日本の国際政治学者の方々によれば、8月の欧州首脳の訪問によって「欧州統一メッセージがトランプに突き刺さった」ということだった。
ところがロイター報道によれば、トランプ政権は、バルト諸国に対する軍事支援を打ち切る方針を、8月下旬に欧州側に伝えていたという。
トランプ政権が行っているウクライナ向けの武器支援も、その費用は欧州諸国が負担している。つまりアメリカは、欧州人に武器を売って儲けているだけだ。トランプ大統領は、日本の国際政治学者の解説を、全く聞いていないようだ。
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9月に入ってロシアの領空侵犯が繰り返しニュースとなっている。日本においてのみならず、欧州などでも、「ウクライナ応援団」系の方々が、NATOは報復せよ!と盛り上がっている。
9月9日にポーランド、14日にルーマニアで、ロシアのドローンが領空侵犯したとのことだった。ただ、ロシア政府は、そのような遠方まで飛行させられないと述べ、自国のドローンであることを否定した。ロシアに好意的な立場を取る人々は、ウクライナ政府が仕組んだ偽旗作戦だったと解説している。
「ウクライナ応援団」系の方々は、NATOの報復を唱えるが、東欧の小国が報復することは奨励しないのが普通のようだ。つまり、アメリカよ、ロシアを攻撃してくれ、というわけである。
もともとドローンがどこから来たのか、どの国の政府の所有物であったのかを識別することは、極めて難しい。ポーランドに飛来したドローンは撃墜されたが、残骸があっても識別は難しい。いずれにせよ、断定するには、根拠が必要である。
しかし欧州諸国の多数がロシアだと言っている以上、多数決でロシアのドローンであることが決まっている、といった主張をする方もいる。
19日にエストニア領空をロシアのMIG-31が12分間侵犯したというニュースも、同じ方面の方々を盛り上げた。
ただ鶴岡教授のポストの文面に関わらず、不思議なことに、実際の「Politico」誌の記事には、ロシア機がエストニアの首都タリンに向かったという文章はない。
(ちなみに「タリンに向かっていた」と報じたのは、ウクライナ応援団プロパガンダ系ニュースサイトのVisegrad24である。)
ポストの文章と、参照先のニュース記事の内容が合致しないことは、国際政治学者の方々のSNSでは、よく見られる現象である。
もっとも指摘する側のほうが、社会的に抹殺されかねないので、簡単には指摘できない。
19日のエストニア領空侵犯騒ぎについては、エストニア政府が発表した内容から、ロシア機はタリンに向かっていたのではなく、フィンランド湾からバルト海に向かうルートを飛行していたと見られる。
これについてロシア政府は、国際空域だったと主張している。「領空」は、領土と領海の上空を指す。領海は、海岸から12海里=約22.2キロの距離までだ。エストニア政府発表の雑駁な地図で見ると、ロシア機の飛行ルートは、領空侵犯ではないように見える。
ただし、実は、エストニアはこの海域に2,355といわれる数の小島を領有している。そのほとんどが極小かつ無人島だが、それぞれから個別的な領土・領海と領空の設定はなされる(ただし「岩」は除外される)。したがってエストニアの領空の設定・識別は、非常に複雑である。雑駁な地図からだけでは、わからない。
エストニア側は「12分間」領空侵犯があったと主張している。最高速度がマッハ2.83とされるMIG-31は、12分あると600キロを飛行することができる。エストニア政府発表の地図で示されているロシア機の飛行ルートとされる線では、せいぜい200キロ程度しかない。
もちろん非常に低速で飛行することは、技術的には可能ではあるだろう。戦闘機ではあるが、偵察あるいは挑発が目的であったら、意図的に超低速で飛行することも、ありうるかもしれない。だが仮にそうだったとしたら、ロシア側は、非常に危険な速度で、領空侵犯をしてきたことになる。
そもそも上述の事情で、海岸線に近い空域を飛行するのでなければ、島嶼部によって設定され直した領空を飛行して、領空侵犯だったということになるはずだ。しかしそれは海岸と平行には設定されていないので(エストニアは海岸部も相当に入り組んでいる)、12分間連続して領空侵犯できるかは、疑問だ。
状況がつかみにくいところがある。
私は、ロシアは領空侵犯していないと言いたいわけではない。意図的ではなかったと言いたいわけでもない。ただ、この種のことは、即座に素人がお茶の間で事実関係を断定することは難しい、とは考えている。学者は、どちらかというと慎重な物言いになるのが普通かとも思っている。
だが正しいことを言うことよりも、ロシア非難の内容の発言をするか、しないか、が、まずは一番重要なことだ、という風潮が、今の日本では、あまりに根深い。学者界隈でも、あらゆる機会を使ってロシアを非難する、それが一番大切なことだ、という考え方が、常識になってしまっている。
もしこれに合致しなければ、「虚栄と独善」にやられて「闇落ち」した「親露派」の「老害」、と揶揄されたりする。
暮らしにくい時代だ。
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