あのオープンレターズは、いま。4年前に "キャンセル" を誇った学者たちの末路

與那覇 潤

6回分連載した「オープンレター秘録」を、あと1回で完結させたいのだが、時間がとれない。この春に戦後批評の正嫡を継いでしまい、歴史の他に批評の仕事もしなければならず、忙しいのだ。

オープンレター秘録⑥ 橋迫瑞穂氏にみる「切られた署名者」の末路|與那覇潤の論説Bistro
橋迫瑞穂氏をご記憶だろうか。博士号を持つ社会学者で、2021年にはオープンレターに署名し、Twitterアカウントでの発信にも熱心な人物だ。 このnoteを書いている25年4月の時点では、彼女の名前をGoogleで検索すると、トップは本人のresearchmap。次点がAmazonで、3番目に以下の記事がヒットする人...

そんな間に、キャンセルカルチャーの潮目じたいが大きく変わった。未来に目覚めて(woke)現状変革を唱える急進派が、”時代遅れ” と見なす保守派をキャンセルした季節は去り、いまは「人の死を喜ぶ 人非人” のサヨクを、右派が主導して常識人みんなの前に晒し、叩く」のが旬である。

最大の転機は、9/10に米国で起きたチャーリー・カーク射殺事件だ。その背景と反響の双方を、私はすでに詳論したが、それがいま「専門家」のどの記事よりも、的を射た論評になっている。

カウンター・オープンレターの時代へ: 米国 "極右暗殺" が問うもの|與那覇潤の論説Bistro
9/10にトランプ支持の活動家であるチャーリー・カーク氏が射殺されて以来、ネットで論争めいた口論がかまびすしい。ただ、あまりに粗雑な物言いばかり目立つので、情報を整理してみる。 まず、カーク氏は単なるネトウヨではない。設立したTurning Point USAは、反体制に傾きがちな学生層をトランプ支持に切り替えたとさ...

なぜか。多くの識者は、射殺犯に自分と逆の立場、つまり右や左のレッテルを張ることに終始したが、事件が「キャンセルカルチャーの大反転」を招いた本当の原因は、そこではないからだ。

ではどこか。既報のとおり日本の「オープンレター」も含めて、世界のキャンセルカルチャーを長らく駆動してきたトランスジェンダリズムが、ついに政治的な暗殺を生んだ可能性がある。だから、ここまでハレーションを呼んでいるのだ。

2025.9.30

映画版の『ハリー・ポッター』で人気を得たエマ・ワトソンと、原作者J.K.ローリングの愛憎については、9/30にBBCがまとめている。要は、ローリングを「トランス差別者」と非難する潮流に乗ってきたワトソンが、いまになって手のひらを返し、信用を失った。

ハリポタ作者、映画出演者を「無知」と一蹴 性自認に対する見解の違いと友情めぐり - BBCニュース
「ハリー・ポッター」シリーズの作者J・K・ローリング氏は、同シリーズの映画に出演した俳優のエマ・ワトソン氏が最近、2人の関係とジェンダー・アイデンティティー(性自認)に対する見解の不一致について語ったことを受け、ソーシャルメディア上で痛烈な反論を展開し、話題となっている。

まぁ、そうなるよね。”意識高い” と言われたくて軽〜い気持ちで煽ったムードが、ケネディ暗殺並みの重大事件を起こしたら、そりゃビビるでしょ。教室のいじめっ子が、相手の自殺が報じられた途端にパニクるやつの、いわばオトナ版だ。

で、「アベ暗殺」くらいなら “意識高く” 遊べると考えた日本の大学教員も、米国での逆流を見て青くなり、逃亡を図るも空しく捕まった。まずは、オープンレター呼びかけ人の清水晶子氏だ。

2025.9.30
「ぽんたcafe」の発言主は千田有紀氏

2022年7月の安倍晋三元首相射殺後のこの人の所業は、以下にまとまっている。なお同じ年の3月、ウクライナ戦争の序盤にも、「プーチンもローリングを擁護してるから、オープンレターの批判者はプーチンと同じだ」と歓喜する発言をしていた。

東京大学大学院教授「安倍晋三はプーチン、ボルソナロ、オルバンと同じように民主主義・女性・マイノリティの権利の擁護者ではなかった」
Prime Minister Abe was a champion of democracy and a firm believer that no economy, society, or country can achieve its full potential if women are left behind....

世界が安倍氏の横死を悼み、ロシアの侵略に憤るときに考えていたことがそれでは、控えめに言って人としてクズだろう。が、大差ない人が周りに多いと気づかないもので、そうした界隈を「オープンレターズ」と呼ぶ。

2025.9.30
上記の千田氏への返信ツイート

レターが出るきっかけを作った北村紗衣氏のXの使い方が、短い語数で「勝ったふり」だけするヘタの横好きなことは、前に以下の記事で書いた。ところが最近は公然と「レスバに負ける」姿を見せて、広く笑われている。

なんでそうなるか、わかってるかな?

嘘でも他人を「ミソジニー」呼ばわりすることの意外な効用|與那覇潤の論説Bistro
はてなブックマーク(はてブ)というサービスをご存じだろうか。利用者はどこのサイトに載った記事でもクリップして、コメントをつけることができる。他のユーザーが同じ記事につけたコメントも、一覧形式で読める。 コメント欄のない(か、利用者が限られる)記事に対しても、感想を寄せることができる便利な機能だが、実際には気に入らない...

かつてオープンレターズが乗りこなした「キャンセル」の潮流が逆転したいま、Xで彼女(たち)に肩入れするのはダサく・勝ち目もなく・キャリアの上で危険な行為になってしまった。なので、味方が集まらない。

もともと長文で反証されると黙るくらい論戦に弱いのを、いわゆる「犬笛」で集まる助太刀アカウントの多さでごまかしてただけだから、イヌが寄ってこないのに飼い主を恐れる人はいない。あたりまえの話である。

2025.9.23
「さえぼう」は北村紗衣氏の愛称

……ん、犬? ちょっと待って。

集まる部外者を喩える動物は、イヌに限らない。「嘴を挟む」とも「野次馬」とも言うし……ウマ…ブタ…”豚の嘶き” ??

Blueskyという「遠吠えメディア」: オープンレターズは ”嘶き” 続ける|與那覇潤の論説Bistro
「オープンレター秘録」はあと3回は続くのだが、新たな回を割くには矮小なネット中傷が行われたので、以下と同じく単発で手短かに。 BlueskyというSNSがある。イーロン・マスクが買収してXに変わって以来、「Twitterの居心地が悪い」と感じる人の引っ越し先のひとつだ(他にはMastodonとThreads)。とは...

上記の記事のとおり、かつてXで威容を誇示したオープンレターズの多くは、旗色が悪くなるや、マイナーSNSのBlueskyに逃亡している。実はこれもまた、米国と共通する現象である。

今年6月には、トランスジェンダリズムに否定的なヴァンス副大統領がBlueskyにアカウントを作るや、一瞬でなんと15万人からブロックされてニュースになった。もはや山岳ベースのようだ。

あのオープンレターズは、いま。4年前に "キャンセル" を誇った学者たちの末路|與那覇潤の論説Bistro
6回分連載した「オープンレター秘録」を、あと1回で完結させたいのだが、時間がとれない。この春に戦後批評の正嫡を継いでしまい、歴史の他に批評の仕事もしなければならず、忙しいのだ。 そんな間に、キャンセルカルチャーの潮目じたいが大きく変わった。未来に目覚めて(woke)現状変革を唱える急進派が、"時代遅れ" と見なす保...

さて、そのBlueskyで私の陰口を言っているオープンレターズのひとりに、呼びかけ人の隠岐さや香氏がいる。この人はいまや、学界の歩く炎上製造機なのだが、先月もまた1つ記録を伸ばした。

9/29に前橋地裁で、「草津町長から性被害を受けた」と虚偽の告訴をした元町議に有罪判決が下った。で、2019年の問題発生時に(嘘の)告発を鵜呑みにし、名誉毀損を繰り広げながら謝罪を拒む者への批判が高まり、その代表が隠岐氏なのだ。

草津への謝罪を求められている隠岐さや香氏「草津の名前を見るたびに、あなたたちの投稿を思い出すようになりました」
(書評)『共和国における動物』 ピエール・セルナ〈著〉:朝日新聞 遅ればせながらご紹介。 こちらの意見を変えるつもりはないということでよろしいでしょうか? 草津の名前を見るたびに、あなたたちの投稿を思い出すようになりました その発端となった投稿をしたのはあなたなんですけどね 上野千鶴子先生は謝罪されましたよ。 新井祥子...

なお、同じ人は日本学術会議をめぐる “出ると負け軍師” としても、いま有名だ。Xで喋るごとにボロが出て会議の印象が悪くなり、せめて黙ってればいいのにと思うのだが、できないらしい。

昔の同業者が忖度するに、本人の主観では「私こそ君を幸せにできる」という気持ちでつきまとい、相手を不幸に突き落すストーカーめいた心理を感じるが、学者が “学問” に対してそれをやる姿はいっそう怖い。エマ・ワトソンの主演で、サイコスリラーにすれば映えるかもしれない。

日本学術会議は広報活動を狡猾にやりすぎると、それはそれでファクトチェックされて揚げ足を取られるので苦しい戦い
学術会議は多くの人にとって「何をしているのかわからない」組織だった。 しかし法人化法案はこの学術会議を外部から操りやすくして、かつ「機能強化」しようとしている。時の政権の望むことに強い声でお墨付きを与えて異論を封殺するための装置になってしまうかもしれない。 私はそれを一番危惧する 社会が縮小期にある時は「何をしているか...

誤解のないよう繰り返してきたとおり、トランスジェンダリズムが学問への信頼を毀損し、政治的に進歩派を衰弱させる現象は、日本だけでなく先進国に共通だ。そして、そこからの反転も。

9月には “AnywheresとSomewheres” で知られる、D. グッドハートの分析も広く読まれた。公平に言って、まだトランスジェンダーについて認知度の低い日本は、相対的に「傷が浅い」方だろう。

移民受け入れへの不安を語る人々を、左派はレイシストと決めつけすぎた | いま必要なのは真っ当なポピュリズム
世界中の多くの国でポピュリスト政党が台頭し、大勢の心を掴んでいる。その一方で、左派政党を見限る人々が増えているようだ。経済的な不安や移民問題に揺れる…

いまでは左派政党が道を見失っています。これは左派がレインボーフラッグを掲げる連合勢力のスポークスマンに変わってしまったからです。

マイノリティの利益をマジョリティのそれの上に置き、移民の大量受け入れを推進し、日常の関心から乖離した課題に関して進歩的な見方を擁護していたため、庶民階級が左派を見限ったのです。いま庶民階級の大半は、ポピュリズムの政党を支持するようになっています。

2025.9.3
初出紙はフランスのLe Figaro

が、その分、コソコソした学者たちの蠢動がより矮小で、いっそう無様な姿を晒した感も否めない。だとすると物理的には浅くても、症状が長引き「治りにくい傷」となって、諸外国より回復が遅れることはあり得よう。

次回の更新では、その一端をご紹介する。ひとまずは以下の画像などを眺めて、ぜひ楽しみにお待ちください。

2025.9.29

参考記事:

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8月27日付で、筑波大学は所属する東野篤子教授のTwitter利用に関し、「コンプライアンス違反に該当するような事項は確認することができませんでした」(原文ママ)との回答を、ネットリンチによる被害を訴えていた羽藤由美氏に送付した。 知と理は死んだ 筑波大学の汚点 筑波大学のコンプライアンスは死んでいると言わ...
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(ヘッダーは、「セイラム魔女裁判」の教訓を学ぶ米国のYouTubeの歴史教材。GIGAZINEより)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年10月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。