ウクライナ戦争の終わりが見えてこない。
首脳陣同士のいくつもの会談があったが、なかなか先に進んでいかないようだ。
ロシアのプーチン政権はいつまで戦争を続ける気なのか。その軍事力、経済力について、米ニューヨーク・タイムズ(NYT)紙のポッドキャスト「ザ・デイリー」(9月9日配信、有料購読者対象)が取り上げた。概要を紹介してみたい。

西側メディアが見落としていたこと
2022年2月にロシアがウクライナに侵攻して以来、NYT紙のロシア担当記者アナトリー・クラマナエフ氏は、西側メディアの報道には抜けている点があると感じていたという。
「西側諸国はウクライナが優勢だという見方に傾き、プーチン大統領がこの戦いに踏みとどまるために駆使している力や、その背後にあるより大きな構図を見落としていた」。
「現在、ロシアはまだ勝利していない。ウクライナの降伏がもうすぐ手に入るわけでもない。それなのにプーチン大統領は、あたかも勝利へと進んでいるかのように振る舞っている」。
ロシアとウクライナの勢力バランス
クラマナエフ氏はプーチン大統領がこの戦争で優位に立ったとする。
その理由とは、第一に領土である。ロシア軍は毎月のように少しずつ前進を重ねており、決定的な突破口はないが、消耗戦、つまりほぼ膠着状態にある戦争において、夏の攻勢で見せたロシアの進軍は無視できない意味を持っているという。
また、ロシア軍の兵力が日々増加する一方で、ウクライナ側の防衛戦力が減少している。「現在の段階で、戦力バランスはウクライナの防衛にとって持続不可能な方向へと傾きつつある」。
ロシアは、この戦争で極めて重要な兵器であるドローンの生産において、「ウクライナに追いつき、場合によっては追い越した」。経済戦争でも優位に立っており、ロシアはウクライナが調達できる以上の資金を集め、それを戦争に投入しているという。
「消耗戦」とは「資源戦」であり、戦争では敵よりも効率的に資源を動員し活用できる側が勝利する。「現在のところロシアはこの意味でも勝利国だ」。この流れが崩れない限り、ロシアが望む勝利を手にするのは「時間の問題」とクラマナエフ氏はいう。

プーチン大統領 クレムリンHPより
「人」と「金」
クラマナエフ氏によると、ロシアで戦い続ける力を支えている二本の大黒柱は、「人」と「金」だ。十分な数の兵士を徴集して戦場に送り込む能力と、軍事機構を動かす収入を継続的に確保する能力である。「この二つの柱があるからこそ、プーチン大統領は今日の地位を築き、主導権を握ることができた」。
転機は2022年9月
プーチン政権が勝利へと一気に歩を進めたのは、戦争開始からほぼ半年後の2022年9月だった。この時、ウクライナの抵抗はロシア側の予想を大きく上回り、ロシア軍はウクライナの首都キーウからの撤退を余儀なくされた。兵士も武器も底をつきつつあった。
ここでプーチン大統領は、誰も予想していなかった行動に出る。第二次大戦以来初めての大規模な徴兵を命じ、およそ30万人の兵士を招集したのである。
国内では非常に不人気な政策だった。何十万もの若いロシア人男性が国外へ逃れ、ロシア経済には甚大な打撃が与えられた。国民の間に不安と恐怖が広がった。
「しかしプーチン大統領は最初の強い反発を押し切ってしまった」。30万人の兵士たちは訓練不足で経験も乏しく、健康状態も劣悪だったが、それでも戦線の隙間を埋め、戦場を安定させることができた。
兵士に巨額報酬を提示
兵士になりたがらない国民の嫌気感を解消するため、政権は巨額の報酬を提示するようになった。「世界でもっとも不平等な国の一つとされるロシアにおいて、社会の周縁にいる男性たちに『英雄になる機会』を与え、自らの存在価値を家族や地域社会に示す道を開いた」(クラマナエフ氏)。
徴兵制を志願兵制度へと置き換える全く新しい採用戦略が生まれることになり、兵士になれば、人生を一変させるほどの大金をもらえた。入隊すると約6万5000ドル(約960万円)の契約金を受け取り、その後は毎月およそ3000ドル(約44万3000円)の給与が支払われる。これは戦争以前のロシア兵の報酬の10倍にあたるほどの破格の金額だった。
また、兵士は戦場でのあらゆる行為――領土の奪取から敵装備の破壊、さらには勲章の獲得に至るまで――に対して追加の報酬を受け取る。あらゆる功績には明確な報酬が設定されている。足の切断から頭部損傷、死に至るまで、負傷に応じて詳細な金額が支払われる。そして、たとえ戦死した場合でも、遺族には5万ドル(740万円)から10万ドル(1470万円)という高額の補償金が保証される。
人生のチャンス
クラマナエフ氏によると、「肝心なのは、この戦争での兵役が、労働者階級のロシア人男性にとって、民間生活では到底想像もできない――そしておそらく生涯かけても稼ぐことのできない――金額を手にする機会となったということ。健康や、場合によっては命を犠牲にする見返りに、中流階級への切符を与えるものだった」。
ある募集広告にはこんな文句が書かれていた。「『男は何でできているのか?スムージーやタトゥーやピアスか?』――いや、違う。我々男性は勇気と勇敢さ、そして名誉でできているのだ」。
このようなメッセージが「生きる意味」や「目的」を探している人々にとって、非常に効果的なツールとなっているという。
片足を失ったが、「価値あった」と元兵士
クラマナエフ記者は多くの志願兵に話を聞いた。その中の一人、「ウラジスラフ」はウクライナの塹壕を襲撃中に片足を失った33歳だった。戦争前はロシア西部の地方都市にあるヒマワリ油工場で働いていた。典型的な労働者階級の職で、月収は300ドル(4万4000円)程度。
しかし、「家族を養い、親族から尊敬される存在になりたがっていた」。
病院のベッドで取材に応じたウラジスラフは地方知事から6500ドル(96万円)、国営保険会社から2万8000ドル、(430万円)さらに国防省から4万7000ドル(694万円)の金額の支払いを受けていた。もう以前のように歩けないし、人生も元には戻らないが、クラマナエフ記者に「価値があった」と語った。従軍によってこれまで決して与えられなかった生活を、家族に与えることができたからだ。
この話を聞いて、筆者は非常に悲しいものを感じた。自分の体を売っているのだ。でも、引き換えに「家族を養い、親族から尊敬される存在」になったのだ。そうなりたかったという青年の気持ちを私たちは否定できるだろうか?
志願兵とロシア社会
「金銭と引き換えに自ら戦い、死ぬことを選んだのであれば、それは本人の選択になる。だからこそ、プーチン大統領は何十万人もの兵士を、比較的容易に死地へ送り込むことができた」とクラマナエフ記者は説明する。
徴兵令で動員された約30万人に加え、報酬を目当てに志願した相当数が加わり、合計で数十万の兵力が補充されたと言われている。
こうした「契約で動員する」仕組みは、政府にとって二重の利点をもたらしたとクラマナエフ記者は分析する。一つは戦力の補充が可能になること。もう一つは、戦争に対する国内の怒りや抵抗を抑える効果だ。こうしてプーチン政権は、外部から見れば不利に見える状況でも、時間を稼ぎ、戦線を維持し続けることができたという。
2022年後半以降、ロシアは1日に約1000人の兵士を募集してきた。損失を負っても、新しい部隊や新しい師団を編成し、ウクライナに侵攻した当初の軍隊の規模を超えて兵力を拡大することが可能になった。
財源は?
大量の兵士を雇用し、戦争を続けるには巨額の資金が必要だ。プーチン政権の資金の貯え方について、クラマナエフ記者はこう説明する。
プーチンが政権を握ったのは1999年。世界的な原油価格の上昇と重なっていた。その結果、突然、何十億、何百億ドルもの資金がロシアに流れ込んできた。「プーチンは、過去の政権の失敗を繰り返さないことを決め、貯蓄を始めた。非常に経済的に保守的な政策で、支出を最小限に抑えた。つまり彼は財布の紐を締め上げ、非常に厳格な財政運営を始めた」。
ウクライナ戦争開始後は「財布の紐を緩めた」。突然、何年も何十年もかけて蓄えられた資金が国に流れ込んだ。ロシアは1991年の独立以来最大の公共支出の増加を実行していた。
その資金は、「戦争マシン」を駆動させただけでなく、より広い経済にも流れ込んだ。それによって人々の幸福感が生まれ、人々の満足感や消費意欲が維持されたという。「戦争の恐怖に直接巻き込まれていない人々にとっては、侵攻前よりも今のほうが生活が良くなっている可能性すらある。国内の社会的緊張は劇的に緩和され、プーチンが戦争終結のために感じていたかもしれない政治的圧力も大幅に軽減された」。
経済制裁の影響は?
ウクライナ戦争勃発で、米国をはじめとする各国が対ロシアに経済制裁を行ってきた。しかし、クラマナエフ記者は「十分な効果はなかった」という。「ロシアが天然資源を売り続ける能力を封じ込めることはできなかった」。
西側諸国による包括的な制裁があっても世界の他の国々やいわゆる「グローバル・サウス」がロシアとの取引を続けてきた。そのおかげでプーチン大統領は顧客を転換し、アジアで新たな顧客を見つけ、世界の反対側に石油と天然ガスを売り続けることができた。
中国とインド
ロシアの現在の主要な石油の顧客は中国とインド。中国は何十年にもわたりロシアにとって非常に重要な経済パートナーだったが、戦前のインドはロシア産の石油をほとんど購入していなかった。現在、ロシアはインドの石油輸入の約40%を占めている。
将来のロシア社会への影響は甚大
プーチン政権に戦争続行の能力と財力が備わっているとしても、戦争によるロシア及び国民への甚大は負の影響は避けられないとクラマナエフ記者は見ている。
戦争は莫大な経済的・社会的コストを生み、「その多くは取り返しがつかない」。
「経済面では、ロシアは侵攻資金を得るために産業を枯渇させた。西側諸国とのつながりを断ち、軍事費依存の経済を作り出した。今日では、軍事生産のみが他のすべてを犠牲にして成長し、軍事生産が他のあらゆる産業を締め出している。この軍事費依存は、戦闘が終結した後も消えることはないだろう」。
社会的な面では、おそらくその影響はさらに大きくなる。「何十万人ものロシア人男性が戦場から帰還し、英雄扱いされること、そして長年の戦闘で彼らと家族が慣れ親しんできた数々の経済的恩恵を受け続けることを期待するだろう」。
「しかし、ロシア社会が彼らを英雄として受け入れる可能性は極めて低い。ロシア政府が彼らの生活費を援助し続け、戦闘中に彼らが享受してきたこれらの恩恵を与え続けることも、極めて低い。その結果、社会に甚大な不満を引き起こす可能性が高い」。
アフガニスタン侵攻の余波
クルマナエフ記者は、1980年代にソ連がアフガニスタンで戦った戦争がソ連崩壊の要因の一つだったと見る。「アフガニスタンから帰還した何万人もの兵士が社会に居場所を見つけられず、必要とされず、社会に溶け込むこともできなかった」。
「プーチン大統領が最終的にこの戦争を戦うのは、ロシアを超大国の地位に復帰させ、再び偉大な国にするためだ。私が見ている変化によると、ロシアは長期的には、かつての姿の影に過ぎない国として現れる可能性が高い。国際的に孤立し、独裁主義が強まり、真の成長や発展の手段もはるかに少なくなる」。
「この戦争が終わった後には、その規模の大きさ、そしてロシア国家、ロシア社会、そしてロシア国民が直面する状況を見るだけでも、想像を絶するほどの激動の津波が押し寄せるだろう」。
プーチン大統領がウクライナで長期的に達成しようとしている勝利は、「彼が思い描いている栄光とは正反対に、ロシアの浅はかさを露呈し、永続的な衰退に閉じ込めることになるかもしれない」。
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戦争は国を荒廃させる。例え「勝利国」になったとしても、その犠牲はあまりにも大きい。ポッドキャストを聞いての筆者の感想である。
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編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2025年9月21日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。







