アメリカ経済の「繁栄」はいつまでつづくのか?:『余命半年の米国経済』

増田悦佐氏による『余命半年の米国経済』は、アメリカ経済の繁栄がいかに「虚構」にすぎないかを鋭く抉り出す。タイトルの「余命半年」は挑発的だが、単なるレトリックではない。米国金融市場の実態を克明に描き、帝国としてのアメリカが制度的にも市場的にも限界に達しつつある姿を提示している。

最初の読みどころは、米国債市場の長期的な不振に対する分析である。著者は、2020年夏を頂点に米国債が慢性的なベア相場に入り、金利上昇と価格下落が止まらなくなったことを示す。従来であれば金利上昇はドル高を招き、安全資産としての債券が資金逃避先となるはずだった。ところが2025年には、米国債・ドル・株式が同時に下落するという異常事態が出現した。つまり「リスク回避先」が存在しない市場になりつつある。これは資本市場のセーフティネットが消え去ったことを意味し、世界経済全体にとって前代未聞のリスクである。

この構造を一段と危険にしているのが、米国金融市場における「ベーシス取引」の膨張だ。債券の現物と先物のわずかな価格差に数十倍から百倍のレバレッジをかける取引が膨大な規模に達していたが、株安と同時に国債安が進んだため、損切りの連鎖が発生した。著者は、これが米国株・債券・ドルの「同時安」を引き起こした直接の要因だと説明する。つまり市場は、もはや自己安定機能を失い、レバレッジの巻き戻しで雪崩的に崩れる脆弱な構造へと変質してしまったのである。

さらに著者は、外国資金の動向に注目する。米国債の外国人保有比率は2014年をピークに低下し、安定的な長期保有者から短期の投機筋へと買い手が移っている。スイスやノルウェーといった公的機関までがヘッジファンド顔負けのポートフォリオを組み、米国株・債への投機的な関与を強めているという指摘は衝撃的だ。資金の性格が変わった以上、ちょっとした金利変動や政治リスクで一斉に資金が逃げ出す危険が常態化している。

こうした不安定な市場構造の上に、莫大な借り換え需要が重なる。2025年には7兆ドル超の国債償還と2兆ドル近い財政赤字補填で、合計9兆ドル規模の発行が必要になる。長期債を買わせるには期間プレミアムが跳ね上がり、10年債利回りは6%近辺にまで上昇しかねない。利払い費はGDP比で他国を大きく上回り、連邦政府財政を圧迫する。著者はこれを「パーフェクトストーム」と呼び、米金融市場を根底から揺るがす危機として描き出す。

しかも、この描写はこれから起こる米国経済の変調はこれに留まらず、さまざまな病変を指摘・検証していく。本書は、米国経済の末期症状を制度的腐敗(ロビイング規制法による政治の買収構造)と市場の構造的脆弱性の両面から説明する。米国は自国通貨と国債を世界にばら撒きながら借金漬けで延命してきたが、その仕組みがついに破綻を迎えつつある。

終盤では日本への提言も展開される。日本は一発の銃弾を撃つことなく国際秩序に貢献できる、と挑発的に説く。

「余命半年」という言葉は過激だが、本書を読み終えると、アメリカ金融市場の延命策が逆に死期を早めているという著者の見立ては、アメリカ礼賛に慣れ切った(評者も含めた)日本人の目を醒ますことになるはずだ。


余命半年の米国経済

【目次】
第1章 常識が通用しなくなったアメリカの金融市場
第2章 マグニフィセント7は化けもの屋敷
第3章 死滅への道を急ぐ引きこもり覇権国家アメリカ
第4章 どっちが怖い? DS 世界政府願望とアパルトヘイト国家復活
終章 ここからどこへ?

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