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X(旧Twitter)上で話題となったトピックに、北九州市でアフガニスタン出身の女性が「イスラム教の戒律(豚肉禁止など)を守るために子どもが弁当持参を強いられるのは憲法違反だ」として、市議会に対し給食で豚肉などを使わないよう陳情し、可決された──つまり「特定の宗教に配慮する」という問題がある、というものがあった。
実際は早とちりによる誤報だったが、「多様性」や「外国人労働力の受け入れ」が叫ばれる一方で、「日本人ファースト」や「迷惑外国人」といった声も多い今、外国人介護労働者と共に働いてきた者として考えさせられる出来事だった。
筆者の住む神奈川県内、いやわが街でも、近年は中国系や他のアジア系住民の増加を強く感じる。もはや他人事ではない。だからこそ、今回の件には強い違和感と危機感を覚えた。筆者は1990年代をはじめ、ベトナム難民など東南アジア系の人々と共に働き、また職業訓練講師として関わってきた。彼らは皆、勤勉で穏やかで、良い人々だった。
問題は、「信仰の自由」や「文化の自由」について、公的機関である国や行政がどこまで対応すべきか、という点にある。
日本国憲法20条は政教分離を定めている。条文上は「国」と記されているが、国税徴収法や国家賠償法が地方自治体にも適用されるように、国の義務は地方自治体にも及ぶというのが法的通念である。
したがって、特定の宗教に行政が配慮することは政教分離の原則に反し、憲法違反であり認められない。結果として、ムスリム女性の陳情は却下されるべきものと考える。
そもそも宗教には多様な戒律や禁忌がある。すべてに行政が配慮することは現実的ではない。たとえば、ヒンドゥー教では牛が禁忌であり、ユダヤ教ではウナギやエビ、カニなど多くの食物が禁じられている。特定の宗教にだけ特別な配慮を行えば、他者に対して不公平や不平等が生じる。
行政としてできる範囲は、せいぜいアレルギー表示のように「禁忌食品の明示」までだろう。
また、厳格なムスリム女性はヒジャブ、ブルカ、ニカブなどで頭部や顔を覆うことが求められるという。極端な場合は目だけを出す「覆面」に近い姿になる。マイナンバーカードで顔認証が必要な日本社会で、常時覆面が受け入れられるのか。イスラム教には一日五回の礼拝や断食月(ラマダーン)など、西欧や日本とは大きく異なる文化習慣がある。
イランのように、宗教指導者が国家元首より上位に立ち、宗教令(ファトワ)が法律より優先される国もある。もし「ファトワに従え」と要求されたらどうするのか。もはや異次元の文化衝突である。
多様性とは、何もかも相手を受け入れることなのか。日本社会が過大な負担を背負ってまで全ての要求に応じる必要があるのか。その先にあるのは、日本の文化や生活習慣の破壊と、意味不明な混沌ではないか。
「郷に入っては郷に従え」とは、こうした摩擦を避けるために外来者が一歩譲るという知恵だ。実はクルアーン(コーラン)にも同様の教えがあり、在日ムスリムの中にも「郷に入っては、四までは従います」と冗談めかして語る人もいるという。
こんな逸話もある。イスラム教では飲酒が禁じられているが、日本を訪れたムスリム観光客が酒を飲んでいた。問いただすと「こんな遠くまでアッラーは見ていないよ」と笑って答えたという。ある意味で人間的な寛容さを感じさせる話である。
また、クルアーンには「やむを得ず禁忌を犯した場合、アッラーは赦す」とも書かれているという。トルコでは政教分離が徹底しており、多くの人が普通に飲酒する。生きていれば「やむを得ない事情」はいくらでもある。アッラーは慈悲深い存在なのだろう。
給食は事前に献立表が配布されるのだから、禁忌の食品があればそれを食べなければよい。もし間違えて食べても、アッラーは赦すだろう。
北九州市議会やネット世論は、憲法や宗教に対する理解不足のまま、異文化に振り回されていないか。日本の文化的アイデンティティはどこへ行ったのか。
超高齢化と少子化で労働力不足が深刻化する日本では、農林水産業、建設、医療介護、飲食業など、汗を流す仕事が敬遠されている。外国人労働者の受け入れは避けられない現実となっている。
だが、準備もなく「来た者の言うなり」に振り回されるのは問題である。ベトナム・インドシナ難民を受け入れた際には、筆者の住む神奈川県でも受け入れ施設が設置され、約5,000人に対して日本語や生活習慣の教育が行われた。
受け入れるならば、相応の準備と教育が必要である。何の方針もなく嫌々対応するのは、グローバル化時代の国家として見識に欠ける。
国や自治体、議員は、宗教や民族に関する基礎知識を備え、必要に応じて理解を深める準備をしておくべきだ。まさに「備えあれば憂いなし」である。
日本国憲法第二十条
一、信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
二、何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
三、国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
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