AIが奪うのは「仕事」ではなく「労働」

黒坂岳央です。

昨今、「AIが人間の仕事を奪い、やがてすべての仕事が消える」「労働が贅沢品になる」といった意見が散見される。果たして本当にそうだろうか。筆者の立場は明確である。それは「否」だ。

もちろん、未来のことは誰にもわからないし、筆者も予言者ではない。しかし、少なくともこの原稿を執筆している時点では、本質的にAIは人間の「仕事」ではなく「労働」を奪っているのが現状だと認識している。

aydinynr/iStock

労働と仕事の違い

まずはこの2つの概念をはっきりと区別しておきたい。

  • 労働(labor):単調で反復的、定型的な作業。AIが得意とする領域。
    例:誤字脱字の訂正、文字起こし、データ入力、検索業務。
  • 仕事(work):創造性、判断力、人間関係、責任が伴う行為。
    AIでは代替困難な領域。例:戦略の構築、顧客との交渉、倫理的判断。

筆者自身の業務でも、AIは日常的に活用している。たとえば原稿執筆においては、誤字脱字のチェック、論理整合性の確認、リサーチの補助などを担わせている。その結果、手元に残るのは「考える」「決断する」「伝える」という本質的な仕事である。

そして他の仕事も同じように「補助的、深堀り的な活用法」をすることで飛躍的に労働生産性は高まった。AIを使い始めるようになってから、浮いた時間で新しい仕事や勉強をしている。2025年になってからも新規の仕事を始めることができたのは、市場調査などの補助をやってくれたからで、AIなしには実現し得なかった。そう考えると「AIが生み出した仕事」といえる。

AIは筆者の「労働」を代替しているが、「仕事」は増えたのだ。今後、AIが代替する範囲はもちろん広がるだろうが、仕事そのものは人間が創出するだろう(繰り返しだが未来のことは誰にもわからない前提であり、少なくとも当面の間は)。

歴史を振り返れば未来が見える

AIによる雇用不安は決して新しい現象ではない。過去にも同様の恐れが繰り返されてきた。

産業革命の時代、人々は織機や蒸気機関に職を奪われると危惧した。実際、単純な肉体労働の需要は減ったが、代わりに機械を操作・管理する仕事が生まれ、結果的に経済は拡大した。

インターネットの登場時も同様である。FAXや郵便による通信が衰退する一方で、Web制作やSEO、デジタル広告といった新たな仕事が出現した。

AIもまた同じ系譜にある。過去との違いはその速度と適用範囲の広さにあるが、本質的には「労働の代替と仕事の再定義」という歴史の延長線上にある。

「AIにすべて奪われる」という反論

もちろん、「それはAIの進化を舐めている。いずれAIが仕事そのものを奪う」という声もある。

たしかに、翻訳や法務文書のレビュー、画像診断といった専門的なホワイトカラー業務においても、AIの代替が進んでいるのは事実である。たとえば、金融業界ではAIが数秒で膨大なデータを分析し、投資判断を補助している。法務分野では契約書レビューの初期チェックはAIが担うケースもある。また、一部では既にAIの影響で産業そのものが蒸発する事例もある。

だが全てではない。顧客との信頼構築、複雑な交渉、最終判断といったプロセスは、依然として人間の役割である。また、AIの出力に対する責任の所在、判断の法的・倫理的正当性、顧客との感情的なつながりなど、AIには限界がある。

AIは万能ではない。エネルギーコスト、アルゴリズムの透明性、データバイアスの問題など、解決すべき課題は山積している。まだ法整備が追いついていない部分は多く、世界的に協調介入もあり得る。

AI脅威論が出てくると「中国が好き勝手使い始めて世界が混沌になる」といった意見があるが、実際はその逆で「無法」どころか同国では世界でも珍しい事前審査制を取っている。

安全評価、アルゴリズムの登録、利用者の実名制などが義務付けられ、違反には高額な罰金やサービス停止が科される。これは「AIが無制限に暴走する」どころか、「国家がAIを完全に制御したい」強い意志の現れである(国家そのものがAIを使って暴走するなら話は別だが…)。

だからこそ、現時点で私たちが取るべき行動は「AIを恐れる」のではなく、「AIを使う側に回る」ことである。

人間に強く紐づく仕事をする

最後に強調しておきたいのは、AIが進化すればするほど、「人間にしかできない仕事」の価値が相対的に高まるという点である。

極端な話でいえば、音楽やスポーツ、お笑いなどの芸能の仕事だ。これらは機械のほうが上手かもしれないが、ロボットがするサッカーの試合や音楽会、漫才を見るために誰もお金は払わないだろう。

その他にも、仕事は商品というより営業マンそのものを売る本質がある。「せっかくのマイホーム、信頼できるあなたから買いたい」といったような心を掴む営業ができれば、AIの提案を超えるベットも現実的にあり得る。

筆者の場合は記事や動画を出している立場であり、「似たような内容でも、他の人ではなくあなたから話を聞きたい」と嬉しい指名をもらうこともある。自分はその信頼を裏切らないように仕事をするだけだ。このように仕事には人間の本質的な価値が宿り、強く属人的に紐づくものがある。

AIに労働を任せ、仕事に集中できる未来は、むしろ歓迎すべきではないだろうか。

未来は誰にもわからないわけだが、ひたすらAI脅威論とディストピアに怯えて生きる気力をなくすのは人生のムダ遣いである。不安を爆発させてディストピアを叫んでも、現実は変わらない。変えられるのは、今この瞬間にどう動くかだけである。状況が変わればその時にまた改めて最適解を考えればいい。

 

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。