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国際関係研究において、戦争がどのように終わるのかは、戦争がどのように始まるのかに比べ、注目を集めてきませんでした。このことは戦略研究や安全保障研究の「隙間」であり、今でもそうでしょう。
その一方で戦争終結の研究は、少しずつ進展してきました。現在、トランプ政権の仲介により、ウクライナ戦争の出口も見えてきました。
それでは戦争とは、どのようなプロセスで終わるのでしょうか。何が戦争の終結を妨げているのでしょうか。こうした障壁を乗り越えるには、どうしたらよいのでしょうか。このブログ記事では、戦争が終わるパターンやその事例について、主な戦争終結研究から探ってみましょう。
戦争の終結を邪魔する「情報の不確実性」と「コミットメント問題」
ダン・ライター氏(エモリー大学)のバーゲニング理論を応用した学術書『戦争はどのように終わるのか』(プリンストン大学出版局、2009年)は、戦争終結研究の停滞を突破する画期的な成果です。
ライター氏は、戦争の結果に強く作用する2つの要因に着目しました。それらが「情報の不確実性」と「コミットメント(公約)問題」です。
ここでいう情報の不確実性とは、交戦国の力量や意思を正確に測ることが極めて困難であることです。「コミットメント問題」とは、約束を強制的に守らせるメカニズムが存在しないために、相手を出し抜く「ずるい約束破り」のインセンティブが関係国に生じやすいことです。これらの要因は、交戦国が戦争を終わらせることを妨げます。なぜならば、相手と自分の力関係がわからなければ、合意を成立させる際、どちらがどれくらい譲歩すればよいか、決めるのが難しいからです。
また、たとえ合意できたとしても、その後、どちらかが優勢になれば、強くなった側は合意を守らず、その立場を利用して弱い側を攻撃するインセンティブを高めるでしょう。停戦を成立させるためには、これらの困難な問題を克服しなければなりません。
悲劇的なことは、国家が情報の不確実性やコミットメント問題を克服するために、敵国に対して「絶対勝利」をしばしば追求してきたことです。こうなると戦争のエスカレーションは、敗戦国の全面降伏まで止まらなくなります。
「戦争を遂行する上で、国家は相手国を抹殺すること、あるいは少なくとも相手国に選択の余地を与えないことにより、容赦なく公約不履行の問題を解決できる」(How Wars End、p. 23)ということです。
太平洋戦争におけるアメリカを中心とした連合国の日本に対する「無条件降伏」の要求は、このコミットメント問題の文脈で理解できます。
ウクライナ戦争終結の見込み
ウクライナ戦争では、ゼレンスキー政権もプーチン政権も「情報の不確実性」や「コミットメント問題」に縛られて、戦争を終わらせることに躊躇しているようです。ウクライナとロシアが持つパワーは、それぞれに対する他国からの支援により変わりやすいので、自分と相手の正確な力量を見極めるのが難しい状況です。
ウクライナがプーチン大統領を根っからの「侵略者」であるとみなして信用しないことにくわえて、米欧からの大量の軍事・財政援助により国力を何とか維持していることも、キーウを妥協することに対して消極的にしてきたのでしょう。
これまでにウクライナに投入された支援は、アメリカだけでも総額26兆円、日本を含む西側の総額では42兆円にも上ります。くわえて、戦争を有利に進めるロシアは、仮に停戦に合意しても、その立場を利用して再び侵略してくる恐れがあることも、ウクライナにとっては深刻な懸念材料です。
他方、ロシアも同じような問題を抱えています。そのためプーチン政権が「絶対勝利」を目指して、ウクライナを機能不全な残存国家へ追い込もうとしてきたのも不思議ではありません。
停戦の「失われた機会」
興味深いことに、ライター氏は、ウクライナ戦争から約半年後、これを終わらせるチャンスがあったと見ていました。彼は『ニューヨーカー』誌の取材に対して、以下のように言っていました。
「ウクライナは停戦に合意した後、徐々に自国を『軍事ハリネズミ』つまり誰も侵略したがらないような厄介な国に変えていくだろう。中規模の国家であれば、非常に危険な敵対者からでも、自らを守ることができる。ウクライナは将来、防衛力を高められるが、国として社会として侵攻前とはかなり違う姿になるだろう。高い税金と軍事費、長期の兵役義務などを伴うイスラエルのような国になろう。しかし、ウクライナは防衛できる。彼らはそれを既に証明したのだ」。
ライター氏は、ロシアが短期の一方的な勝利を収められず、戦線も大きく動きにくくなった時点で、ウクライナとのパワー・バランスはある程度明確になり、ウクライナがロシアに手痛い打撃を与えられる状態では停戦合意の違反も起きにくい、と判断したようです。これは開戦直後の「イスタンブール・コミュニケ」とならんで、ウクライナ戦争を終結させる「失われた機会」だったのかもしれません。
こうしたチャンスを逃してしまうと、戦争は「サンクコストの誤謬」すなわち「これまでの犠牲を無駄にできない」という心理も強く働くようになる結果、交戦国は戦闘を終わらせることより続けることに固執しやすくなります。
停戦の継続パターン
戦争のタイプと停戦の継続性についても、研究は進んでいます。主なものとしては、ヴァージニア・ペイジ・フォトナ氏(コロンビア大学)の著書『平和の時間―停戦合意と平和の継続―』(プリンストン大学出版局、2004年)があります。
彼女によれば、終わった戦争が再燃するかどうかは、その終わり方次第だと主張しています。ここでは、その主要命題と事例を紹介します。
「平和(停戦)を維持することは、長く費用もかかり、明確な勝者で終わり、どちらの国家の存続も脅かさない戦争の場合により容易になる」(Peace Time、p. 119)。
「停戦が脆く、戦闘が再開しやすいのは、長期の紛争状態にある隣国同士が、特に、膠着状態に終わった、賭けるものが高いわりには高くつかなかった戦争を行った場合、次の戦闘を防ぎにくくなる」(p. 112)。
「引き分けで終わった戦争は、より早期に再開する傾向がある一方、明確な勝者と敗者で終わった戦争は、より安定した平和を生み出す傾向がある」。例外は、グアテマラとホンジュラス、エルサルバドルの1906年の中央アメリカ戦争。この戦争は再開しなかった。印パ戦争や一連の中東戦争は停戦後、何度も再開した(pp. 85-90)。
「他の条件が等しければ、戦死者数が多い戦争ほど再開されるリスクは低下する」。まさに身の毛もよだつほどの戦死者をだした朝鮮戦争やヴェトナム戦争、イラン・イラク戦争は幸いにも、一回限りの大惨事で済んだ。イスラエルはレバノンへの軍事介入が泥沼化したことで、戦死者の増加に懸念を募らせて、行動を制約するようになった(pp. 90-92)。
「領土をめぐる戦争は再燃しがちのように思われるが、必ずしもそうではない」。中印戦争やエルサルバドルとホンジュラス、エチオピアとソマリア、イランとイラク、イギリスとアルゼンチンの間の戦争は、領土紛争が解決されなかったが、戦争の再開には至っていない(pp. 103-112)。
「紛争に賭けるものが大きければ、平和の維持は難しくなる」。事例としては、交戦国の存立がかかった第一次中東戦争や六日戦争が挙げられる。隣国同士で高くつかない戦争が再開した事例は、第一次中越戦争である。これは1986年と87年の大規模戦争にエスカレートした(pp. 103-112)。
「交戦国が近接していない戦争は再発しにくい」。この事例としては、朝鮮半島とヴェトナムにおけるアメリカ、シナイ戦争後のイギリスとフランス、フォークランド戦争のイギリスがある(pp. 103-112)。
ウクライナ戦争後の展望
このフォトナ氏の研究は、ウクライナ戦争の終結について、何を語るのでしょうか。
・明確な勝敗
第一に、ロシアとウクライナが明確な勝敗なくして停戦に至っても、それを簡単には持続できそうにないことを示唆しています。その主な理由は、プーチン政権という国内政治要因というより、両国が相対的パワーを正確に認識できないことによります。
彼女の言葉を借りれば、
「決定的な勝利は、おそらく次の戦争でどちらが勝つかという確実な情報を明らかにする。その結果、(停戦後の)和平はより永続的なものになる。一方、実現する可能性の高い結果が確実に判明する前に戦闘を停止してしまうと、戦争は再開する可能性が高くなるということだ」(pp. 77-78)。
この指摘は、ライター氏が重視した「情報の不確実性」と関係しています。
要するに、ウクライナ戦争の帰趨が誰にでもわかるほど明確でない状況では、情報の問題を打ち消す要因が働かないと停戦も成立しにくく、その後の和平も継続しにくいのでしょう。最悪のシナリオでは、この問題はウクライナが機能不全な残存国家になったときに解消されるのかもしれません。継続して停戦を擁護してきたリアリストは、これを恐れていたのです。
もし、そのときを待たずにウクライナ戦争の停戦を実現することが望ましいのであれば、関係各国はモスクワやキーウに現状に即した取引を実行するよう働きかけるべきです。
世界最強国アメリカの最高指導者が、ウクライナ戦争の和平に乗り出したことは、核大国ロシアとの紛争の火種を消すことにくわえて、この文脈でも理解できます。
・近接性
第二に、ロシアもウクライナも国家の生き残りを賭けて戦う近接国であることは、停戦の成立や平和の維持を難しくしているといえそうです。
ロシアはウクライナが西側の防波堤、とりわけNATO(北大西洋条約機構)に組み込まれることを国家存続への脅威とみなして、ウクライナ侵攻という「予防戦争」を始めました。したがって、ウクライナのNATO非加盟はロシアが戦争終結に動くかどうかの重要な要因でしょう。
ウクライナ戦争における「平和の追求」を目指してアラスカでプーチン大統領と会談したトランプ大統領が、その直後、「ウクライナのNATO加盟は絶対にダメです」と発信したのは、このような理由からでしょう。
他方、ウクライナにとっても「鉄壁の安全保障」は、国家存亡にかかわるロシアの脅威を低下させるのに重要なことです。ウクライナがNATOに加盟せずに、ロシアが納得できる安全保障を得ることが、停戦や和平の成立のみならず平和維持を左右することになるでしょう。
・犠牲
第三に、指導者が高い代償を払わず停戦してしまうと、犠牲を抑えられると期待することにより、戦闘を再開しやすいということです。
ウクライナ戦争では、ウクライナとロシアの両軍が約140万人の死傷者を出しました。これは他の戦争と比較しても、かなり大きな犠牲です。たとえば、この戦争でのロシアの死者数は最大で25万に達し、その数は泥沼化したアフガニスタン戦争の15倍にもなります。
こうした莫大な犠牲は、とりわけロシアが戦争を再開することを抑制する力になります。ただし、両国が戦争に疲弊しきって止める段階にあるかどうかは不透明です。
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これまでに蓄積された国際関係の戦争終結研究は、ウクライナ戦争の終わり方や終わった後について、さまざまなことを私たちに教えてくれます。
戦争を考える際、重要なことは、政治指導者や国家を動かしているダイナミズムを理解することです。これは日々のニュースをどれだけ見ても、主要人物の動向をどれだけ追っても、政府からの発信をどれだけ集めても、直感的にはわからないでしょう。そうした目に見えない作用を理解するには、やはり理論が必要です。戦争終結に関する国際関係の理論は、私たちが、この問題を正しく考えることを助けてくれる頼もしいツールなのです。