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8月15日にトランプ大統領とプーチン大統領の会談が行われる。この会談の決定それ自体をめぐって、すでに日本の「ウクライナ応援団」界隈では、一斉に憤りの声があがっているようだ。
MAGAインフルエンサーが領土の割譲に後ろ向きなゼレンスキーへの批判を強めている。トランプもウィトコフも不動産開発出身、そこに住む人たちの暮らしを守るという発想力が欠けている。 https://t.co/KUDX76YmaH
— Tetsuo Kotani/小谷哲男 (@tetsuo_kotani) August 9, 2025
ゼレンスキー大統領は、会談の行方に懸念を示す声明を出した。日本のメディアは、欧州指導者がトランプ大統領に反発していると報じ、これを日本の専門家層が補強している。

しかし実際の欧州首脳が発した声明を読むと、必ずしも批判的なトーンを押し出したものではなく、かなりトランプ大統領に気を遣ったものになっている。
声明の基本的な趣旨は、トランプ大統領の停戦努力を称賛するものである。
ウクライナと欧州の安全保障上の懸念を考慮すべきだ(We share the conviction that a diplomatic solution must protect Ukraine’s and Europe’s vital security interests.)
という趣旨の文章は、どちらかというと批判というよりは、懇願に見える。
われわれは、国際的な境界線は武力によって変更されてはならないという原則を堅持する。現在の接触線(戦線)を交渉の出発点とすべきだ。(We remain committed to the principle that international borders must not be changed by force. The current line of contact should be the starting point of negotiations.)
という立場の表明があるが、原則論の表明であり、必ずしもトランプ大統領の交渉姿勢を先取りして懸念を表明するような文章ではない。
日本の北方領土を例にとるまでもなく、朝鮮戦争、カシミール紛争、キプロス紛争、最近のタイ・カンボジア紛争など、国境線が相互了解をへて確立されることなく、停戦合意が維持されている事例は、世界に多々ある。やはりトランプ大統領が調停にあたったアルメニアとアゼルバイジャンの間のナゴルノ・カラバフ紛争は、断続的に停戦と紛争の再発が繰り返された後、恒久的な平和条約が結ばれようとしている。
和平合意に至る前の停戦合意で、領土問題が未解決のまま、交戦状態の停止だけを双方が約するのは、むしろ通常のパターンである。したがって今回の欧州首脳の声明内容も、そのような路線で整理されていくことが可能な内容になっている。むしろその結末を期待していると言ってもよいだろう。
いずれにせよウクライナを除外した米・露間の協議で、停戦の仕組みの基盤を構築することはできても、国際的な境界線の変更を各国に認めさせることはできない。そこは、交渉当事者も、声明発出者も、折り込み済の点であろう。
この通常のパターンが、ロシア・ウクライナ戦争に限っては適用してはいけないことになっているように感じている方々が多いのは、「ウクライナは勝たなければならない」「ロシアは負けなければならない」という主張を、これまで欧州の政治家や、日本の軍事評論家や国際政治学者を含めた各国の「親欧派」の方々が主張してきたからだ。

カヤ・カラス氏
Wikipediaより
日本の専門家層にも強い影響を与えた欧州のタカ派有力政治家の筆頭は、EU外務・安全保障政策上級代表のカヤ・カラス氏だろう。これまで「ウクライナは勝たなければならない‘(Ukraine must win)」「ロシアは負けなければならない(Russia must lose)」という強い命令形の口調を繰り返し、「われわれはロシアが崩壊するのを恐れてはならない」などといった扇動的な表現を好んで用いてきた。
「ウクライナは勝たなければならない」「ロシアは負けなければならない」が、日本の軍事評論家・国際政治学者を含めた世界各国のウクライナ応援団の決まり文句になったのは、カラス上級代表によるところが大きい。
今回の欧州首脳の声明には、そのカラス上級代表が入っていない。EUの外務・安全保障政策の責任者であるカラス氏の名前なく、EUが声明を出しているのである。これはウクライナ応援団系の専門家の方々にとっては、一つの重大かつ象徴的な事柄と思われる。
もちろんフォンデアライエン委員長の名前が入っているので、EUとしては一名で代表したという形にはなっている。しかし、実はこの流れが、偶然によるものでもないと言える要素がある。
カラス上級代表は、トランプ政権発足直後の今年2月にワシントンDCに出向いた。シンクタンクで講演を行うのが名目上の目的だったが、トランプ政権の発足にあわせてDCを訪問したことは火を見るより明らかだった。なんといってもEUの外務大臣にあたる人物だ。新政権の要人の誰にも会わないほうが異常である。
しかし、その異常なことが起こった。トランプ大統領をはじめとするホワイトハウス関係者のみならず、ルビオ国務長官にすら、会うことができなかったのである。事前にトランプ大統領の政策姿勢を「融和政策だ」と批判していたカラス上級代表のタカ派的な立場を、トランプ政権の幹部全員が嫌っていることは明白であった。

この状況に危機感を持たない欧州人はいなかっただろう。まずは交渉プロセスに参画することが必要だ、しかしそれはカラス上級代表がEUを代表している限り難しい。
そこで浮上したのが、国際情勢に明るいという評価の高い加盟国の国家元首であるフィンランド大統領のアレクサンデル・ストゥブ氏に、事実上のEU特使としての存在感を持たせる方法だ。ストゥブ大統領が事実上のウクライナ担当の特使としての位置づけを持たされるようになったのは、惨めなカラス上級代表のDC訪問の直後の今年3月だった。
今回の声明でも、ストゥブ大統領の名前が、いわばカラス氏の代わりに入っている。
ストゥブ大統領は、社会科学分野では欧州のトップにランクされる大学院大学London School of Economics and Political Science(LSE)で国際関係学の博士号を1999年に取得している。私がLSEで国際関係学の博士論文の審査を1997年に終えて、正式取得したのが1998年だ。
ちなみにストゥブ大統領は、私と同じ1968年生まれである。LSE国際関係学大学院の期間が重なっているが、残念ながら私はストゥブ氏と個人的な親交を持つことはなかった。しかし北欧からの留学生が多々いたため30年後の今は記憶が薄れているだけで、会って会話をしたりしていたことくらいはあったかもしれない。いずれにせよあの時代のLSEの国際関係学大学院の雰囲気を共有していると感じることができるのは、私個人にとっては親近感を覚える点である。
実際、ストゥブ氏は、今年3月に自らウクライナ担当EU特使の必要性を力説しているインタビュー記事の中で、上述の停戦合意と和平合意の違いについて、淡々と説明している。

この「常識」が通用するだけで、カラス上級代表とストゥブ大統領の間には、天と地ほどの差がある。現在のEUのウクライナ政策は、カラス上級代表の存在感を下げ、ストゥブ大統領の存在感を上げることによって、トランプ政権の停戦交渉努力と調和した立場をとることを心がける路線に、微妙にシフトしているのである。
残念ながら、このシフトは、日本のメディアでも専門家層でも理解されていない。あるいは語られていない。私の「常識」は、依然として日本の専門家層の間では「親露派」の「闇落ち」思想として白眼視されている。
だがEUですら、水面下で様々な調整を行っている。現実のEUは、日本の専門家が片思いで期待するよりは、当然ながらもっと現実的だ。スターマー首相がトランプ政権の関心を得るために3月頃に熱心に語っていた「欧州軍」構想は、英国内の制服組の批判に直面していると伝えられてから、めっきりふれられなくなってしまっている。現実は厳しいのだ。
もっとも組織は、担当者を交代させることによってトーンを変えるという操作が可能だ。個人の言論人はそうはいかない。
果たして日本の軍事評論家・国際政治学者の方々は、今後「ウクライナは勝たなければならない」「ロシアは負けなければならない」のスタンスと、ギャラップ社の調査では今や7割近いとされる即時停戦を望むウクライナ国民の声との間に、どう折り合いをつけていくのか。
親露派が浸透しすぎている。 https://t.co/vlf1Nj39jE
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) August 10, 2025
どこまでも果てしなくただトランプ大統領の悪口を発信し続けることが、学者の社会的使命であるとは思えない。
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