4月初め世界各国に向けて唐突に発せられたトランプ関税、その交渉が最終盤を迎えている。残るは中国だけかと思われたが、既に合意したはずの日本とインドについて俄かに齟齬が生じている。本稿ではこれに関連する三つの案件について筆者なりの考えを述べてみたい。
本題に入る前に、筆者がトランプ関税に関してずっと懐いている葛藤について述べる。根底にある思いは、この関税が米国の財政赤字の解消に寄与し、且つまた日本の国益にも資する解決策が見いだせるなら、日米同盟の更なる発展と中国への対抗力の強化の契機に成り得るというものだった。
が、トランプが世界各国に高関税を課したことは、米国が「世界の扶養者ではなくなる」ことを意味し、そのことは西側諸国の結束に亀裂を引き起こしかねないという葛藤が生じた。つまり、トランプは中国以外への関税を、より穏当なものにしておくべきではなかったか、ということ。
また、日米関税交渉を石破政権が担っていることに起因する葛藤がある。本欄読者はみなまで書かずともお判りと思うが、日本の国益が損なわれずに、且つ米国も満足する結果に収まると、それが政権の長期化に繋がってしまうとうジレンマだ。不謹慎にも、失敗すればいいのに、とつい思うことがある。
「ベッちゃん」と機縁撮影を取ってご満悦の赤沢大臣 同大臣Xより
日米合意の齟齬
本題に入る。先ずは日米の合意内容に齟齬が生じたこと。訪米した赤沢氏が、米閣僚から「手続きは遺憾だった」との認識を示した上で、「今後、適時に大統領令を修正すると説明があった」そうだから、米政府の事務手続きのミスなのだろう。事務方の首が飛び、実際に修正されるまでは安心はできないが。
この関連で、赤沢氏は「合意文書」がないことについても、「合意が7月22日で実施が8月7日だから」と述べ、「文書作成は無理」とドヤ顔をしていたから、事実その通りなのかも知れぬ。
が、筆者が現役当時に体験した合弁やM&Aの複数の交渉では、その日の交渉の終わりに必ず時間を設け、双方がまとめたメモを突き合せた議事録を共有した。それを社内に持ち帰って経営幹部で確認し、疑義が生じれば次回の交渉で提起して、そこでの結論をまた議事録に残すのである。国内外どの企業が相手であろうとそのように事を進めた。
何故なら、こうした交渉では相手の説得にも増して、社内の合意形成が厄介だからだ。仮に米側が「省きたい」と言っても、こちらから「ダメだ、今日決めたことを確認しよう」というべきであった。そうしておけば、合意文書はこれまでの8回分の議事録の合体だから、言うほどの日数が掛るとは思えない。双方が当たり前のことをしなかったための齟齬ではなかろうか。
5500億ドルの投資
日本はどういう成り行きか5500億ドル(約80兆円)の投資資金を提供する羽目になった。トランプは投資から得られた「利益の9割は米国、日本は1割」と述べたが、依然としてそのスキームの詳細は明らかでない。そこで筆者ならこう提案するという案を以下に書く。
味噌は、トランプがデスクのフリップの「4000億ドル」を書き換えた「5500億ドル」。それは彼が知ってか知らずか、日本が保有している米国債1.1兆ドルの半分に当たる。日本は保有国債を担保に5500億ドルを米国金融機関から借りて投資財団を設け、そこから米国の望む案件に適宜投資する枠組みだ。
米国債の対日利払いは毎年数兆円規模で、日本の所得収支に貢献している。保有米国債の半額を金融機関から借りれば、その分の利払いが日本の所得収支を悪化させる。が、5500億ドルの投資から得られる利益の1割がその悪化分より多ければ、日本からの持ち出しはないし、所得収支も悪化しない。
その場合、日本が米政府に要求すべきことが二つある。一つは、5500億ドルの投資から毎年得られる利益の1割が、金融機関への利払い額を下回らないよう適切に投資させ、それに至らない分は米政府に補填させること。そのために、米政府が金融機関に日本への融資利息を低く抑えるよう指導する必要もあるかも知れない。なお、借入金は借りっ放しとし、返済を求められれば米国債の額面現物で行うこととする。
二つ目は、それらが達成されない場合、米国債を売ることがある、との一項を、5500億ドルの投資契約に設けること。米国も四半期毎に、日米相互関税率の遵守状況をチェックし、違反があれば日本に追加関税を課すと述べているのだから、これくらいのことは要求してもバチは当たるまい。
ロシアへの二次制裁の一環でインドに追加関税
ロ・ウ戦争を一日で止めさせると大統領選で公約したトランプは、一向に停戦に応じないプーチンに業を煮やし、ロシアからの原油輸入を止めないインドに目を付けて、25%追加の計50%の高関税を8月27日から課す大統領令に署名した。インドが輸入を止めればロシアへの二次制裁になるからだ(8月7日の『BBC』*)。
『BBC』記事は、米国はロシア原油を輸入している他の国にも「必要に応じ、大統領に追加の措置を進める」とし、石油と天然ガスはロシア最大の輸出品であり、主な輸出先は中国・インド・トルコで、インドの今年上半期の購入量は日量約175万バレルに上るとしている。
また記事は、インド外務省の報道官が以前、ウ・ロ戦争初期に米国は「世界のエネルギー市場の安定を強化するため」として、インドにロシア産ガスの輸入を奨励していたと指摘したと書いている。が、それはバイデン政権当時のことであって、トランプの政策はバイデンのそれとは180度異なる。
筆者は昨年1月の拙稿「トランプが待望される理由:エネルギー政策を例に」で、バイデンがプーチンのロシア侵攻を許したとし、原油・天然ガスの政策でむしろロシアをアシストしたと書いた。本来、バイデンは増産して価格を下げると共にEU諸国にも供給し、ロシアの糧を細らせるべきだったのだ。
拙稿ではまた、北大スラブ・ユーラシアセンターが入手していた、ウクライナ侵攻以降にデータを一切発表しなくなったロシア貿易統計集の22年年報と23年1Q報を基に、インドのロシア産原油輸入が23年1Qに急増し、全ロシア輸出量の11%から34%にまで高まった(中国は33%⇒40%)と書いた。
このことに鑑みれば、トランプのロシア二次制裁の次の矛先が、間近に関税交渉を控えている中国に向くことは明らかで、インドへの高関税賦課は、半分は習近平に見せるのが目的ではなかろうか。9日、米・ロが15日にアラスカで会談すると報道された。停戦が決まれば、インドへの追加関税は取り下げられるべきだろう。
最後に冒頭で触れた筆者の葛藤に戻れば、トランプが叩くべきはモディではなく習近平なのだ。ここ30余年間、西側諸国から盗取した知的財産と補助金をベースにし、出稼ぎ農民工やウイグル族の奴隷的労働などの犠牲を踏み台にして、世界をインフレ漬けにして来た中国こそ、トランプは叩くべきなのである。
その中国に阿るかに見える岩屋氏や林氏を主要閣僚に配する石破内閣、二階氏のパンダ外交を継ぐ森山氏を党の要に据える自民党、こうした媚中政権・与党のトップを一刻も早く替えることが、日本と日本国民にしっかり背骨を入れ直すことに繋がるのである。