為替の話をする場合、どの時点とどの時点の比較かによって表現はいくらでも変わります。例えば今年だけの話をすればドルは10%程度安くなっているのでドル安にも思えますが、円も引き続き安いですよね。2通貨はシーソーゲームなので両方安いということは原則ないのです。ではなぜ円もドルも安いのかを答えるなら円がドル以上に安くなったというのが答えになります。論理的にはこれしか当てはまりません。
円は歴史的には80円から160円の大きな枠組みの中、現在148円程度ですのでかなり円安の位置にあると言えます。この大きな枠組みはプラザ合意の際に市場が妥当だと感じた枠組みですので噂される第二プラザ合意なるものができれば枠組みは大きく変化します。それが実施されるかどうかはまだ海のものとも山のものとも言えないでしょう。
もう一つ言えるのはドルは基軸通貨だということです。為替はシーソーゲームだと申し上げました。たとえば円とカナダドルはほぼシーソーだし、円とユーロもシーソーです。ところが米ドルは基軸通貨なのでシーソーでもドルだけが座っている位置がシーソーのもっと軸に近い方にあるのです。軸に座っていれば動くことはありませんが、いくら基軸通貨米ドルといっても動く以上、軸からやや離れたところに座っていると言えます。それに対して円はシーソーの端に座っているので上下に大きくぶれるわけです。
発行通貨量という尺度でも為替を論じることはできますが、その発行額が大きく違うことからしても円ドル相場では円が振り回されやすいということであります。
日経がベッセント財務長官と単独インタビューを行いました。その中で私が注目したコメントは「日銀がインフレ率や成長率に焦点を当てて金融政策を進めれば、為替レートは自然と調整される」。これは2つの含蓄があり、1つはFRBが頑なに利下げをしないことへのけん制、もう1つは日銀の政策決定が遅すぎるというけん制だとみています。仮に噂されるように秋にFRBが利下げ、日銀が利上げすれば合計で10円ぐらいは円高になってもおかしくないわけでこれらが何度か継続されていけばいつかは円はドルから見て妥当な水準になるということでしょう。ではどこが妥当なのでしょうか?80円と160円の真ん中は120円なのです。つまりあと38円ほど円高になれば個別の損得勘定は別にして、おさまりの良いところになるというわけです。

トランプ大統領とスコット・ベッセント財務長官とハワード・ラトニック商務長官 ホワイトハウスXより
私は為替の決定因子は通貨発行量という単純なものではないと考えており、その背景には国力や5年後、10年後の国のチカラを見据えたものだと考えています。例えば日本の30年物のような長期国債の利回りは現在3%超でこの4-5年でゼロ近辺から着実に上昇してきました。これが何を意味するのか、切り口はいろいろありますが、基本的には日本の将来に不安があると見ているわけです。超長期国債の利回りとはリスク指針とも言えなくありません。
とすれば上述の円ドル120円は理想論であり、現実には円安バイアスが大きくかかるのだろうとみられます。
一方、アメリカはどうでしょうか?今回の関税措置、あるいはエヌビディアやAMDに中国で稼いだ分の15%をアメリカ政府に上納せよというやり口を見ているとトランプ氏はとにかくアメリカ財政収支を改善させるということに全力を注いでいます。まさに「金、かね、カネ!」であります。ではアメリカに生産拠点がもどり、メード イン アメリカが国内外の主たる流通品になるのか、というとそこまで想像力を掻き立てるには私にはまだ才能がなさすぎると思います。つまりそんなことが起きるとは思えないのです。
上述のインタビューでベッセント氏は「相互関税を『溶けていく角氷(アイスキューブ)』と表現し、将来的な税率引き下げや撤廃の可能性にも触れた。1つの具体的な条件としては 『米国に生産拠点が戻って輸入量が減り、国際不均衡が是正されること』と述べた」とあり、更に「トランプ大統領の任期中かはともかく、時間が経過すれば日米の国際収支はバランスを取り戻せる」と述べています。
私からすれば楽観的というか、理想論過ぎると思います。私の見立ては「溶けないアイスキューブ」だろうと思います。むしろもっと凍らせよというかもしれないと思っています。理由はアメリカの人件費と管理コストがあまりにも高く、モノを作るという現場仕事には向かないのであります。おまけに移民政策に制限をかけているのでここは二律背反するところです。もっともアメリカ人を雇用するのではなく、ロボット化した無人工場でも作るなら話はかなり変わってくると思いますが。
こう掘り下げていくとたった一つのインタビュー記事から様々な想像力を掻き立てられるわけで為替の話は頭の体操に至極都合が良いものです。皆様もいろいろ感じるところがあるでしょう。是非とも想像を膨らませてみて頂ければと思います。
では今日はこのぐらいで。
編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年8月12日の記事より転載させていただきました。






