カイロからの情報によると、イスラエル首相府は10日未明、パレスチナ自治区ガザを巡る和平案の第1段階に関するイスラム過激派テロ組織「ハマス」との合意を承認した。イスラエル当局者によると、承認後即時停戦が発効し、発効後72時間以内に、ハマスが拘束する人質が解放されることになっている。イスラエルの人質が解放されるのは来週の13日か14日になる予定という。48人のイスラエル人が人質リストに残っているが、生存者は20人という。
ネタニヤフ首相、スティーブ・ウィトコフ米中東特使とトランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー氏と会談 2025年10月9日 イスラエル首相府公式サイトから
ノーベル平和賞の受賞を念願してきたトランプ米大統領には申し訳ないが、ハマスが今回、トランプ氏の20項目の和平案の第1段目、停戦と人質交換に同意した最大の要因はアラブ諸国からの圧力があったからではないか。ハマスにとって、イスラエルや米国からの圧力よりも、これまで軍事的、経済的に支援してくれたアラブ諸国からの圧力のほうが数段深刻だからだ。
カタール、エジプトを含むアラブの周辺諸国とトルコはハマスに、「和平案を拒否すれば、これまでの支援を中止する」と明確に警告したという。特に、カタールはハマスの最大の経済支援国だ。年間、数億ドルをハマスに送ってきたことは周知の事実だ。そのカタールがハマスに、トランプ氏の和平案を受理するか、経済支援を断念するかの選択を突き付けたからではないか。
パレスチナ解放機構(PLO)のヤーセル・アラファト議長が健在であった時代、アラブ諸国にとって「パレスチナ問題」は”アラブの結束”を内外に誇示する貴重なテーマだった。その背後には、イスラエルへの対抗という政治情勢があった。だから、アラブ諸国はパレスチナ難民を人道的、経済的にも支援してきたが、アラブ諸国の中でイスラエルと国交を正常化する国が出てきたこともあって、「パレスチナ問題」はもはやアラブの結束を促すテーマから徐々に脇に追やられてきたのだ。
(イスラエルはエジプト、ヨルダンと和平条約を結び、UAE、バーレーン、スーダン、モロッコとは「アブラハム合意」により国交が正常化した。ただ、ガザ戦争でアブラハム合意の進展が一時停滞し、サウジアラビアとの関係改善はまだ実現していない)
看過できない点は、イスラエル軍が9月9日、ハマスの幹部を殺害するために、潜伏先のカタールの首都ドーハを空爆したことに、カタールは大きな衝撃を受けたことだ。米国とも親密な関係を強化したいカタールはトランプ氏との会談を通じ、イスラエルのネタニヤフ首相からドーハ空爆の謝罪を引き出す一方、従来のハマス支援政策の見直しを始めたわけだ。
また、イスラエルの隣国のアラブ諸国はガザ地区が崩壊し、大量のパレスチナ人難民が自国に流入することを恐れている。例えば、エジプトがパレスチナ難民を受け入れない理由は、経済的な負担がある。数万人のパレスチナ人がエジプトに殺到すれば、彼らを収容するために難民キャンプを設置し、人道的支援を実行しなければならない。それだけではない。難民の中にハマスが入り込み、その過激な思想が国内に広がることを恐れている。
ドイツ民間ニュース専門局ntvのケビン・シュルテ記者は2023年11月4日、「なぜアラブ諸国はパレスチナ人を恐れるか」という記事で、「アラブ世界はパレスチナ人に同情しているが、潜在的には彼らを危険な番犬と見なし、自分たちの寝室や子供たちから遠ざけたいと考えている。番犬は寝室ではなく庭につながれ、敵(イスラエル)に対して吠えるべきだと思っている」と書いている。アラブ諸国のパレスチナ観の一端を物語っている。
イスラエルとハマス間の和平プロセスを阻止する国があるとすれば、イランだろう。イランはハマスに対して経済支援ばかりか、軍事支援してきた国だ。
ただ、イスラエルは6月13日早朝、イランの核施設と軍事拠点を破壊する「12日間戦闘」を開始し、米軍がそれに参戦して空爆を実施して以来、イランは軍事的、経済的に弱体している。現時点でハマスをイスラエルと交戦させるだけの軍事的パワーはないだろう。唯一考えられるシナリオは、親イラン派過激グループのテロだ。
ちなみに、イラン外務省は9日、「国際社会はイスラエルの約束違反を防ぐ責任がある」と訴え、「シオニストによる欺瞞と違反に注意すべきだ」と強調した。
なお、第1段階の和平案が完全に履行された場合、第2段階に入ると、ハマスの武装解除、パレスチナの管理問題などが議題となるが、イスラエル側とハマス間では依然、大きな対立がある。残念ながら和平案のその後の見通しは不明だ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年10月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。