ファクトチェックが必要
「石破降し」で与野党を含め、政界の迷走が続いています。誰が意思決定権を握っているのか不明で、方向が定まらない。その政界を取材するメディアが発する情報もどこまでが核心に迫っているのかが分かりません。最も慎重、正確であるべき新聞社説も蛇行しており、ファクトチェックが必要な状態です。
石破氏の進退がトランプ関税問題とセットになっている面もあります。日経社説(7/26)は「専制国家と見まがうトランプ政権の半年」(日経社説、7/26)で「大統領令を乱発、相手を選ばぬ関税、国際規範の無視」は同感です。「責任を回避してばかりいる首相自身のケジメのなさ」と指摘するより、まず批判すべきはトランプ氏だと私は思います。批判する優先順位がおかしい論調が目立ちます。
両院議員懇談会 石破首相インスタグラムより
参院選で自民党が昨年の衆院選に続き過半数割れし、「石破首相の退陣は不可避」が政局の焦点になってきました。石破氏本人は「関税交渉もあり、続投する」と明言しました。朝日社説(7/24)は「政権居座りは許されない。国民の信を失っている。石破首相でなく、新たに選んだ党の総裁に後事を託すべきだ」と断罪しました。そうでもしないと、混乱が収拾されないと主張しました。その朝日の論調も次第に「首相だけの責任か。党の顔を変えるだけでいいのか」に変わっていきました。
参院選後、10日以上経ち、振り返ると、「石破退陣」を論じる新聞社説で首を傾げるケースがいくつもあったことに気がつきます。読売新聞は7/23の夕刊で「石破首相退陣へ。関税合意を受け、月内にも表明」と一面準トップ(トップは関税合意)とうち、号外まで出しました。号外まで発行したのは、確かなニュースソースからの情報だと判断したのでしょう。毎日新聞も「来月(8月)末までに表明する」とスクープ調の記事を読売と同時に書きました。どうもこの時点では、退陣をまだ決断していなかったのではないか。
読売の記事には「退陣する意向を固め、周辺に伝えた。月内にも表明する」とあります。石破首相は再び、記者団に「そんなことはない。続投する」と明言しました。「退陣の意向」とささやく情報があったことは否定できなくても、「退陣する意向を固めた」、「周辺に伝えた」まで踏み込んだのは、誤報だったような気がします。「月内にも表明」は翌日朝刊で「近く表明する意向」と書き換えられていました。
ばつの悪を自ら感じたのでしょうか。24日朝刊では解説特集で「退陣『まだ言えぬ』、首相が意向」という見出しをとり、「退陣は決意している。今は言えないだけ」という記事を書き、「第一報は間違いではない」といいたかったのでしょう。さらに29日の社説「首相は党の信頼失墜を望むのか」で「首相はすでに退陣の意向を固めている。ただ、表明する時期は決めていないという」と書きました。「石破降し」の圧力が強まる一方なのに、「続投する」と本人は言い続けています。「すでに退陣の意向を固めている」は、ファクトチェックで検証した方がいいと思います。
関税協議の決着については「日本にとって容認できる」、「近く退陣する首相にとって大きな実績となろう」(24日)と評価しています。関税協議は評価できるどころか、合意文書もなく、国際貿易史上、前代未聞の強引な一方的な押し付けだと私は思います。
日経社説(24日)は「国際ルールに基づかないトランプ関税は一片の道理もない。『私の指示のもとに、日本は米国に80兆円投資し、利益の90%を米国が受け取る』(トランプ氏の投稿)は、一方的な発表で、外交儀礼上も容認できない」と、酷評しています。日本政府はトランプ氏の無礼な態度を我慢して、交渉を収拾することに優先したのでしょう。だからこそ第三者のメディアが正論を主張すべきなのです。
朝日新聞はどうかというと、「自ら掲げた目標を達成できなかったのだから、職を辞すのが筋だろう」(21日)、「首相は改めて続投の意向を表明した。このまま政権に居座ることは民意に沿うものといえまい」(22日)と書きました。やはり一国の首相の進退については、決定的なタイミングがくるまでは「けじめをつけるべきだ」、「辞任は不可避の情勢だ」といった表現にしておくべきでしょう。
朝日の論調には変化があり、「党の顔を変えただけで、国民の指示は戻るほど甘くない」と、「石破降し」について注文をつけています。「朝日の世論調査では、『自民党全体に問題がある』が81%、『首相個人に問題がある』が10%になった。首相に対する不信任というだけでは、党の再生はおぼつかない」(30日)と。
毎日は「あきれるのは、自民党の派閥裏金事件に関与した議員を含め、解散した旧派閥勢力が『石破降し』に動いていることだ。選挙連敗の責任を首相だけに押し付ける振る舞いは見苦しい」と、主張しました。これも同感です。「石破降し」の実態をもっと知りたいところです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年8月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。