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文章講座やってた。昔の話。もう辞めた。
理由? ぶっちゃけ、キツかった。
スマホ世代の文章がヤバい件
句読点どこ行った? 「てにをは」壊滅。段落って概念、知らんのか。受講生の8割がこのレベル。いや9割だったか。最初は「デジタルネイティブだから」って自分に言い聞かせてた。丁寧に指導してた。3年目に悟った。スマホは関係ない。
単純に、本を読んでないだけ。
「最近の愛読書は?」の答え→『7つの習慣』『嫌われる勇気』。まあ、いいよ。でもね、これで「文章うまくなりたいんです!」とか言われても。内心「それは無理ゲーでは?」と思ってた。言わなかったけど。
ビジネス書なんて、どれも一緒。「前向きに」「生産性を」「相乗効果で」――あーはいはい。100冊読破したところで、アウトプットは「お世話になっております」「ご査収ください」レベル。AIの自動生成の方が上手い。
だから小説読めって。マジで。
村上春樹、分かる? 「やれやれ」だけじゃないぞ。変な比喩、突然のエロス、井戸への執着――賛否両論あれど、あの文体は唯一無二。
小川洋子って? 透明で、冷酷で、数式的。『博士の愛した数式』しか知らない? 『密やかな結晶』読んでみ。記憶が消える島。これ読んだら「普通の文章」書けなくなるから。
大藪春彦。知ってたら通。暴力、銃器、筋肉。やたら握力の数値出てくる。「コルトパイソン」「ワルサーP38」とか銃の型番バンバン。真似はしたくないが、あの文体の威圧感はガチ。
実験:同じ会話を2名の作家風に改変
原文はこれ↓
女:どんな料理が好きですか?日本料理習ってるんです
男:日本食は芸術です。目で味わうものです
女:目で、ですか?
男:器との調和、椀の感触も重要でして…
女:椀の感触…?
男:唇が離れる瞬間の心地よさ、絶妙なバランスが必要で
女:はあ…で、何がお好きですか?卵料理とか好きなんですけど
男:卵料理も芸術でして、なんたらかんたら…
女:(無言)
<村上春樹バージョン>
初めてのお見合い。3月の火曜、14時15分。高島屋新宿店14階のカフェ。
トールラテを頼んだ。彼女はアールグレイ。BGMはノラ・ジョーンズ「Don’t Know Why」。
「どんな料理が」と彼女。「日本料理習ってて」
コーヒーカップを3回転させた。窓の外、小田急線が過ぎる。
「日本食は芸術です」と僕。「目で食べる」
彼女の手が止まる。スプーンを置く音。磁器とソーサーが触れる音は、氷河の亀裂みたいだ。
「椀の感触も大事で」と続けた。15秒の沈黙。エアコンの音。たぶんダイキン。
バーバリーのハンカチを取り出す彼女。三つ折り、また広げる。失くした時間を探すように。
やれやれ。
会話は地雷原だ。一歩間違えば全部吹っ飛ぶ。僕は最初の一歩で爆発させた。
14時45分、店を出る。「用事が」と彼女。「そうですか」と僕。以上。
<大藪春彦バージョン>
14時。新宿高島屋のカフェ。カップを握る。
関節が白く浮く。握力78kg。毎朝のトレーニングの成果。
女が口を開く。 「どんな料理が?」
「日本食は芸術。目で食う」
女の表情筋が収縮。咬筋の緊張。不快感の表出。
「椀の感触も重要で」
馬鹿げた台詞。分かってる。だが止まらない。トカレフの引き金を引き続けるように、言葉が暴発。
女、無言。
大胸筋が緊張。ベンチプレス120kgを上げる筋肉も、会話では無力。三角筋も広背筋も役立たず。
女は「用事が」 と席を立つ。嘘だ!だが黙る。拳をテーブルに叩きつけたい衝動。やらない。ここは高島屋。警備員に連行される。
山手線。乗車率200%。人間の圧縮。これも暴力。
婚活市場での俺の価値。38歳-10点。年収550万-5点。コミュ力-50点。計-65点。不合格。排除対象。だが諦めない。
で、結論は……
作家の名前覚えろとか言ってない。文学部の学生じゃあるまいし。
言いたいのは一つ。本読め。
この前の電車。隣の女子高生、3駅ずっとTikTok。スワイプスワイプスワイプ。15秒×何本? その時間で漱石『こころ』10ページは読める。
知人が言ってた。「本は非効率。YouTube要約動画でいい」。そいつの企画書、主語と述語が5行離れてて意味不明。全部書き直しだろうな。深夜2時まで。
効率? 何それ。
本読むのは効率のためじゃない。むしろ非効率の極み。400ページ読んで「なんか良かった」程度。でもその非効率の蓄積が、文章に深みを作る。
若い奴は本読まない――老害って言われそうだが言う。「忙しい」「時間ない」。知らんわ。で毎日、本を読む。今は太宰『人間失格』。37回目か。でも読む。
なぜ?
……さあね。習慣?意地? 本を読まない人間にはなりたくない謎のプライド?
文章力つけたいなら本屋行け。ビジネス書コーナーは無視。小説の棚へ。適当に手に取る。1ページ読む。つまらなきゃ戻す。面白きゃ買う。家で読む。
終わり。簡単だろ? いや簡単じゃないか。Amazonでポチれば本屋も不要だし。
いや、待て。最後にこれだけ。 昨日、元受講生からメール来た。「先生のおかげで文学賞の下読みまで行きました」だって。 あいつ、最初は「てにをは」もダメだったのに。本読み始めたんだ、あの後。
だから、勝手にしろって言ったけど、撤回。 本、読め。マジで。
尾藤 克之(コラムニスト・著述家)
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22冊目の本を出版しました。
「読書を自分の武器にする技術」(WAVE出版)







