素人の集団知が専門家を凌ぐか
時代の流れに対する観察力は、専門家集団より、素人集団の集団合知のほうが優っているのではないか。石破首相の進退を巡る既存メディアや専門家の主張より、素人集団の集団知である世論調査の結果のほうがありえそうな方向を示していると、思えてなりません。石破降ろしに対し、世論は「辞任する必要はない」が多数派で、自民党内、自民党寄りのメディア、専門家集団とは反対の意見のようです。
海上自衛隊横須賀基地を視察した石破首相 首相官邸HPより
新聞、テレビなどの既存メディアは世論を汲みつつ、世論を誘導し形成するという社会的な役割を担ってきました。その時代は終わりかけているようです。既存メディアや専門家らの考え方と相当異なる世論形成が行われ始めました。集団知が時代を物語るのです。
石破首相が衆院選、都議選、参院選で敗北し、少数与党に転落し、既存メディアの大勢は「首相は退陣せよ」、「首相は進退を決めよ(退陣せよ)」でした。著名な政治学者で東大教授の牧原出氏も「首相は3選挙で大敗しており、責任を取るのは当然だ。身を引き、次に譲るのが賢明は判断だ」(8/13、読売新聞)と言い切っていました。新聞では首相退陣論の急先鋒は読売で「石破首相、退陣へ(月内=7月にも表明)とダネ風で、号外(7/24)まで出しました。
「石破首相は退陣する意向を固め、周辺に伝えた」と文面からすると、読売は絶対の自信を持っていたと思います。首相が会見して続投の意思を表明しても、「退陣『まだ言えぬ』、首相が意向」という見出しでこの特報との辻褄を合わせていました。
その読売は、「首相が意向を固めた」は虚報だと感じだしたのか、「自民党内の混乱は見苦しいとしかいいようがない。首相が進退を決する以外に事態を収拾する手はあるまい」(8/9、社説)と、「退陣の意向を周辺に伝えた」から、いつの間にか「進退論」にすり替わりました。さらに総裁選を前倒し論が出始めると、「政治空白の長期化を避けるには首相が早急に進退を決するしかない」(8/29、社説)と再び「進退論」です。
そうこうするうちに、各社の世論調査結果は次々と、「首相は続投すべきだ」の流れになってきました。NHKの「続投すべきだ49%、すべきでない46%」には、保守系の専門家からクレームがついたほどでした。退陣論の読売の世論調も、辞任すべきかについて「そう思う42%、思わない50%」で、社説の主張と真逆の調査結果となり、「辞任すべき派」は劣勢のようです。
初期には「進退を決すべき」だった朝日新聞の世論調査でも「辞めるな54%」「辞めよ36%」ですから、世論調査結果は偏っているのではなく、そういう流れになってきたのでしょう。そのせいか、朝日新聞は社説で「進退を判断すべきだ」調の主張は見かけなくなってきました。
既存メディアと無関係に世論が落ちどころを予想する。いくつかの要因があるでしょう。まず世論は自民党の旧態依然とした体質に嫌気している。いかにも腹黒のボス然とした麻生氏や、お役目御免となったはずの岸田氏らが、舞台裏でうごめいている映像が流れただけで「自民党は変わっていない」と、本能的に察知する。
石破降しに旧安倍派、裏金議員らが舞台裏で動いているとの報道が流れる度に「選挙の大敗は自民党そのものにあり、原因を石破首相一人に押し付けるのは間違い」と、世論は感じとるのでしょう。いくつかの新聞、テレビのワイドショーに登場してくる政治評論家、元政治記者らが古い体質の自民党のひも付きであることに気づいています。
既存メディアや評論家、専門家らは情報源に近づきすぎており、かれらと直結した発言、主張をするのに対し、世論を形成する一般の素人集団は詳しい情報ではなく、玉石混交のネット情報も影響して、漠然とした時代観察、体感が出来上がり、それで判断する。「集団知」というのでしょうか。
ドイツ語に「ザイン」「ゾルレン」という言葉があります。「ザイン」は「現実、存在」のことで「・・である」、「ゾルレン」は「当為、あるべき姿」のことで「・・べきである」と理想や規範を指す哲学用語です。既存メディアや専門家集団は「ゾルレン」(あるべき姿を論じる)に傾斜しているのに対し、一般の人々は「ザイン」派なのかもしれません。
とにかく世論形成がこれまでの既存メディア、専門家集団が主導した時代から、種々雑多なネット情報、感覚・体感情報が主導する局面が増え、当事者らはそれに逆らう行動をとれない。そういう変化が起きていると思います。特に政治ジャーナリズムは狭い「永田町」(政界)がばかり見つめ、「政権中枢を長年取材」なんていう宣伝門文句を自慢げに掲げる時代ではなくなったということでしょう。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2025年8月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。