西浦教授の「42万人死ぬ」「人と人の接触の8割削減が必要」で有名な数理モデルは、日本のコロナ対策を迷走させた原因である。
CIRJE-J-309 なぜ緊急事態措置は想定以上となったのか 数理モデル分析の影響について 東京大学大学院経済学研究科 岩本 康志
これはイギリスのインペリアル・カレッジに客員研究員として在籍中に学んできたものだという説明がなされることがよくあった。日本では「西浦教授は正しい、なぜならインペリアル・カレッジなどで学んだ数理モデルの手法を取り入れているからだ」という言説を広く見ることがあった。
残念な欧州崇拝主義であったと言える。
私自身は、同じロンドン大学系列のLondon School of Economics and Political Science(LSE)という大学院大学での国際関係学のPh.D.を持っている。LSEは社会科学系に特化した大学院中心の大学である。社会科学系の大学院では、私が学生だったときから最近になるまで、欧州ランキングで1位(世界2位)だった。
ここ数年イギリスの大学のランクが低下気味だが、LSEは現在でも世界6位となっている。
同じロンドンに位置していたので、理科系大学であるが、インペリアル・カレッジの地位について、私も知識がないわけではない。オックスフォードやケンブリッジと肩を並べる優秀大学である。ただ、だからといって、そこで話し合われていることが常に正しく完璧である保証などはないことは、言うまでもない。私が、「俺はLSEのPh.D.を持っている、だからいつも正しい」などと言うことができないのと、同じである。
ところが「西浦教授はすごいんだ、反論するな」の謎の西浦教授の神格化が流通した際、日本人の間の謎の盲目的な欧州信仰が、一役買った。西浦教授自身が、自分の数理モデルは欧州で学んできたものだ(だから間違っているはずがない)という印象操作の発言をする場面も目立った。
実はコロナ禍においては、もう一つの欧州信仰の悪弊が見られた。被害の評価においてである。「世界ではコロナで死者が激増している、世界ではロックダウンするのが当然になっている」といったときの「世界」は、ほぼ間違いなく「欧米」のことであった。
しかし実際の欧米以外の地域も含めた「本当の世界」を見てみると、被害度は一律ではなかった。むしろ欧米に被害が集中していた。
「先進国である欧米でたくさん被害が出たのだから、他の地域の事など気にする必要はない、もっと甚大な被害が出ているに決まっているからだ」という盲目的な欧米中心主義の信仰心に基づく思い込みが、多くの日本人の心の中で働いていた。ところが実際には、欧米においてこそ被害が甚大で、その他の地域では被害はそれほどでもなかったのである。
感染者を医療機関で吸収して対応しようとしたり、ロックダウンで完全な「封じ込め」を図ろうとした欧州こそが、医療機関にクラスターを発生させたりして、医療崩壊による感染爆発を起こしていた場所であった。
それにもかかわらず、日本では「コロナ自粛警察」の方々が、「西浦教授はすごいんだ、なぜならイギリスで数理モデルを学んだからなんだ、欧米は常に世界の基準で、欧米はいつも一番優れているからなんだ」という日本のメディア大衆の思い込みに基づいて、「早く欧米と同様の完全なロックダウンを導入せよ」と声高に叫び、政策論に混乱をもたらしていた。
「世界で最も進んでいるのは常にいつも欧米であり、したがって欧米で一番被害が激しいなどということは起こるはずがなく、欧米を真似するのが常にいつも正しい」、という日本人の偏った欧米中心主義の世界観がもたらした現象であった。
「ウクライナ応援団」にも、欧州人の言説を盲目的に正しいものと捉える傾向が顕著に見られる。
「ウクライナは勝たなければならない」、「ロシアは負けなければならない」、「戦争はプーチンが邪悪なので起こる」といった考え方は、全て欧米の政治家や言論人からの受け売りである。
ただ残念ながら、「コロナ自粛警察」には存在していた、インペリアル・カレッジのニール・ファーガソン教授のような「西浦モデル」に先行する数理モデルの専門家のような存在は、「ウクライナ応援団」には存在していない。
「ウクライナ応援団」の場合には、必ずしもきちんとした理論家の専門家に影響を受けたような形跡はない。頻繁に引用されるのは、せいぜいロシア政治の専門家でスタンフォード大学から駐ロシア大使に転身したマイケル・マクフォール氏くらいだろう。
マクフォール氏は、筋金入りの嫌ロシア派で「ウクライナ応援団」のカリスマ教祖のような存在である。駐ロシア大使時代のマクフォール氏の「民主化支援」の活動で、米ロ関係は劇的に悪化した。SNSを通じた積極的な発信で反プーチンの「民主化支援」に熱を入れていたところは、今日の「ウクライナ応援団」現象を先取りしていたと言ってもよい。
だがマクフォール氏は、せいぜいロシアの「民主化」を夢見ていただけの学者あがりの大使で、地域安全保障を中心にした国際関係を論じることができるような人物ではない。
「ウクライナ応援団」に「親ロ派」の代表扱いをされて、ふれてはいけない不可触民の扱いを受けているジョン・ミアシャイマー教授などのほうが、国際政治の理論家としては、もちろん圧倒的に秀でた業績ある。
しかしそれにもかかわらず、「ロシアの崩壊を恐れてはならない」といった発言で知られるカヤ・カラスEU外務安全保障政策上級代表や、停戦協議を拒絶するようにウクライナ政府に勧めていたとされるイギリスのボリス・ジョンソン元首相らの路線が、「ウクライナ応援団」派の方々の主張の基本線を決定していたと言える。
トランプ大統領の登場でアメリカが「ウクライナ応援団」系から離脱した後は、日本と欧州が同盟を組んで、ウクライナを勝たせなければならない、といった主張も見られるほど、「欧州偏重」の傾向が強まった。
だが果たして欧州中心主義で、現代世界の荒波を乗り切っていけるのか。この問いは意識はされているようだ。
SNS上で、北京の様子とホワイトハウスの様子を比較し、後者における欧州指導者を揶揄するポストを沢山見かける。
日本では「欧州の統一メッセージがトランプに突き刺さった」と解説されていた場面だ。
日本の国際政治学者ら専門家による国際情勢の解説と、現実の国際政治の間に、覆い難い大きなギャップが生まれている。
しかし国際政治学者の方々は、今や道徳の説教師のようになってしまい、あとはひたすら親ロ派の炙り出しと糾弾に力を注いでいる。
この状況の中で主張されている欧州中心主義に、本当に活路があるのか。疑問を感じざるを得ない。
中国共産党HPより
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