労働の質:アメリカの現代自動車系の工場で475人も逮捕されたわけ

労働の質と言っても一概に論じることはできません。多くの労働に関する指標は統計の数字に基づく計算式で引き出しています。例えば生産性は算出÷投入です。これが労働生産性になると生産量÷労働者数、一人当たりGDPは国内総生産÷人口です。

アメリカ・ジョージア州の現代自動車系の電気自動車工場 同社HPより

ただ、これらの指標はよく見ると生産物の価値の国際比較を伴っていません。わかりやすい例で言うと日本ではラーメンが一杯1000円でそれに投じる労働力が1だとすれば生産性は1000円ですが、アメリカでラーメン一杯2500円だと同じ労働力を投じても生産性は2500円になります。

次にその国の人だからできる能力もあるのです。白人が握る寿司は見たことがないし、中華料理店でで鍋を振るのもアジア系の定番で他の人種の人がやるのはあまり見ません。労働には思った以上の特性と文化、得手不得手が伴うものです。マニュアルで画一的にサーブできるマクドナルドやスターバックスのようにはいかないことも多いわけです。

アメリカの労働生産性は労働統計局の指標が代表的なものですが、ここを見ると四半期ごとに〇%上昇したといったことが記載されています。どなたか統計のマジックとしてこれを分析してもらったら面白い結果が出ると思うのですが、1947年の生産性が22ポイントで2025年第2四半期が116ポイントだと公表されていますが、①物価が変わった ②テクノロジーの支援が生産性をどれだけ引き上げたの考慮が不明なのであります。つまりこの指標はパッと見ると約80年で生産性が5倍以上になったと読めるわけですが、必ずしも人間の労働力の質が向上し、一人の人間がこなす能力が向上したことを示すとは限らないのです。

現代自動車がジョージアで進めているEVの電池工場にアメリカ国土安全保障省の立ち入り検査があり、大半を占めた韓国人労働者がなんと475人も拘束、逮捕されました。現代自動車の下請け会社が「一時訪問で商談や会議に出席できるビザ」で実質的に労働させていたもので現代自動車は今年完成予定だったこの工期を大幅見直しとしました。韓国では大量の韓国人が手錠や縄をかけられ連れていかれたシーンが大きなニュースになりました。

ではなぜ、現代自動車はそのような労働者を黙認したのでしょうか?私自身が当地で韓国人と何度も仕事をしてきた中で見たのは「すぐに人を韓国から連れてくる性分」がある点です。例えば韓国製の機械を韓国から直輸入し、それを据え付けたことがあるのですが、産業用で機械もマニュアルも全部韓国語なので当地の人は誰も据え付けられなかったのです。なので実際に韓国から人が来ないと何一つできない、そういう仕組みになっていました。

中国がアフリカに投資をするにあたりマネーだけでなく中国人までついてきたとして大問題になりました。あるいは中東のプラント工事は韓国勢もその実績はかなり多いのですが、韓国人技術者で現場は占められるのです。

実は日本も相当昔はそのような傾向がありました。私が勤めていたゼネコンはかつて香港全体でNo3の受注高を誇り、誰でも知っている日本のゼネコンとしてトップクラスの成績でしたが、当時社員だけでも200人も駐在させていたのです。協力会社からも当然人を派遣していたのでまさに人海戦術的な時代であったのです。

日本が何故それを止めたか、答えは簡単です。当時の日本人給与水準が世界基準では高くなり間尺に合わなくなってきたこと、そしてそれ以上にfrindged benefits と称される日本独特の給与以外の経済的便益に対して所得税がかかる国が増え、日本人の海外駐在の魅力が急速に薄れたのです。この給与外のベネフィットには例えば通勤費、社宅や住宅補助、各種手当、自動車貸与、ホームリーブなどあります。駐在員が現地の税法ごとに多額の所得税を払えば海外駐在希望者がいなくなるので、グロスアップ方式と称するやり方で給与体系を作り直します。これは手取り金額をまず決めてそこから給与総額を決めるというやり方です。なので北米なら日本人の年収は本人は全く意識していないのに3000万円クラスはざらなのです。

想像ですが、韓国は出張ベースにして給与体系を変えず、人海戦術方式を維持していたということのように見えます。そしてそれ以上に着目しているのはアメリカ人が現代自動車の工場で活躍していないという点が興味深いのです。外国企業による投資は当然ながらその企業のブラッドを移植するのですが、設計図があれば誰でも作れるようなそんな単純なビジネスモデルはそれほど存在しません。それをこなすためには当該国の人の魂が入らないとできないのです。

台湾のTSMCのアリゾナ工場建設が大幅に遅れているのは有名な話ですが、その最大の理由は工場建設のための技術者がいないのであります。これも結局台湾流の緻密な計画がアメリカ人を含む外部の人間では簡単にそのポリシーを理解できないということではないでしょうか?

グローバル化がもたらしたものとは世界で特徴ある産業や技術、企業が生まれたことが一つ上げられますが、その水平展開には案外、ローテックな手法である当該国の関係者がそこで直接作業や指導をしないと動かないという事実であります。日本には日本の、ドイツにはドイツの、そして中国や韓国にもブラックボックスではないのに実質誰も真似できないノウハウがそこにはあるのです。

これを考えるとトランプ氏の政策、海外からの直接投資でアメリカ人の雇用が増え、国内経済が潤うというシナリオは「そんなに単純じゃないよな」と言わざるを得ないのではないかと思うのであります。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2025年9月9日の記事より転載させていただきました。

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会社経営者
ブルーツリーマネージメント社 社長 
カナダで不動産ビジネスをして25年、不動産や起業実務を踏まえた上で世界の中の日本を考え、書き綴っています。ブログは365日切れ目なく経済、マネー、社会、政治など様々なトピックをズバッと斬っています。分かりやすいブログを目指しています。