西武・そごうの分離。イトーヨーカドー(ヨーク・ホールディングス)の売却。身軽になったセブン&アイが8月6日、今後の戦略について説明会を開催した。
注目すべきは、
「30年度には、1株当たり利益(EPS)を『3倍』にする」
という発言だ。
「EPSは1株当たり約210円と『ほぼ3倍』
「EPSについては、現状の『約3倍』の水準を目指す内容となっている」
かなり野心的な目標である。同説明会では「2028年までに会計基準を日本基準(J-GAAP)から国際会計基準(IFRS)に変更する」とも述べている。このような過渡期に発表される「良い数値」には注意を要する。経営者が、二つの基準値を都合よく使い分けることがあるからだ。
本稿では、「基準の混在」の問題について、ライザップの過去データを参考に考察する。
セブン&アイ・ホールディングス公式サイトより
異なる基準混在の弊害
以下のデータをご覧いただきたい。ライザップの2016年と2017年(3月期)の決算値比較である。
- 売上収益 2016年3月期:554億円→2017年3月期:952億円
- 営業利益 2016年3月期: 50億円→ 2017年3月期:102億円
- 営業利益率 2016年3月期:9.1%→2017年3月期:10.7%
(17年度決算において日本基準では特別利益に計上される「割安購入益 58億円(※1)」が、営業利益に計上されている)
売上収益・営業利益が急増し、利益率も改善している。だが、額面通りに受け取るのは早計だ。2016年3月期は「日本基準」、2017年3月期は「国際会計基準(IFRS)」と、異なる基準を比較しているからだ(※)。
※ 説明会資料別ページに「2016年3月以前の値は日本基準」である旨注記されている
一般的に、IFRSは日本基準と比べ「利益が大きく見える」という特徴がある。理由は以下の通り。
- 「営業利益」に何を算入するか経営者の裁量に委ねられている(※2)
- 一部の費用(「のれん」償却費)を計上しなくてよい
同じ「営業利益」でも中味(計算方法)が異なる。よって比較する意味はない。にもかかわらず説明資料に載せるのは、見栄えが良いからだ。この資料のように
「過去最高」「前年同月比で『2倍』」
といった表現もできる。経営者側にとって、ステークホルダー(投資家・債権者など)に「アピールしやすい」というメリットがあるのだ。
「3倍」ではなく2.4倍
では、冒頭で述べたセブン&アイの「EPS『3倍』」はどうか? 戦略説明会資料の数値は以下の通り。
- EPS(日本基準) 2024年(実績):約86円→2030年度(計画):約210円
説明資料「7-Elevenの変革」より
日本基準で計算すると、210円÷86円=2.4、およそ「2.4倍」だ。IFRS基準では250円÷112.8円=「2.2倍」。どちらも「3倍」とは言い難い。3倍に近くなるのは「250円(IFRS基準2030年)÷86円(日本基準2024年)=2.9倍」の場合、つまり、IFRSと日本基準という「異なる基準比較」においてのみである。
説明資料「7-Elevenの変革」より
「3倍」という表現が、意図したものなのか、ミスなのか(あるいは切り上げなのか?)はわからない。だが、資料や説明に異なる基準が混在している場合、ステークホルダー(特に投資家の方々)は、より注意深く資料を見る必要があるだろう。
過渡期は要注意
IFRSを「活用」する企業は少なくない。例えば、楽天は、2024年決算で、関連会社を一般会社に置き換え、評価益を計上することにより、利益を黒字化させている。
透明性を向上させる、他国企業との比較を容易にする、などと喧伝されるIFRSだが、経営者の表現によっては、投資家の判断を惑わせかねない。
特に営業利益は、企業の裁量で計算方法が選択できるため、「コア営業利益」「調整後営業利益」といった独自の利益が乱立したり、安易に計算方法を変更したりするなど、混乱を引き起こしていた。IFRSが、2027年度より営業利益の計算ルールを統一するのは、この対策のためだ。
東証上場企業のうち、IFRSを適用している企業は254社。時価総額では46.5%を占める(23年5月時点)。投資家の方々は、27年のルール統一まで、あるいは二つの基準が併記される過渡期を過ぎるまで、企業発表・発言をしっかりと見定め、投資先を選択する必要があるだろう。
【注釈】
※1 割安購入益についてはライザップ「のれん」なしで300億円稼げるかを参照いただきたい。
※2 2027年度から一部改訂される。