ファクトチェックにさよならを:ふだんの歴史は "嘘" でいい。

集英社系の教養サイトimidasに、作家の上田岳弘さんとの対談が載りました。どちらも同じ1979年生で、ともに体験した「昭和のおわりから令和まで」をふり返る歴史トークにもなっています。

AI時代における知性とは?【対談】上田岳弘×與那覇潤
 新作『関係のないこと』(新潮社)でコロナ禍を経ての社会の空気感を捉えた芥川賞作家の上田岳弘さん。批評家2人の歩みを辿りながら、戦後史を振り返る著書『江藤淳と加藤典洋』(文藝春秋)が話題の評論家、與那覇潤さん。  初対面となった同年生まれの両者が共通して描いているものとは? コロナ禍で変わってしまったこととは? AI...

上田 その明るい未来を見ていた90年代の延長上で、2000年代はインターネットの発展がトピックになったと思うんですよ。すべてとはいかないかもしれないけど、多くの問題をネットが解決していくという未来を素朴に信じる空気感が2000年代の半ばまではあった。
(中 略)
いまはそれがどうなのか。Aと言う人がいて、反Aを言う人がいると、議論するのではなくて、お互い罵りあって2つが相殺されて虚無感だけが残るのが現状なのではないか。
僕はデビューが2013年なんですが、その頃から、そういう虚無感みたいなものが来ることを予想しながら、デビュー作の「太陽」や次の「惑星」(『太陽・惑星』)、『私の恋人』(いずれも新潮文庫)という作品あたりまで書き継いでいった感じがします。

與那覇 「太陽」や「惑星」には、歴史のすべてを見通せる「超人」のような人物が出てくる。でも、彼らの人生はちっとも楽しそうに見えず、すべてを「わかってる」がゆえの息苦しさしか残らない。
僕は2013年にはまだ大学で歴史学者をしていましたが、その頃の自分が鬱になってゆく感じとシンクロして今回、切実に読めました。当時はアラブの春とか、日本だと脱原発デモがあったりして、冷戦が終わるときのハッピーな感じが一瞬甦ったけど、まさに歴史の宿命ですぐに潰れてゆく時期でしたから。

1頁
段落を改変し、強調を付与

そうなんですよ。いまインターネットには2種類の人がいて、①もっと素晴らしい場所になると思ってたのに「これなのか」と感じてる世代と、②最初から「こんなもんだろ?」な世代とです。

虚無感以前に本人が虚無みたいな学者の批判を、ぼくはよく書きますけど、彼らって要は年齢的には①のくせに、②の方が承認を得やすいからって “闇堕ち” した人たちなんですねぇ(苦笑)。実例はいっぱい落ちてます。

なぜ、学問を修めた「意識の高い人」がネットリンチに加わってしまうのか|與那覇潤の論説Bistro
8月27日付で、筑波大学は所属する東野篤子教授のTwitter利用に関し、「コンプライアンス違反に該当するような事項は確認することができませんでした」(原文ママ)との回答を、ネットリンチによる被害を訴えていた羽藤由美氏に送付した。 知と理は死んだ 筑波大学の汚点 筑波大学のコンプライアンスは死んでいると言わ...
あのオープンレターズは、いま。4年前に "キャンセル" を誇った学者たちの末路|與那覇潤の論説Bistro
6回分連載した「オープンレター秘録」を、あと1回で完結させたいのだが、時間がとれない。この春に戦後批評の正嫡を継いでしまい、歴史の他に批評の仕事もしなければならず、忙しいのだ。 そんな間に、キャンセルカルチャーの潮目じたいが大きく変わった。未来に目覚めて(woke)現状変革を唱える急進派が、"時代遅れ" と見なす保...

歴史なぞを学ぶと、①どうせ世の中こうしかならないんじゃね? な諦め、ニヒリズムが生まれてしまう。で、せっかく文学から得た修辞の力も②他人を貶して愉しむことに使おうぜ、なシニシズムに走る人が出てくる。

こうして堕落したSNSの人文学者が、だいぶ前から “人糞学者” だと揶揄されてるわけですな。つまりそんなものは要らないし、これからはもっともっとバカにされてゆくのだと思います。

キラキラ・ダイバーシティの終焉:オープンレター「炎上」異聞
昨年末の12月29日に連載を完結させて以来、私からは言及してこなかったオープンレター「女性差別的な文化を脱するために」(2021年4月4日付)が、今年に入って大炎上を起こしている。レターの内容と運用のどこに問題があるのかは、すでに同...

では、そんな時代に “ほんとうの” 人文的な教養は、なにをすべきか?

対談は上田さんが今年出した、コロナの体験を踏まえた短編集『関係のないこと』がきっかけだったので、ぼくはこんなことを喋っています。

與那覇 ミシュランなり食べログなりの「評価が高いお店」で食べることには、特別感がある。でも、本来ならもともと「私にとって特別」なお店をみんなが持っていた。受験勉強で通ったとか、初めてのデートで使ったとか、店主と顔なじみになれたとか。
一回性や個別性が消えると、そうした本人なりの価値がなくなり、みんながレビュー評価に釣られて動くことになってしまう。
(中 略)
上田さんも、初期には人類史の全体を抽象化して見渡す中編を書かれましたが、近年は『旅のない』(講談社文庫)や『関係のないこと』など、ミクロな対人関係の「思い出」を回想する文体の短編集を出されてますね。そうした変化に、一回性や個別性が消えてゆく社会への危機感を感じました。

3頁

『関係のないこと』のうち2篇は、コロナ禍を背景としたバーでの対話劇。登場人物の語る「自分の来歴」が、ほんとうか嘘かは、最後まで読者にはわからない(特に片方は、嘘の可能性が強く示唆されて終わる)。

しかし、仮に虚偽が混じっていたからといって、そこで交わされた人生をめぐる会話には、意味がなかったことになるのか? 自称ファクトチェッカーが飛んできて “FALSE!”とハンコを捺しまわる世の中が理想なのか?

ファクトチェックという暴力|はむた@捏造報道と闘う会
能登半島地震の被災地で自ら被災しながらも、炊き出しなどの支援活動を続けている方がいます。先日この方のTwitte投稿を、日本ファクトチェックセンター(JFC)が「不正確」と判定し、判定結果をウェブサイトとTwitterで公開しました。 すると非難の声が多数あがったのです。翌日、JFCのTwitterアカウントからは、...

そんなわけない。……という含意が、センモンカの語る「ファクト以外いらない!」みたいな空気に支配されたコロナ禍の体験と響きあうことで、じんと来る作品になっています(あくまで、ぼくの読み方ですが)。

というか、あのときファクトとかエビデンスとか言われたことの方が、嘘といって悪ければ “希望的観測”、つまりは物語に過ぎなかったこと、もうバレてますしね。とくにワクチンに関して。

大東亜戦争とコロナワクチン: 歴史学者たちの「責任」|與那覇潤の論説Bistro
今週発売の『文藝春秋』5月号も、表紙に刷られる目玉記事3選の1つが「コロナワクチン後遺症 疑問に答える」。この問題は当面、収まりそうにないし、またうやむやにしてはならない。 及ばずながら前回のnote では、日本で接種が始まった2021年以降、僕がコロナワクチンについてどう発言してきたかの一覧を掲載した。こうした試み...
隠蔽された「8割削減」の真実: やはり、それは2度目の "満州事変" だった|與那覇潤の論説Bistro
今年の6月に岩本康志氏(東大経済学部教授)の刊行した『コロナ対策の政策評価』が、反響を広げている。2020年4月、当初は "専門家がエビデンス・ベースで" 発案したように報じられた「接触8割削減」の政策の、完全な無根拠ぶりが立証されているからだ。 西浦博氏の「接触8割削減」は計算違いだった : 池田信夫 blo...

文字数の関係で略されてますが、この『関係のないこと』を読んだ後だと、2019年に芥川賞を受けた上田さんの代表作『ニムロッド』も、違った解釈でより印象的に読める、という話もしました。

ビットコインを掘ったビミョーな儲けを会社の足しにする、”ぱっとしない” 仕事の男性主人公に対し、恋人の女性は日々に海外で巨額の商談をまとめる “デキる” 人材。少なくとも、そう聞いた上で、つきあっている。

『ニムロッド』(上田 岳弘) 製品詳細 講談社
仮想通貨をネット空間で「採掘」する僕・中本哲史。 中絶と離婚のトラウマを抱えた外資系証券会社勤務の恋人・田久保紀子。 小説家への夢に挫折した同僚・ニムロッドこと荷室仁。…… やがて僕たちは、個であることをやめ、全能になって世界に溶ける。「すべては取り換え可能であった」という答えを残して。 …… 「すごく好きです。胸がつ...

「いいよ。どうせ俺の一日に稼ぐ額なんて、紀子の三時間にも満たない」こういう台詞を気安く言える程度には気心が知れているつもりだけど、こんな風に強引に呼び出されるのは初めてだった。あまり彼女らしくない行動で、恋人としてというよりも純粋に興味が湧く。
(中 略)
克服可能なトラウマを抱えた、けれど本質的な強度を備えた女性。田久保紀子。不器用で貧乏であるために、世の中に振り回されて日常生活の些細な達成に喜びを見出すしかない人々とは一線を引いている。

講談社文庫版、70-1・95頁

(地の文で)田久保紀子の語る履歴は、そのまま事実としてとるのが、小説の素直な読み方です。が、そうでない読み方も、読者にはできる。

むしろ “こんな優秀なキャリアを私は生きてる” といった、どこか能力主義的な彼女の語りこそ、本人が人生を支えるために作ってきた “嘘” だったのかもしれない――と、半信半疑で読んでみた方が、「らしくない行動」を取り出した紀子のその後の運命に、いっそう心動かされるものがある。

自分への「タグ付け」をやめてみよう――ポスト・メリトクラシーの社会へ:與那覇潤 | 記事 | 新潮社 Foresight(フォーサイト) | 会員制国際情報サイト
2021年の流行語「親ガチャ」は、「どんな親の下に生まれるかで人生は決まってしまう」という若者の諦観を浮き彫りにした。人の能力の高さは必然か、偶然か? そんな能力主義の問いに追い詰められた時、自分の属性を一回リセットしてみる「逆カミングアウト」が役に立つ。

そんな読書の体験から、「ファクトでなければ無価値!」とされるのは “法廷で相手と争う” ような非常事態での倫理であって、それが現実のすべてを覆い尽くすよう煽る風潮こそ、どこかおかしいと考えることもできます。

……実際、ふだん「ジッショー!!」とか言ってきた歴史学者ほど、いざ本当に実証が必要な時には使いものにならなかったでしょ?(失笑) そうなんです。人文学で磨くべきは、ほんとうは “嘘” を扱うセンスの方で。

オープンレター秘録③ 一覧・史料批判のできない歴史学者たち|與那覇潤の論説Bistro
学問的な歴史に興味を持ったことがあれば、「史料批判」という用語を一度は耳にしているだろう。しかしその意味を正しく知っている人は、実は(日本の)歴史学者も含めてほとんどいない。 史料批判とは、ざっくり言えば「書かれた文言を正確に把握する一方で、その内容を信じてよいのかを、『書かれていないこと』も含めて検証する」営みだ。...

マクロな「歴史」と、個別の「思い出」の双方をモチーフに創作している上田さんと、ポストコロナの時代の新たなモラルを探す対談にもなっています! ぜひ、多くの方の目に触れますように。

参考記事:

黙示録のようなSF小説: 2008年に予言された「プーチンの勝利」|與那覇潤の論説Bistro
先週の記事で、西アフリカのニジェールの名を出した。にわかに「ホームタウン騒動」で有名になったナイジェリアに隣接し、貧しいのはむろん、世界で最も「情勢不穏な国」の比喩としてである。要は、ヤバい国だ。 どのくらいヤバいかと言うと、ウクライナ戦争のさなかに米軍を追い出して、ロシア軍に来てもらうくらいヤバい。そう決めたのが...
資料室: 明治維新と日本の競争社会の「それから」|與那覇潤の論説Bistro
今月10日の先崎彰容さんとのイベントは、オンラインでの視聴も含めると70名超が参加して盛り上がった。終了後も、筆ペンで丁寧にサインする先崎さんに長蛇の列ができて、散会したのはなんと1時間後である。 唯一の心残りは戦後日本論が弾みすぎて、『批評回帰宣言』でいちばん好きな漱石を論じる章を、話題にし損ねたことくらいか。採り...
日本人はなぜ、ここまで他人に共感できなくなったのか|與那覇潤の論説Bistro
先週発売の『表現者クライテリオン』9月号でも、連載「在野の「知」を歩く」を掲載していただいています。綿野恵太さんに次ぐ2人目のゲストは、コンサルタントの勅使川原真衣さん。 勅使川原さんとの対談は、Foresight に掲載のものに続いて2回目になります! 従来もこのnote にて、記事を出してきました(こちらとこちら...

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年10月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。