メキシコ麻薬戦争の深層:シナロア弱体化と新興カルテルの台頭

メキシコの麻薬組織は政治家と必ず癒着している

メキシコの政治は、カルテル(麻薬組織)との癒着を抜きにして語ることはできなくなっている。2023年10月に就任した初の女性大統領、クラウディア・シェインバウ氏も、いずれは麻薬組織との癒着を免れないだろう。

前任であり、彼女の政治的師ともされるアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール氏も、米国からカルテルとの癒着を指摘されている。フェリペ・カルデロン元大統領の政権下で治安相を務めたヘナロ・ガルシア・ルナ氏も、オブラドール氏の癒着を名指しで批判している。なお、ガルシア・ルナ氏自身は現在、汚職の罪で米国の刑務所に服役中である。

カルデロン元大統領ですら、シナロア・カルテルとは密接な関係を保ちつつ、他のカルテルを取り締まっていたほどだ(2024年9月23日付『ABC』より引用)。

シナロアに対抗するハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン

これまでメキシコ最大のカルテルとされてきたシナロアに対抗する勢力として、ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンが急成長を遂げている。最近では、その活動がこれまで以上に活発化しており、シナロアを駆逐し、国内最大のカルテルにのし上がろうとしている。

シナロア・カルテルの首領であるエル・チャポ(本名:ホアキン・グスマン)は、現在米国で無期懲役刑に服している。また、息子たちの内部抗争に加え、長年シナロアの実務を担ってきた幹部マーヨ(イスマエル・サンバダ)も最近、米国で逮捕・収監された。

このようなシナロアの組織的弱体化を見越し、ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンはシナロアの縄張りに侵入し、シナロアおよびその傘下の組織と熾烈な抗争を展開している。

ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンの最近の目標の一つは、メキシコシティでの勢力拡大である。このため、彼らの脅迫に屈しない有力政治家は、常に命を狙われる覚悟を持たねばならない。

なお、ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンがメキシコシティで複数のキャバレーを経営していることも明らかになっている。

ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオン創設者の逮捕は米国の最重要課題

ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンの創設者エル・メンチョ(本名:ネメシオ・オセゲラ)は現在、メキシコ国内に潜伏している。米国麻薬取締局(DEA)が掲げる最重要指名手配者の一人であり、逮捕に向けて1,000万ドルの懸賞金がかけられている。

エル・メンチョは、かつてシナロアの下請け的存在であった「カルテル・デ・ミレニオ」のメンバーであった。ミレニオの創設者2名が死去した後、分裂状態となっていた同組織を再編したのが彼である。

彼は米国で麻薬密売の罪により逮捕・服役した後、メキシコに戻って一時期は警察官として勤務していた経験もあり、強い統率力を持つ。その一方で、彼の組織はメキシコで最も凶暴なカルテルとも称されている。

こうした背景もあり、エル・メンチョ率いるハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンは、わずか10年余りでシナロアに匹敵する勢力にまで急成長を遂げた。

米国における麻薬密売市場では、現在シナロアと並ぶ規模となっており、国内の密売ネットワークにおいては、ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンの方がわずかに優位に立っているともされる。この二大カルテルは、米国市場におけるフェンタニルの流通をほぼ独占している。

ハリスコ・ヌエバ・ヘネラシオンの過激化には、創設者エル・メンチョの息子エル・メンチートが、2024年に米国の裁判所で無期懲役30年の判決を受けたことが影響しているともいわれる。エル・メンチョは、息子の逮捕・米国送還にシナロアが関与していたと信じており、これが復讐心をかき立てている。