
左:カヤ・カラス氏(EU上級代表) 右:ストゥブ氏(フィンランド大統領)
上海協力機構(SCO)首脳会議で、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領が、インドのモディ首相らとの親密な関係をアピールしたことが大きなニュースになった。欧州中心主義を隠そうとしてこなかった日本の国際政治学者の層などにも、「落胆」が広がったようである。

その後、欧州指導者の発言の幾つかがニュースになった。SNSを開くと、多くの方々がカラスEU上級代表の発言に驚き、相当に厳しい言葉で揶揄しているポストが、数多く入ってくるようなった(もっともそれは海外の方々ばかりなので、日本ではまだカラス上級代表は欧州を代表する英雄なのかもしれないが)。
カラス上級代表が、「中国とロシアは、第二次世界大戦の勝者ではない」と説明している様子の動画に関するものだ。多くの方々が、「ここまで歴史に無知な者を、戦争指導の高位ポストに就けていていいのか」と論じている。
カラス上級代表は、さらに「中国人は技術に優れているが社会科学で劣っており、ロシア人は技術で劣っている社会科学でやたらと優れている」という謎の根拠不明の観察を、何やら得意げに他者を馬鹿にしている様子で、説明している動画も出回っている。
なぜそんなことをカラス上級代表は言っているかというと、劣った民族同士が、しかし結束して欧州の世論にSNSを通じて悪影響を及ぼしているので、欧州が劣勢に見えてしまっているという説明だ。
徹底した欧州中心主義、率直に言って欧州人の卓越と、ロシア人と中国人に対する侮蔑を披露しているだけの知的内容の欠けた発言である。ただ単に、嫌ロシア・嫌中国の感情を持つ人からの称賛を求める扇動術に訴えるだけの自己弁明の発言でしかない。
カラス上級代表は「ウクライナは勝たなければならない」「ロシアは負けなければならない」「われわれはロシアの崩壊を恐れてはならない」などのレトリックを駆使することで有名な政治家だが、現状の厳しさに直面して、もはや同じ主張を繰り返すことは、やめてしまったようである。
本来であれば過去の自分の発言をふまえたうえで、現状に対応する政策を打ち出す努力をしなければならないのだが、それは絶対にしない。「たとえどんな状況になろうとも、ロシアを侮蔑し続けることだけは決してやめない」という固い覚悟があるようだ。
確かに第二次世界大戦の勝者は、ソ連であってロシアではない。1945年当時の中国の正統政府は国民党政権であって、共産党革命はその後に発生した。だが、いずれの場合も、国家の継承は行われている。
いずれにせよ、何やら勝ち誇ったような態度で、そのようなことを指摘してみたところで、政治家として何か意味のある仕事をしているとは言えない。ただ「何でもいい、とにかくロシアを馬鹿にすることを言ってくれ」という固定ファン層の期待に応えたい、それだけしか考えていないような発言である。
カラス上級代表は、自らの過去の発言を顧みることはしない。現状の欧州の劣勢を認めることすらほぼ拒絶している。欧州が劣勢に見えるのは、SNSでロシアや中国の陰謀に反応してしまうダメな欧州人がいるせいだ、という論理不明だが、日本でもお馴染みのレトリックに逃げるだけだ。
そしてほとんど「親露派の連中を欧州から排斥すれば、欧州は負けない、本来は欧州人は優れているのだから、劣ったロシア人や中国人に負けるはずなどないのだ」と言わんばかりの姿勢を見せて、それで勝ち誇ったように他者を愚弄するかのような笑いを見せることが、大きな反感を巻き起こしている。
対極的なのが、フィンランド大統領のストゥブ氏だ。すでに何度か私が指摘しているように、カラス氏の屈辱的なワシントンDC訪問以降、国際通で知られるストゥブ氏が、ウクライナ問題担当のある種のEU特使のような存在になっていることは、すでに何度か私が指摘しているとおりである。

8月18日の欧州7指導者のホワイトハウス訪問の際にも、カラス氏は外れて、ストゥブ氏が、英・仏・独・伊の首脳とEU委員長・NATO事務総長とともに、入っていた。
そのストゥブ氏は、SCO首脳会議の様子を見て、カラス上級代表とは真逆の反応をしている。SCO首脳会議の様子は、「グローバルサウスに協力的な政策をとらなければ、われわれは敗北する」ということを示した、と述べたのだ。
「欧州と米国は、グローバルサウスとインドにもっと協力的な政策をとるべきだ」。フィンランド大統領ストゥブ氏は、私と同じLSEのIRのPh.D.を持っており、親近感が覚える。とはいえ、日本のウクライナ応援団の国際政治学者の方々を説得するのは無理だろう。 https://t.co/Akrb9olTCk
— 篠田英朗 Hideaki SHINODA (@ShinodaHideaki) September 3, 2025
極めて実直かつ真摯な自己反省に基づいた発言だと言えるだろう。しかしカラス氏と折り合える要素が見えない。カラス氏は、ウクライナ問題では他の欧州首脳から敬遠されているとしても、EUの外務安全保障政策担当の上級代表だ。日本の国際政治学者の方々の情熱的な絶大な支持があることはあまり大きな要素ではないとしても、完全に無視できるわけでもない。
何があっても、内容が意味不明でも、とにかくただひたすらロシアを愚弄し、中国を敵視し、インドを軽視し、そして自国内の「親露派」排斥運動に熱をあげたいだけの発言や行動は、続いていくだろう。
したがって、ストゥブ氏によれば、いずれ「われわれは敗北する」。
ここで「われわれ」とは、まずもって欧州のことだが、カラス氏と同じ行動をとっている方々が社会の中枢を牛耳っている日本も、やはり含まれてくるだろう。
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