パレスチナ国家承認:なぜ今まで欧州主要国は承認してこなかったのか

小林 恭子

ここ数カ月、欧州を中心にパレスチナを国家承認する動きが広がっている。

9月21日、カナダと英国は主要7カ国(G7)で初めてパレスチナ国家の承認を正式に表明した。オーストラリア、ポルトガルも同日に承認を表明している。フランスもこれに続いた。

地中海東岸に位置するパレスチナ(人口約548万人)は国際的にはかなり広く承認されているが、イスラエルとの長年にわたる紛争のため、国際的に合意された国境も首都も軍隊もない。

以下はイスラエルを示す地図(外務省サイトから)だが、薄い黄色の部分がイスラエル、緑色が「パレスチナ自治区」。パレスチナ自治区は海岸沿いの「ガザ地区」、ヨルダン寄りの「ヨルダン川西地区」の2つの地域で構成されている。

(外務省ウェブサイトより、キャプチャー)

1990年代の和平合意を受けて発足したパレスチナ自治政はヨルダン川西岸地区に拠点を置くが、同地区はイスラエルの占領下にあるため、自治政府はその土地や住民を完全には統治できていない。ガザ地区もまたイスラエルが占領しており、イスラム組織ハマスとの壊滅的な戦争の最中にある。

国際社会におけるパレスチナ承認

国連加盟国の大多数(140か国以上)はパレスチナを国家として承認してきた。しかし、欧州連合(EU)の主要国や英国は長年にわたり承認を控えてきた。
一方で、イスラエルは1948年の建国直後に国際社会から承認を受けている。なぜイスラエルは承認され、パレスチナは承認されなかったのか。
この点には歴史的経緯と政治的判断が深く関わっている。

イスラエル建国と承認の背景

イスラエルの建国(1948)は、国連総会決議181号(1947年)=パレスチナ分割案=に基づく。国際社会(特に西側諸国)は「国連が提案した二国家分割の一方」としてイスラエルを国家承認し、ソ連(当時)や東欧諸国も早期に承認。米ソ両陣営から承認を受けたことで国際的に「国家」として位置づけられた。イスラエルの承認には「国連分割案」という国際的な法的根拠が一定程度存在していた。

パレスチナが承認されなかった背景

イスラエル建国後、アラブ諸国との戦争を経てパレスチナ側に割り当てられたはずの領土(西岸・ガザ)はそれぞれヨルダン、エジプトが実効支配することに。

1967年の第三次中東戦争でイスラエルが勝利すると、イスラエルは西岸・ガザを占領した。結局、パレスチナ国家の実体、つまり確定した領土と統治機構が曖昧で、国際社会から見ると「承認しても実効性が伴わない」という状況だった。

欧州主要国が承認を避けた理由

欧州主要国(英仏独伊など)が承認を控えてきた理由としては、以下が挙げられることが多い。

ー和平プロセス重視
欧州主要国は「二国家解決」(イスラエルとパレスチナが独立した二つの主権国家として平和的に共存することを目指す考え方)を支持しつつ、それをイスラエルとパレスチナの直接交渉によって実現すべきと考えた。パレスチを国家承認すれば、交渉を通じた合意形成を損なう恐れがあるとされた。

ー国家条件の不備
パレスチナには確定した国境、統一的な政府、安定した統治機構が存在しないと見なされた。西岸はパレスチナ自治政府が部分的に統治するが、イスラエルの影響が強く残る。ガザはイスラム組織ハマスが支配し、自治政府と分裂した状態にある。

ーイスラエルとの関係維持
イスラエルは欧州にとって経済・技術・安全保障面で重要なパートナーである。英国やドイツは特に米国との協調を重視し、承認による外交摩擦を避けてきた。

ーEU外交の統一性
スウェーデン、チェコ、ハンガリーなど一部のEU加盟国は承認を行ったが、独仏伊英といった大国が承認すればEU外交の調整が困難になるため、大国は慎重姿勢を保ってきた。

二重基準との批判

この立場には一貫性を欠くとの批判が存在する。イスラエルも建国時には国境が未確定であり、戦争を経て事実上の国家として存立した。それにもかかわらず、パレスチナには「国境や統治が未確定である」として承認を拒むのは、二重基準であるとの指摘である。

そのため、「和平プロセス重視」という説明は、実際にはイスラエルおよび米国への配慮を正当化する外交的な建前であるとする見解もある。

承認へと傾く近年の動向

近年、欧州各国の動きに変化が見られる。

2024年5月:スペイン、アイルランド、ノルウェーがパレスチナを承認。
2024年6月:スロベニア議会が承認を可決。
2025年9月:英国、カナダ、オーストラリア、ポルトガルが同時に承認。フランスも承認の意向を表明した。

9月26日時点で、承認国は157カ国になった模様だ。

急に承認国が増えた背景には、ガザ地区での甚大な民間人被害、難民問題の深刻化、イスラエルによる入植地拡大による「二国家解決」への危機感がある。加えて、欧州世論の高まりや人道的観点からの圧力が、政府に行動を迫っている。

承認の意味と限界

パレスチナ承認は外交的に重要なシグナルであり、交渉再開や停戦への圧力、国際司法の場での立場強化につながりうる。しかし、領土の確定、ガザと西岸の分裂、ハマスと自治政府の対立といった根本的課題は残存しており、承認が象徴的措置にとどまる可能性も高い。
欧州主要国や英国がパレスチナを国家承認してこなかった理由は、表向きは「和平プロセス重視」や「国家条件の不備」とされてきた。しかし実際には、イスラエルや米国との関係維持が大きな要因であり、二重基準との批判を免れない。

近年はガザの人道危機と市民世論の高まりにより、承認の動きが欧州の中核国にも広がりつつある。承認自体が即時的な解決をもたらすわけではないが、「最後の政治的シグナル」として将来の和平案交渉につながる小さな一歩となったのではないか。

2025年9月29日 ホワイトハウスで会談するトランプ大統領とネタニヤフ首相 ホワイトハウスXより


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2025年9月30日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。