1年前と全く異なる雇用統計の滑り方

8月1日に発表された7月雇用統計は昨年の同時期に続いて金融市場にショックを引き起こした。7月NFPが1桁万台に落ちただけでなく、その前の2ヶ月分も大幅に下方修正されており、その結果3ヶ月平均では新規雇用の減少トレンドが大きく加速する形となった。

昨年8月に雇用統計ショックが起こり、それが金融市場に激しい催促相場をもたらしたのが記憶に新しい。それから1年経って全く同じ季節に同じショックが起きたことでFedのビハインド・ザ・カーブ懸念も再び噴き上がりかけたが、多くの投資家にとって予想可能であったこと、よく見ると失業率からは悲壮感が見えないことから、縁起の悪さにもかかわらず1日の株式下落で済んでいる。

雇用統計を当てる後講釈

雇用統計が悪く出ることを当てること自体は難しいことではない。1ヶ月前、7月発表の6月雇用統計については、まずADP民間雇用者数が2年ぶりに月次減少に出た。しかし直後に発表されたNFPでは主に政府部門の雇用増に押し上げられる形で堅調に出て、間違って市場参加者に悪い雇用統計を覚悟させたADPには非難が殺到した。

しかし、これはADPへの非難の方が的外れで無知を晒すものであった。なぜならADPは民間雇用者数の統計なので、政府部門の雇用増とは最初から無関係に決まっているからである

政府部門の増加は主に教育関連である。要するに公立学校の教師や事務員であるが、「学校の先生」の雇用がこの時期に大幅にブレやすいことが知られている。

公立学校は6月下旬から8月にかけて夏休みに入るため契約終了が起きるが、NFPは「12日を含む週」の状況を集計するものである。そのため、先生達の契約終了が6月と7月、どちらの雇用統計に反映されるかは年によって異なる。

例えば荒天で休校が増えた場合は夏休みが後ろ倒しになるため6月が例年より多く反映されるが、こと2025年に関しては例年より荒天が続いたわけではない。それでも集計の遅れなど他の要因もあり、単月の学校の先生の雇用増を深読みするのは明らかに合理的ではなく、実際の民間企業によるサイクル性を持つ雇用情勢についてはADPの方が実態に即していると見るのが正しい。

「2月に始まったDOGE由来の政府雇用減少トレンドが終わった」ようには見えるから「DOGE雇用減速ストーリー」のご進講は書きづらくなったかもしれないが、それはあくまでも機関投資家の都合にすぎないのである。2ヶ月連続で先生が上振れるわけがないので、少なくとも見かけの数字が強く出ようがないところまでは当然予習できていないといけなかった。

7月FOMCで25bp利下げを主張したウォラー理事は7/17の講演で「ADPが示す民間セクターの雇用情勢の方が重要」「NFPは過大評価されがちである」の2点を挙げながら「労働市場は瀬戸際にある」と主張した。このように一部の理事にとって労働市場の脆弱さは既に見えており、それが7月FOMCで理事2名が利下げを主張して据置き決定に反対するという32年ぶりの珍事に繋がったのである。

またしても人口動態

1年前は失業率が景気後退を予言するサームルールをトリガーしたことで大騒ぎになった。その際に本ブログは「今回は違う」と論じたのだが、実際に昨年の雇用悪化は一時的であり景気後退は遠かった。

今年に関しては失業率は4.2%近辺で長らく安定している。U-6失業率で見ると理想の椅子にあり付けない人はじわじわと増えているが、失業するほどではない。

NFPが低調なのに失業率が上がらないのはなぜか。幅広く見られる解釈としては、トランプ政権に移行して以来、移民労働者供給が伸びなくなっているため、供給と需要が同時に減速したというものがある。なぜそれが今目立ち始めるのかというと、不法移民が労働許可を得るのは入国後180日以上経った後だからだという。

確かに、民間労働力人口(Civilian labor force)の中の外国生まれ労働者数は2025年春をピークに、バイデン政権の4年間では見られなかったような大幅な低下(ピーク対比で165万人減)を見せている。民間労働力人口の総数が1.7億人程度なので、1%減となる。


もっともその間に米国生まれ労働者の労働参加率が増加し、またその結果米国生まれ労働者人口が増加したこともあって、民間労働力人口の総計は1%未満の微減にとどまっている。言い換えれば、2025年の全ての雇用増加は米国生まれ労働者によってもたらされた。これはMAGAナラティブ通りに、移民労働者との競争が緩む中、一部の米国生まれ労働者が働き始めた構図を示唆するかもしれない。

米国外生まれ労働力人口を労働参加率で割って米国外生まれの文民人口(Civilian noninstitutional population)を簡易的に計算するとピークの2025年3月から7月にかけて約250万人の減少となる。米国外生まれ労働者の労働参加率は安定して米国生まれ労働者より高く、彼らの割合が減ったことで、全体の労働参加率は大幅に低下した。

単純計算すればいいというものでもないが、もし労働需要が一定で労働参加率が2025年1月並みの62.6%なら失業率は4.9%近辺まで上昇していた計算となる。

まとめると、労働需要が減少する中、ちょうど上手い具合に移民労働者も減ったので、労働市場は一層の需給悪化を免れたのである。

他の雇用指標

JOLTSと失業者数については昨年の記事では2024年末に交叉すると思っていたが、その後利下げの効果もあってJOLTSの減少が思いのほか鈍かったため、Fedが重視するJOLTS/失業者数比は1倍を目前にホバリングしている。ベバリッジ曲線で言うと平坦化する手前の曲がり角で停滞している。失業者数は粛々と増えており、一方で求人が減らないのは移民減による人手不足感のせいだろう。

概ね釣り合っている労働需給を反映する形で、平均時給トラッカーは減速トレンドを維持しつつも横ばいになっている。

新規失業保険申請件数(Initial claims)は20万台前半で低迷している。これとNFPの矛盾もシンプルで、職を失う前に人間が米国から居なくなっているのだから、当然失業保険は申請されない。

DOGEにリストラされた公務員もいきなり無職まで堕ちるわけではなく、彼らは少し低い年収ゾーンの椅子に回り、元々それらの椅子に座っていた人達は一段下の椅子へ、と影響はあくまでも玉突き状に起きるため、失業保険が跳ねるのは最後である。失業保険継続申請件数の方は失業者数と同じ増え方をしている。

最先行指数であるチャレンジャー人員削減数はDOGEの波が来た後に2023~2024年並みのペースを維持する。これは2022年と違って引締めが効いて雇用が減速している状態を再確認するものであるが、確かに「失業」という観点で見る限り、全く悲壮感がない。

NFPの信用

NFPの大規模な修正はトランプを激怒させた。一人だけ弱いNFPは無視してよいのだろうか。

パンデミック後にNFPが下方修正されやすいことは先ほどウォラーも取り上げた通り常識にもなっているが、ここ2ヶ月の下方修正幅は過去対比でもかなり大規模なものであったクック理事は「大規模な修正は経済の転換点の典型的な現象」と述べたが具体的にどういう仕組みかは説明しなかった。実際、これまでの最も大規模な下方修正は2020年と2009年にそれぞれ行われている。

一般論として、サーベイに対する回答は大企業の方が早く、従って大企業と中小企業の景況感の乖離が広がる場面では、大企業の回答に基づいて中小企業を推測すると下方修正を強いられる。また企業の新設・廃業の動きはすぐには捕捉できないため、その分の雇用については過去の新設ペースを用いることになる(Birth-Death model)が、例えば企業の新設ペースがモデルよりも下方に変曲していた場合、やはり後で下方修正を強いられる。

このように、そもそも月次で雇用情勢を精密に捉えるのが無理な作業であり、修正幅が大きいからと言ってNFPを「使えないから見ない」と決め付けるのは非合理的である。どうしてもというならADPで代用できるだろう。先月はADPに対する怨嗟の声が溢れていたので嫌味に聞こえるだろうが。

移民の退出のおかげで失業率上昇と賃金デフレはどうやら遠いようだが、これは要するに縮小均衡である。

NFP雇用総数を見るとそれまで急速に伸びていたのが2025年にほとんど横ばいになった。前年比で言うと1%以下の伸びになっている。マージナルな需給バランスは賃金と物価の方に影響を及ぼすとして、そもそもの経済成長を考える時、むしろNFPの方が米国経済の規模感をより表しているのではないだろうか。

潜在成長率とは人口

労働人口の減速は生産性の向上によって打ち消されない限り、潜在成長率の低下に繋がる。バイデン政権後半の堅調な実質成長は移民労働者の流入に依存したものであったことが知られている。

トランプ政権になってからの米国GDPは二転三転する通商政策の影響で、駆込み輸入増による下落、その反動で上昇と来ているが、輸出入や在庫変動の影響を排除した実質民間最終需要(Real final sales to domestic purchasers)は明らかに低迷し始めている。これは実質GDPが2%台巡航から、人口増加の減速と共に1%台巡航にシフトする可能性が高いことを示唆する。

たとえ賃金インフレの収まりが多少後ろ倒しになったところで、名目成長がこれまでの5%巡航から4%台巡航(1%台の実質成長 +3%インフレ)にシフトした場合、蓋し中立金利も低下するだろう。AI関連は別として、一般的な設備投資のリターンが4%以上出る国債投資のリターンに近付いてくるということだ。

そういう意味でパウエルFedに利下げを迫るトランプの直感は間違っていない。間違ってはいないが、恐らく圧力をかけなくても利下げがすんなりと再開されたと思われる中、トランプが中央銀行の独立性を脅威に晒したせいで長期金利が政策金利対比でも下がらなくなっている(タームプレミアム拡大)のは自業自得である。

ただいずれにしろ、さすがに9月利下げは決定的になったと考えるべきであり、万が一、次回も先見性があった2人の理事がまたしても少数意見に留まるなら催促相場になるだろう。

サームルールの真髄

最後に、2024年8月に発動されたサームルールがなぜ効かなかったかを思い出してみたい。サームルールとは「小さな失業増が大きな失業増に繋がる」フィードバック・ループであり、それは失業が増えることで消費が鈍化し、その鈍化が更に多くの失業に繋がる、というものである。

2024年の失業率上昇がサームルールをトリガーしたにもかかわらずフィードバック・ループに入らなかったのは、失業率上昇が移民増加(労働力人口の増加)によるものだったからである。

では逆に労働力人口が減少したらどうなるか。2024年は「移民増なので思いのほかサームルールが発動されなかった」とすれば、2025年は「移民減なので思いのほかサームルールが発動されやすい」のではないか。

もちろんこれは差し迫った懸念であると主張するわけではない。ADPを見ても最新の民間雇用は少し盛り返している。過去の景気後退は実質小売売上高が横ばいを経て低下に転落することで起きている。

2025年現在では小売売上高の伸びはほぼ全てが物価上昇分であり、つまり消費者は総じて消費個数を減らさずに物価上昇に付いてきたことを意味するが、実質ベースでは横ばいが続く。仮に移民減に伴いこちらが下向きになった場合、たとえ失業率が横ばいでもサームルールが一気に近付いてくる。もっともこの手の減速は利下げで十分食い止められるものであり、家計部門の負債が重いわけでもない中で本格的な景気後退には至らないだろう。

要約

・直近の雇用情勢についてはADPが正しかった
・トランプ政権になって移民による労働力供給が減少
・その規模は民間労働力人口の1%に及び、労働参加率も低下
・NFP低調と失業率横ばいの組合せは、労働需要と供給の縮小均衡
・求人、人員削減、賃金には労働需給の緩みの悲壮感なし
・移民退出が招く雇用減では新規失業保険申請は増えない
・失業保険継続申請件数と失業者数はじわじわと増加中
・NFPの大規模な下方修正は経済の転換点を示唆
・移民減は少なくとも一時的に潜在成長率を引き下げる
・移民減の下では実質成長2%台を維持できず、中立金利低下へ
・9月利下げは決定的に。なければ催促相場へ
・昨年の逆で、失業率上昇がなくてもサームルール発動リスク


編集部より:この記事は、個人投資家Shen氏のブログ「炭鉱のカナリア、炭鉱の龍」2025年8月13日の記事を転載させていただきました。