崖っぷちの社会保障制度:改革に向けた課題と展望

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1. はじめに

日本の社会保障制度は、今、崖っぷちに立たされている。急速な高齢化に伴い、医療・年金・介護の給付は膨れ上がり、財源は枯渇寸前だ。現役世代の負担は増え続け、不安と不満が渦巻く一方で、将来の安心は見えない。

もしこのまま何もしなければ、制度は破綻し、世代間の対立と社会の分断を招く。今こそ、国民全体で覚悟を持ち、根本的な改革に取り組む時だ。

2. 社会保障制度の現状

先の参議院議員選挙において、主要な争点の一つとなったのが「社会保障制度をいかに維持していくか」という課題であった。社会保障制度の持続可能性を確保するうえで、最大の焦点はその財源の安定確保にある。

与党政府は、こうした状況を踏まえ、消費税の減税は現実的ではないとの立場を明確にしつつ、物価高騰への対策として、国民一人あたり2万円の給付を行うことを公約に掲げて選挙戦に臨んだ。

しかしながら、「減税は行わないが現金給付は行う」という、一見して整合性を欠くかのような曖昧な方針は、有権者の理解と共感を十分に得るには至らず、その結果、厳しい審判を受け、与党は参議院において過半数の維持できなくなった。

実際のところ、社会保障制度を支える財政は逼迫しており、特に高齢化が進行する中、給付にかかる支出は年々増加している。そのため、消費税を財源とする現行の仕組みでは、税率を引き下げる余地は極めて乏しいのが現状である。

現役世代にとっては、負担する社会保険料や税金に対し、受けられる給付が見合っていないという不満や不安が根強く、将来的に自分たちが同様の給付を受けられる保証もないことから、制度そのものへの不信感が広がっている。結果として、抜本的な制度改革を求める声が、世代を問わず大きくなってきていると考えられる。

厚生労働省HP掲載の「給付と負担について」によれば、社会保障給付費は増加の一途をたどっており、2025年度(予算ベース)では140.7兆円、GDP比にして22.4%に達する見込みである。今後も高齢化が進む中、この傾向はさらに顕著になると予想されている。ちなみに図の「福祉その他」に介護費が含まれている。

社会保障の給付と負担(ミクロベース)においては、子どもから子育て世代、そして高齢者に至るまで、すべての人々が安心して暮らせる社会の実現を目指し、医療、年金、介護、子育て支援など、幅広く多様なサービスが提供されている。

一方で、こうした制度を将来にわたって持続可能なものとし、次世代に過度な負担を残さないよう、所得や年齢に応じたさまざまな負担の仕組みも併せて設けられている。

特に65歳以上になると、厚生年金の受給が始まり、医療や介護サービスの利用も増えるため、給付額が急増、これにより、現役世代が負担する社会保険料や税負担は大きくなっており、世代間の支え合いのバランスが大きな課題となっていることは明らかである。

将来、自分自身もいずれ高齢者となることを考えれば、社会保障制度の持続可能性は極めて重要であるが、現実には、日々の生活の中での負担が年々重くなり、将来の安心よりも目前のやりくりに追われる人が増えているのが実情である。

こうした状況下において、「子どもを持ちたい」「家庭を築きたい」といった前向きな気持ちを育むことは難しく、結果として次世代を担う人口がさらに減少し、その結果、社会保障制度を支える基盤がより一層細り、制度の持続そのものが危ぶまれるようになるのは当然の流れと言える。

今後、子どもの学費や給食費などの無償化政策は、さらに進んでいくと考えられる。しかし、その財源として狙われているのは現役世代の財布である。これでは現役世代の苦しみは一向に軽減されず、やがてこの国は衰退の一途をたどることになるだろう。

真に持続可能な財源の確保を考えるのであれば、高齢者への老齢年金、医療、介護といった給付水準の見直しを行い、そこから再配分していくしかないと考える。

3. 給付額の抑制

(1)老齢年金

先の参議院議員選挙において、東京選挙区から立候補した武見敬三・前厚生労働大臣は、選挙期間中に次のように訴えていた。

「『65歳引退』はもはや古い。かつては定年が55歳だったことをご存じだろうか? しかし、今の日本は世界一の健康長寿国である。男性の健康寿命は73歳、女性は75歳。いまや多くの学会で、高齢者の定義を75歳以上に見直す動きが広がっている」

こうした国家の基本方針は、現役世代の政治家が主張するよりも、高齢者自身が声を上げることにこそ意味があると考える。その意味でも、私は武見敬三氏の主張に強く共感し、残念ながら選挙結果は厳しいものとなったが、著者は心から応援していた。

参考として、Dreamin’社労士事務所HPにわかりやすく「厚生年金保険の受給年齢の推移と受給期間について」について掲載されているため紹介する。

年金制度が確立し、平均寿命の調査結果が得られ始めた昭和29年(1954年)当時、男性の平均寿命は63.6歳で、年金受給開始年齢は60歳だったため、受給期間はわずか3.6年であった。これに対し、令和5年(2023年)では男性の平均寿命は81.0歳、受給開始年齢は65歳となり、受給期間は16年に延びている。

65歳以上が前期高齢者と定義されているものの、「高齢者としての自覚がない」という声もよく聞かれる。このような状況において、会社や組織内では、高齢者が若者の活動を妨げないように配慮しつつも、両世代が協力して成り立つ社会制度を確立することが求められる。

(2)医療・介護

医療と介護の費用を削減するため、国民がより長く健康な状態で過ごせるようにすることは喫緊の課題である。そのため、国は「健康寿命の延伸」をキャッチフレーズに政策を進めているが、現状ではその目標達成は困難な状況にある。その理由として不健康期間にある。

厚生労働省が定義する健康寿命(詳細は文末)とは、「健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を指し、平均寿命から「不健康な期間」を差し引いて算出される。

不健康期間 = 平均寿命 ― 健康寿命

政府は、この健康寿命を延ばし、平均寿命との差(不健康期間)を縮めることで、いわゆる「ピンピンコロリ」を実現しようと目指してきた。しかし、図3に示される2001-2022年の平均寿命と健康寿命およびその差である不健康期間の経年変化からその実現が困難であることが示される。ちなみに2022年においてはコロナの影響があり、初めて平均寿命が短くなった調査結果である。

そのため新型コロナウイルスの影響が顕著だった2022年のデータは、分析の対象から除外して考察する。この年、重症化リスクの高い高齢者を中心に平均寿命が短縮された一方、健康な人々への影響が比較的軽微であったため、健康寿命は堅調な伸びを示した。結果として不健康期間は一時的に短縮されたが、これは特殊な状況下で起きた現象と捉えるべきである。

2001年から2019年までの傾向を見ると、健康寿命は着実に延びている。この期間に、男性の健康寿命は78.07歳から3.34歳増加し、女性は84.93歳から2.51歳増加した。しかし、不健康期間は全く短縮されていない。男性で8.67年から9.22年、女性で12.07年から12.9年の間を推移しており、ほぼ横ばい状態である。

この事象については7年前にも同様のエントリーをした。

健康寿命を伸ばせば、介護費削減に「直結」するのか?

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(初めに:本文は健康寿命を延ばすことを否定するものではなく、不健康である期間の短縮を施策として講じるべきと訴えるものである。) 政府は日本再興戦略などを踏まえ、2025年に向け、「国民の健康寿命が延伸する社会」の構築(2013...

このまま平均寿命だけが延び、不健康期間の短縮が進まなければ、介護費は横ばいにとどまる可能性がある一方で、寿命の延伸に伴い医療費は確実に増加する。さらに年金受給期間も長期化し、国は財源確保においてかつてない困難に直面することになる。

図3 2001-2022年における平均寿命・健康寿命、不健康期間の経年変化
参照資料:厚生労働省HPなどを参考に著者作成

4. 給付抑制のための不健康期間の短縮

年金受給年齢の延伸、医療・介護費の抑制を解決するためには真剣に不健康期間を短くするための方策が必要である。考え方としては大きく分けて「さらなる健康寿命の延伸」「望まぬ延命治療の禁止」となるであろう。

図4 不健康期間の短縮のイメージ
著者作成

(1)さらなる健康寿命の延伸

厚生労働省HP「健康長寿に向けて必要な取り組みとは?100歳まで元気、そのカギを握るのはフレイル予防だ」の詳細はそちらに譲るが、同省ではフレイル予防を推進している。

フレイルとは、健康な状態と要介護状態の中間、制度的にいえば要支援に相当する段階であり、「可逆性」という特性を持つ。自身の状態と向き合い、予防に取り組むことで進行を緩やかにし、健康な状態に戻すことが可能である。

また厚生労働省「2022(令和4)年 国民生活基礎調査の概況」によれば、要介護の原因は「認知症」「脳血管疾患(脳卒中)」「骨折・転倒」が上位を占め、要支援では「関節疾患」「高齢による衰弱」「骨折・転倒」が上位に挙がる。要支援から健常者へ回復するには、とにかく運動、特に歩くことが重要とされる。歩くための行動変容を促すには、自治体が住民に寄り添いながら進める必要がある。

中野区では、私の提案により歩行数に応じてポイントが付与される制度が始まる。配布するポイント以上に医療費削減効果が得られれば、すべてがウィンウィンとなる試みである。

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(2)望まぬ延命治療の禁止

私の経験である。父が糖尿病を患い入院していた際、院内で新型コロナウイルスに感染し、コロナ病棟から戻ったときには、回復期病院から終末期病院への転院となった。ベッドから起き上がることもできず、週3回の透析を続けながら日々衰弱していった父は、「死んでもいいから家に帰りたい」と私に懇願した。医師にその旨を伝えたが、「病院を出ると透析を受けられる施設がないため退院はできない」と断られた。父がそれでも構わないと言っても、叶えることはできなかった。

その後、会話も困難なほど衰弱し、透析の注射が困難になったため、カテーテルでの透析に切り替えられた。調べると、これは延命治療の一環とも考えられる処置だった。私は父から「延命治療はしないでほしい」と言われていたため、医師に「勝手な処置をするな」と伝えたが、止めることはできなかった。父の最後に、何一つ望みを叶えることができず、非常に悔しい思いをした。私は安楽死というものを真剣に考えた。

イギリス議会下院では、終末期の患者が死を選ぶ権利を認める法案が可決され、法制化に向け大きく前進した。

イギリス イングランドとウェールズ 終末期の患者が“安楽死”選ぶ権利認める法案 議会下院で可決 | NHKニュース
【NHK】イギリス議会下院で、終末期の患者が死を選ぶ権利を認める法案が可決され、法制化に向けて大きく前進しました。欧米では安楽死を

合理的な判断というより、モラルが国民に突き付けられる大きな問題であり、国民全体での議論が必要だと考える。

5. まとめ

社会保障制度は高齢化に伴い給付が増加し、財政の逼迫が深刻化している。消費税率引き下げの余地は少なく、現役世代の負担増も限界に近い。

持続可能な制度の実現には、高齢者の年金・医療・介護給付の見直しや、不健康期間の短縮による医療・介護費抑制が不可欠である。さらに望まぬ延命治療の見直しやフレイル予防など健康寿命延伸施策も重要である。国民全体で制度の将来像について議論を深め、共通理解を形成することが求められる。

【参考】健康寿命の定義と算出方法について

国民生活基礎調査をもとに健康寿命を算出

健康日本21(第一次)当時は健康寿命の算出方法は明確に規定されておらず、具体的な数値目標が示されませんでした。しかし、2012年に策定された健康日本21(第二次)では下記のように「日常生活に制限があること」を不健康と定義し、3年ごとに実施される「国民生活基礎調査(大規模調査)」で得られたデータをもとに算出することになりました。

(1)「日常生活に制限のない期間の平均」(主指標)
「あなたは現在、健康上の問題で日常生活に何か影響がありますか」という質問に対して、「ない」という回答を「健康」とし、「ある」という回答を「不健康」として、サリバン法により算出します。

(2)「自分が健康であると自覚している期間の平均」(副指標)
「あなたの現在の健康状態はいかがですか」という質問に対する、「よい」「まあよい」「ふつう」という回答を「健康」とし、「あまりよくない」「よくない」という回答を「不健康」として、サリバン法により算出します。

図4 国民生活基礎調査【健康票】
参照:統計調査の調査票様式一覧

厚生労働省HPより