米国アラスカ州で米露首脳会談が開催された日(8月15日)、ドイツのTVジャーナリストがウクライナの首都キーウの市民にインタビューした。「あなたは米露首脳会談に何を期待しますか」と聞くと、一人の男性市民はちょっと笑いながら、「停戦交渉が始まる日はいつもロシア軍のウクライナ攻撃が激しくなるんだ」と答えていた。実際、アラスカの米ロ首脳会談の開催中、キーウ市は戦後最大の空爆を受けた。
アラスカの米ロ首脳会談、クレムリン公式サイトから 2025年8月15日 0
トランプ米大統領は今月16日、プーチン氏と電話会談すると、プーチン氏から聞いたばかりの停戦へのブリーフィングをウクライナのゼレンスキー大統領にそのまま繰り返した。
トランプ氏は電話会談前までトマホーク巡航ミサイルのウクライナ供与に対して積極的だったが、その後、トマホークの供与の話をトーンダウンした。トマホークの供与を願うゼレンスキー大統領に対して、イエスもノーとも答えず曖昧にした。「米国内の在庫も十分ではない」といった言い訳を繰り返す。挙句の果ては、「ウクライナにトマホークを供与すれば、プーチン氏は戦闘を激化させると言っていた」とゼレンスキー氏に伝えた。
プーチン氏は今回、ウクライナ東部のドンバス地方(ドネツク、ルハンスク両州)を完全にロシア側に譲るならば、その代わりにへルソン、サボリーシャ両州でロシア軍が占領している領土の一部をウクライナ側に返すという。ウクライナ側がそれを受け入れるならば、現状の境界線で停戦に応じるという内容だった。
プーチン氏の停戦案にはあまり新しい点はない。プーチン氏は戦争開始から戦略目標を変えていない。一方、トランプ氏はプーチン氏の停戦案にどのような前提条件が付いているかを無視し、「プーチン氏が停戦に応じる意思を表明した」という部分だけを取り上げ、メディア関係者に「プーチン氏は停戦の意思を明らかにした」とリークする。
19日の英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)によると、トランプ氏は17日、プーチン氏との電話会談の内容をゼレンスキー氏に伝えた。ところが、その停戦案に難色を示すゼレンスキー氏にトランプ氏は怒り、罵声を浴びせたというのだ。ゼレンスキー大統領はワシントンのホワイトハウスで2月28日、トランプ氏やバンス副大統領と会談し、激しい口論となったが、その再現となったわけだ。両者の違いは、前者はメディア関係者がその目撃者だったが、今回はメディアのプレゼンスはなかったことだ。
口の悪いメディアは「トランプ氏は『2週間以内』に米露首脳会談をブタペストで開催することを最大の目標としている。ウクライナがどれだけの領土を失うことになるか、といったことには余り関心がない。ロシア側が譲歩しないのならば、ウクライナ側をロシア側の提案に合意させる以外にない。だから、トランプ氏はゼレンスキー氏を脅迫したわけだ」と解説している
ロシア問題の専門家、インスブルック大学政治学者のマンゴット教授は「プーチン氏とトランプ氏では、知性レベルを含む交渉力はプーチン氏のほうが上まわっているから、両者が対談すれば、どうしてもプーチン氏の意向に沿って会談は進められる」と説明、ブタペストでの米露首脳会談もアラスカ会談と同様、プーチン・ペースで会談が進められる可能性があると警告している。
ところで、プーチン氏には国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ている。そのこともあって、プーチン氏がどのような空路からハンガリー入りするかで、欧米メディアの話題となっている。欧州の空域を通過してハンガリー入りするか、セルビアのベオグラード経由でブタペスト入りするかだ。欧州諸国の大部分はICC加盟国だ。逮捕状が出ている政治家がICC加盟国の領土に入った場合、逮捕する義務がある。ハンガリーは今年4月、ICCから脱退を表明したが、実際に脱退が発効するのは来年4月からだ。
唐突だが、ここではプーチン氏が欧州の領域内で逮捕された場合を考えてみた。
プーチン氏が欧州の領土で逮捕されたならば、ロシア側から激しい反発が出てくるだろう。しかし、ロシアが欧米諸国に対し大量破壊兵器で報復攻撃するとは考えない。時間の経過に伴ってロシア国内で「ポスト・プーチン」の話が出てくる。その頃になると、ロシアの政情は落ち着いてくる。なぜならば、プーチン氏の側近の中にも、長い戦争とそれに伴う欧米諸国からの経済制裁で疲れ切った指導者が多いからだ。第2のゴルバチョフ、第2のナワリヌイ(ロシアの著名な反体制派活動家で2024年2月16日、刑務所で獄死したアレクセイ・ナワリヌイ氏)が出てくるかもしれない。独裁者は永遠には生きられない。歴史の鉄則だ。ロシアも例外ではない。
最後に、忘れてならない点は、「戦争犯罪人プーチン氏逮捕」という政治的ビッグ・ポイントは米露首脳会談をブタペストで開催すると提案したトランプ氏にあることだ。トランプ氏の来年のノーベル平和賞はこれでほぼ確実となる。トランプ氏が喜び、ウクライナ国民も欧州諸国も喜ぶ。プーチン逮捕で反対する国は中国、北朝鮮、イランといったごく少数の国家に過ぎない。「プーチン氏逮捕」は国際社会では大きな混乱もなく認知されるだろう。
以上、当方が今、夢想しているストーリーだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年10月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。