8月15日にトランプ大統領はプーチン大統領と首脳会談を開いた後、8月18日にゼレンスキー大統領と首脳会談を持った。欧州諸国の指導者7名があわせてワシントンDCを訪れた様子は、特別なものではあった。ただ、私が繰り返し述べてきているように、紛争調停者が紛争当事者のそれぞれと個別会合を持つこと自体は、全く奇異ではない。
それにもかかわらず国際政治学者らの解説をうのみにした日本のメディアは、「トランプがロシアとだけ会談して破綻」、「欧州がロシア傾斜を阻止」などと謎の脚色をして、いちいち日本のお茶の間の視聴者向けのドラマを演出した。現実から乖離した解説の様子は、ほとんどパラレルワールドと言ってよかった。
世界各国で、8月18日の様子は、欧州がトランプ大統領の前に屈服した瞬間として映った。会談の様子が報道されるや否や、欧州人らの間から一斉に「欧州の自律性は消滅した」といった声が上がった。
ヨーロッパ人は皆「ヨーロッパの敗北」「ヨーロッパの屈辱」とポストしているのに、日本の国際政治学者の皆さんだけが、なぜかむきになってヨーロッパがトランプ大統領に一矢報いた、みたいな解説をしたがっているのが印象深い。 https://t.co/vxiX863xfD
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) August 19, 2025
ところが、日本のメディアでは、国際政治学者らが「欧州の統一メッセージがトランプに突き刺さった」などといった修辞的な表現の解説を行って、あたかも欧州がトランプ大統領の態度を変えた事件であったかのような主張を行った。

まさにパラレルワールドであったと言ってよい。
トランプ大統領と欧州指導者との間のギャップより、学者・評論家の先生方の言説と現実との間のギャップのほうが、大きい。 https://t.co/RCK8Pld352
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) August 18, 2025
「ウクライナ応援団」系の日本の国際政治学者の方々らは、過去数年にわたって「ウクライナは勝たなければならない」、「ロシアは負けなければならない」、「ロシア経済の崩壊は近い」、「この戦争は終わらないのでさらに大々的にウクライナを支援し続けるしかない」と繰り返し主張してきた。
昨年末にトランプ氏が大統領選挙で勝利した後は、「トランプはポンぺオ氏ら良識派を登用せざるを得ないので、そうなればトランプ氏も説得されるだろう」などともっともらしく解説していた。トランプ大統領の就任後、ポンペオ氏の登用などという「パラレルワールド」が起こりえなかったことを覚知した後は、ひたすらトランプ氏とその側近たちの悪口を繰り返しながら、「トランプを見限って、日本と欧州で同盟を結んで、ウクライナを支援し続けよう」といったことを大真面目に主張したりして、話題を集めた。そして「トランプはプーチンに騙されている」という物語と、「良識的な欧州がトランプを説得している」という物語の構図に、現実をあてはめる作業を行ってきた。
8月18日にも、そのような「物語」のあてはめが行われ、「欧州の統一メッセージがトランプに突き刺さった」という解説が、良識派の国際政治学者の標準理解とされ、メディアを通じて、日本の世論に対する刷り込みが行われた。
この「物語」が、すでに8月18日以前から現実とは乖離していることは、何度か私が説明してきた通りである。

8月18日は、欧州人側の衝撃が大きく、その様子があらためて日本にも伝わってきた。これによって欧州人たち自身のほうは、日本の国際政治学者が説明するようには、8月18日を理解していないことがわかってきている。実際には、さらにもっと大きな現実の全体的な流れが、テレビなどを通じた国際政治学者の解説とは乖離している。
テレビはいまだに不特定多数の大規模な数の視聴者を相手にするので、「視聴者が欲する物語」を提供する要請が強い。専門家の方々も、「視聴者はどんな物語を欲しているか?」、をまず第一に考えて発言しなければならない媒体なので、大変。国際政治学者とメディアの一体化の進化の度合いがすごい。 https://t.co/5Vh3Dj8pk9
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) August 21, 2025
ロシアのウクライナ全面侵攻以降、政府もメディアも、政府が期待する説明を先回りして主張する「ウクライナ応援団」系の軍事評論家や国際政治学者を繰り返し登用し、彼らを正しい国際情勢の解説者として紹介し続けることによって、お茶の間の視聴者の関心を喚起する姿勢をとってきた。
資本主義社会のことだろう。視聴率等も稼げるという計算も成立していたのだろう。このまま何もかも国際政治学者の方々の説明通りに上手く進んでくれれば、すんなりと大規模な防衛費の増額を含めた予算の安定的な進展などの円滑な社会運営もできるはずだ。
3年半にわたる戦争で、学者・評論家のみならず、メディアや、政府官僚機構の人事なども、「ウクライナ応援団」の解説を標準理解とする、という方針で、進められてきた。学者間の確執などは幼稚な問題であるように見えるだろう。
東野篤子さんがリポストされました誰が誰を誹謗中傷したのか小学生のいじめを彷彿とさせる奇妙なリポストですね誰かへのサインかな? pic.twitter.com/TxTCR5zhpg
— メケメケ (@zH7OmVUx8o87634) August 13, 2025
だが官僚や政治家の去就は、政府内の人間にとってみれば、深刻な問題である。たとえば外務省のロシア・スクールの人事慣行などは、過去3年半の政治変動で、大きく変化した。今更もとには戻せない。
祈るような気持ちで「ウクライナは勝たなければならない」と叫んでいた時代が終わってしまったとすれば、それでもなんとか何も起こっていなかったことにするソフトランディングができないか、と多くの人々が願っていることだろう。
しかし現実は厳しい。だからこそまずは現実を冷静に見つめ直してみることが初めの一歩だと思われるが、それこそが最もやりたくないことだ。問題の先送りが、ダラダラと続いていくことだろう。
今や日本のウクライナ支援政策は迷走し始めている。仕方がないので、欧米諸国にやれと言われたことを黙々とこなし、それをもって「国際的な責務を果たした」といった使い古された説明をしていくしかないだろう。ただ残念ながら、財政危機にあえぐ現代日本にとっては、それすらも簡単なことではないと思われる。
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