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米連邦最高裁判所は9月9日、トランプ大統領が連邦法に基づき広範囲な関税を課す権限を有するかどうかに関する審理を行うとした。ワシントンD.C.連邦巡回控訴裁判所が8月29日、トランプ関税のうち2つの関税を違法とした下級審を支持したのを受け、政権は9月3日、連邦最高裁に上訴していた。
判事7人中6人が民主党大統領によって任命されたD.C.控訴審が違法としたのは、4月に最初に発表された相互関税と2月にフェンタニル絡みの3カ国、即ち原末を輸出する中国とそれを製剤するカナダ・メキシコからの輸入品に課した関税の2件だ。一部の州や中小企業が訴え、2ヵ所の下級審で違法とされたが、トランプ氏はいずれも国家非常事態の宣言で正当だと主張、控訴していた。
これら2件には、鉄鋼・アルミニウム・自動車への関税や、トランプ氏が第一次政権の時に課し、民主党バイデン政権も維持している対中関税は含まれていない。またこの2件を7対4で違法としたD.C.控訴審は、最高裁の最終判断まで当該関税を維持するとした。今般の最高裁の審理判断は異例の速さで下され、最終判断は26年初になるようだが、それまでは今の関税が適用されることになる。
では、下級審や控訴審は何を以て相互関税やフェンタニル絡みの関税を違法としたのかといえば、それは1977年にできた国際緊急経済権限法(IEEPA:International Emergency Economic Powers ACT)だ。下級審は、IEEPAは大統領に無制限の関税賦課権限を与えておらず、国家非常事態において認められる規制権限の中に関税条項は含まれていないとの判断を下し、控訴審もこの見解に同意した。
今回の訴訟は最高裁の「主要問題原則(major questions doctrine)」が試されるといわれる。この原則は、議会が行政機関に「経済的、政治的に極めて重要な」決定を下す権限を与えたい場合、明示的にそうしなければならないとする。現に、最高裁は23年、6対3でバイデン政権による最大4000億ドルの学生ローン返済免除を、「影響が驚くほど大きい」とし、大統領権限を超えると判断した。
控訴審は今回の判決の中で、この学生ローン返済免除の影響と比較し、「政府のIEEPAの解釈に基づいて課された関税の全体的な経済影響は更に大きい」とした。が、筆者はこれに、果たしてそうかとの疑問を懐く。なぜなら学生ローン返済免除の恩恵は、大学に行かない者には及ばない、公平を欠くものだからだ。米国の大学進学率は80%弱であり、その全てがローンを借りている訳ではない。
他方、相互関税とフェンタニル絡みの関税は、いずれも名目上は米国の輸入業者が納めるものの、その金額の何割かは輸入業者や外国の輸出元が負担している実態がある。また価格に転嫁されたとしても、数千億ドル規模の関税収入が減税という形で米国民に還元されることになる。これらを最高裁が考慮するなら、バイデンの不公平な学生ローン返済免除と同じ判断を下すとは思われない。
またトランプ政権は万一に備えて、IEEPA以外の法律も検討している。それは「1962年通商拡大法第232条」や「1930年スムート・ホーリー関税法第338条」だ。ベッセント財務長官は後者について、これは米国の通商を差別していると判断された国からの輸入品に対し、大統領が最大50%の関税を課すことを可能にするもので、数十年間殆ど機能していないが迅速な関税賦課を可能にする、と述べている。
最後に、最高裁が控訴審を支持した場合の影響を考えてみる。
トランプ氏にとって最大の問題は「One Big Beautiful Bill」の歳入目論見が大きく崩れること。そして当面の問題は、既に輸入業者が納税した金額の返還だ。CBP(関税・国境警備局)は8月25日時点で、IEEPAに基づいて課された関税の徴収額を658億ドル(約9.7兆円)とした。輸入業者はCBPに還付を求めるだろうが、場合によっては訴訟に発展する可能性がある。
日本の場合、率の大きい鉄鋼・アルミニウムへの50%と自動車への15%(27.5%からは引き下げられたが、従前の2.5%からは12.5%の引き上げ)は訴訟の対象ではないから、このまま維持される。よって、当初の10%から8月に15%に引き上げられた相互関税の分だけが軽減されることになるようだ。
また今般、赤沢氏が訪米し合意文書を作成した5000億ドルの対米投資に、この訴訟の最終判断が影響しないかというと、筆者はそうは思わない。最高裁が控訴審を支持し、相互関税が違法になれば、日本が5000億ドル投資をのらりくらりと曖昧にしても、その報復として相互関税を上乗せするとのトランプ氏の威嚇が効かなくなるからだ。
ちなみに、念を入れて別の法律を調査している知恵袋のベッセントは、最高裁にも、控訴審の判決を支持した際に予想される「広範囲な経済的影響を考慮する」よう求めている。






