と国家のプロパガンダとの奇妙な結合。そんなものが誕生しかねない地平が、いま、われわれの目の前に開かれつつある。
『ゲンロン16』247・249頁, 2024.4
ソースとなる資料はこちら(PDF)
この辻田氏の評価に、つけ加えることは特にない。政府からの「評価」に晒されつつ、SNS中毒みたいに発信し続ける研究者を見たとき、私たちは学問や言論の自由について、なにを考えるか。それは個々人の価値観である。
東野篤子氏がその主張を拡散した山本一郎氏が、選挙で自民党を応援する仕事を請け負っていたことは、本人のnoteに基づきすでに触れた。しかし、現状では自民党すなわち政府なのだから、国からの評価をめざす上で、東野氏にとってそんなことはどうでもいいのかもしれない。
そもそも東野氏自身は、ウクライナ戦争に関する情報発信の姿勢について、詩的な比喩を用いてこんな風に述べている。
私自身はこの侵略に関していえば、積極的に現在の自分の知見を総動員し、発信するファーストペンギンでありたい、と考えています。
(中 略)
スマートではなく、転んで傷だらけになったり嘲笑されたりと、まことにぶざまなペンギンですが、そういうペンギンがいたっていいのではないかと。
東野篤子氏note, 2025.5.26
真っ先に飛び降りるのはそのペンギンの自由で、別にぶざまでもかまわないが、「なぜおまえは同じ飛び方をしないんだ!」と他のペンギンを攻撃したり、結果が大外しでも反省しないのは困った話だ。それについては何度も書いたので、末尾の参考記事を読んでほしい。
2025.5.27
そのとおりという他はないですね。
詳しい背景はこちらも
問題は、国の予算でそうした「ペンギン」を養殖して、学問と社会の関係はよりよい変化を遂げたのか。その一点だ。
個人的には、篠田英朗氏(やはりROLESのメンバー)が描く以下の「専門家」の姿が、そうした政策の帰結を正しく描いていると感じる。むろん、私だったら「センモンカ」と書くのだけど。
「専門家」の方々が、どれくらいの数の気に入らない勢力に、次々と侮蔑的な言葉を投げかけて、特定ファン層にSNSで訴えかける毎日を過ごしていらっしゃるのかまでは、よく知らない。
しかし、日本でスマホに向かって、「ロシアは負けなければならない、参政党は負けなければならない、トランプは負けなければならない」と叫び続けていても、現実は何も変わらない。
アゴラ, 2025.7.22
(段落を改変)
思春期に「冷戦の終焉」が直撃した私の世代にとって、国際政治学にはどこかキラキラしたイメージがある。だからといって「会いに行けない」とは思わないが、それが魅力的な分野であり続けることは国益に資する。
逆にいうと、学者の矩を踰えて飛び降りた1匹のペンギンがぶざまでも、お手つきですむかもしれないが、分野がまるごと「ぶざま」になったら、もう後戻りできない。反面教師はこの間、他の分野にいっぱい転がっていた。
学問の信用ほど築くのに時間がかかり、かつ一瞬で壊してしまえるものはない。まちがった方向に飛び降りたファーストペンギンに必要なのは、追随でも追従でもないだろう。その「ぶざまさ」を正しく記録に留め、語り継ぐ発信の姿勢こそが、いま求められている。
参考記事:
(ヘッダーはNational Geographicの記事より)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年7月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。