人は、鼠を捕まえる対価として、猫に餌を与える。これは一種の契約関係である。猫は、契約の主旨に従って鼠を捕ると、褒められ、契約の主旨に反して台所の魚を食べると、窃盗の罪を犯すことになる。
企業等の組織は、一つの支配の体系である。そこでは、猫の鼠捕りと同じように、所属員に対する期待行動が定義され、その期待行動が強制されるような制度上の工夫がなされている。そして、猫の窃盗と同じように、組織内に確立した価値秩序のもとで、ある種の行動は逸脱として、非難され批判され排除される。

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組織の本質は組織内部の価値秩序の体系であって、その価値秩序の独自性こそ、組織の独自性を規定するものにほかならない。価値秩序とは、鼠を捕る正の価値から、魚を盗る負の価値まで、一つ一つの所属員の行為に意味を付与する整合的体系であり、要は期待行動の体系である。しかも、その期待行動は一定の強制力をもって実現されるのであって、組織の現実的存在形態は強制する権力の装置なのである。
権力の装置とはいっても、組織は、所属員の行為に意味を付与する価値体系であり、価値を行為に具現化させる権力装置にすぎないのであって、所属員自体に意味を付与したり、所属員自体を支配したりするものではあり得ない。国家は、国民の行動を規制できても、国民を支配することはできないのである。
そこで、組織の所属員を人材と呼ぶとして、人材を管理するというときには、人材は所属員自体のことではなくて、所属員の行動の集合でなければならない。人材は具体的な人間ではなく、行動の集合という抽象的な概念なのである。
具体的な人間は、組織の内外で自由に行動するものとして存在している。その多様な行動のうち、組織が管理し得るのは、組織の価値の体系に従って抽出された一群の行動だけである。観念的には、価値の体系が人間の行動を規定するように思えるが、現実的には、人間の自然な行動が先にあって、そこに組織の価値の体系が適用され、特定の行動が組織にとって意味のある行動として抽出され、評価されるわけである。
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森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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