ゼレンスキー大統領が直面する苦渋の選択

米メディアによれば、15日米アラスカ州で開催された米ロ首脳会談で、ロシアのプーチン大統領はトランプ米大統領に対して自身の和平案を提示したという。それによると、プーチン氏はドンバス地方(ドネツク州、ルハンスク州)を完全に併合し、へルソン州とサボリーシャ州は現状の国境線で戦闘を凍結。そしてウクライナの北大西洋条約機構(NATO)の加盟を拒否する一方、ウクライナ側が主張している国境線の安全保障については、欧米諸国の関与を容認するほか、ロシア語の公用語化、ウクライナのロシア正教の活動を承認する、といった内容だ。

「公平」か「平和」かの選択に直面するゼレンスキー大統領、ウクライナ大統領府公式サイトから、2025年8月16日

上記の内容はプーチン氏がこれまで要求してきたもののオンパレードに過ぎないが、ウクライナの国境安全保障ではウクライナ側の要求を一部認めている点は新しい。スティーブ・ウィトコフ米国特使によると、ロシアは米国と欧州の同盟国がウクライナにNATO並みの安全保障を提供できることに同意している、というのだ。ウィトコフ米特使は「我々は、米国がNATO第5条並みの保護を提供できるという譲歩を勝ち取ることができた。これがウクライナがNATO加盟を望む真の理由の一つだ」とCNNに語っている。ロシアがウクライナの安全保障に同意したのは初めてだ。

ただ、ウクライナのゼレンスキー大統領は「ロシアは1994年、ウクライナの国境安全を保障する文書に署名したが、その後、ロシアはクリミア半島を併合し、2022年2月、ウクライナにロシア軍を侵攻させている」と説明、ロシアの約束は信頼できないと強調している。(米国、英国、ロシアが1994年12月、ウクライナが核兵器を放棄する見返りにウクライナの安全を保障することを明記した「ブタペスト覚書」のこと)

また、米国もウクライナの安全保障の確保に貢献する用意があるというが、トランプ氏はウクライナ問題を欧州諸国に完全に委ねる意向を何度も語っている、武器は売るが、ウクライナの安全保障問題にいつまでも関与するかは不明だ。

アラスカの首脳会談でトランプ氏は欧米側の立場をプーチン氏に伝達したのだろうか。停戦に応じない場合、厳しい対ロ制裁を科すと警告したのだろうか、と懸念される。プーチン氏の要求だけを聞き、それをウクライナと欧州主要国に報告するだけに終わったとすれば、ディ―ルの王を豪語するトランプ氏はプーチン氏の前ではメッセンジャー・ボーイに過ぎなくなる。それとも、トランプ氏が対ロ制裁の話をしたが、プーチン氏の要求には変化がなかったのだろうか。

ロシア側の要求もウクライナ側の主張にもアラスカ首脳会談後も何も変化がないとすれば、トランプ氏がゼレンスキー大統領や欧州の有志連合代表(英独仏など)と会談したとしても、歩み寄りは現時点では期待できなない。

トランプ氏はゼレンスキー氏に「和平を選ぶが、戦争の継続か」で選択を強いるだろう。ゼレンスキーを説得できなければ、トランプ氏はウクライナ問題から足を引くかもしれない。

当方はゼレンスキー氏の立場に同情する。平和(ピース)を早く取り戻したい一方、民族、国家としての公平(ジャスティス)を死守したいという2つの選択の前に苦渋しているように感じるからだ。

ピースはジャスティスとは違い、武器を捨て、戦場での戦いを止めれば実現できる。その場合、どちらが勝利したとか、敗北したということは、民族・国家の指導者にとって重要だが、大多数の国民は平和が戻ってきたことを歓迎するだろう。戦場で息子や夫を失う心配もないからだ。一方、ジャスティスや大義を掲げる政治家や指導者にとって、戦いは勝利しなければならないと確信している。しかし、ジャスティスを主張し続ける限り、多くの場合、ジャスティスの本来の目標である平和が遠ざかっていくのだ。

イスラエルの著名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は2023年10月27日の英国の著名なジャーナリスト、ピアス・モルゲン氏のショー(Uncensored)の中で、「歴史問題で最悪の対応は過去の出来事を修正したり、救済しようとすることだ。歴史的出来事は過去に起きたことで、それを修正したり、その時代の人々を救済することはできない。私たちは未来に目を向ける必要がある」と強調。「歴史で傷ついた者がそれゆえに他者を傷つけることは正当化できない。『平和』と『公平』のどちらかを選ばなければならないとすれば、『平和』を選ぶべきだ。世界の歴史で『平和協定』といわれるものは紛争当事者の妥協を土台として成立されたものが多い。『平和』ではなく、『公平』を選び、完全な公平を主張し出したならば、戦いは続く」と説明していた。

当方はハラリ氏の見解に同意する。ウクライナは軍事大国ロシアの衛生国の立場に甘んじるべきだといっているのではない。これ以上の犠牲者を出さないための選択だ。公平は歴史に委ねる以外にないのだ。独裁者は永遠に生きることはできない。いつかはその人生の幕を閉じるからだ。歴史がそのことを教えているのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年8月日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。