ドイツのメルツ首相は今月16日、ポツダムでの記者会見で移民政策に言及し、「都市の風景」(Stadtbild)に問題がある、といった趣旨の発言をし、移民を侮辱したような発言と受け取られ、野党の「緑の党」、「左翼党」だけではなく、連立政権を担う社会民主党からも「民族主義的な発言」といった非難を浴びた。ドイツでは25日、ハンブルクや各地で数千人が「私たちは都市の風景だ」と叫び、メルツ氏の発言に抗議デモをした。

メルツ首相インスタグラムより
自身の発言の反響の大きさに驚いたメルツ氏は後日、ロンドンで開催された西バルカン諸国会議後、「都市の風景」に関する自身の発言について説明した。ドイツ民間放送ニュース専門局NTVのウェブサイトに掲載された記事(10月22日)からその箇所を紹介する。メルツ首相は、労働市場のために、ドイツは今後も移民を必要とすると強調する一方、移民がドイツの都市の公共イメージを壊していると説明した。
「確かに、私たちは今後も移民を必要とし続けるだろう。これはドイツだけでなく、欧州連合(EU)加盟国すべてに当てはまる。もはや彼らなしではやっていけない。彼らの多くは既にドイツ国籍を取得している。しかし、永住権を持たない人々、仕事をしていない人々、そして我々のルールを守らない人々が問題だ。こうした人々が都市の公共イメージをある程度決定づけている。だからこそ、ドイツや他のEU諸国では、ドイツに限ったことではないが、多くの人々が公共空間を移動することを恐れているのだ。駅、地下鉄、特定の公園、そして地域全体にも当てはまる。警察にとっても大きな問題となっている」
最後に、「法の支配に対する国民の信頼を回復し、失われた信頼を取り戻すためには、これらの問題の原因に欧州全体で共同で取り組まなければならない。そのため、EU首脳会議では、欧州共通の移民・難民政策について再び議論されるのだ」と述べている。
メルツ氏の全部の説明を聞けば、激怒し、抗議デモするほどの内容ではないことが分かる。メルツ氏の発言が一部の人々から激しい激怒を誘発させたのは、移住者、外国人が「都市の風景」を汚している、という意味の侮辱発言と受け取られたからだろう。実際は、ドイツ日刊紙ヴェルト電子版が24日、「国民の63%はメルツ氏の発言を支持、反対は29%だった」という世論調査結果を報じていた。
音楽の都ウィーンでも程度の差こそあれ同様の問題を抱えている。ただ、ウィーンは観光都市だから、外から来た訪問者に対しては外的には寛容な振舞いをする習慣が身についている。その結果、観光客に交じって不法な移住者も一緒に押し寄せてくるわけだ。
ウィーン市は東京都と同様で23区から成り立っているが、18,19区には政治家や裕福な家族が多く住み、10区や16区には外国人労働者が多く居住している。社会層の棲み分けが出来ているのだ。10区のロイマンプラッツの地下鉄駅周辺は多くの移民出身の背景を持つ若者たちがたむろしているエリアで知られている。同エリアは最近、ナイフ所持禁止エリアに指定されたばかりだ。
当方は1980年代からウイーンに住んでいるが、「ウィーンの風景」は確かに変わった。外国人が増えた。もう少し端的にいうと、イスラム系市民が急増したことだ。その結果、小学校ではドイツ語を母国語としない生徒がクラスの過半数を占め、学力低下の原因ともなっている。犯罪統計によると、外国人による犯罪は増えている。
ここで看過できない点は、ドイツやオーストリアに移住する人にはイスラム系が多いことだ。キリスト教文化圏に属するドイツやオーストリアにとって、イスラム系移民は異文化圏からの人間だ。両者には文化的、宗教的ギャップがあるから、事ある度に誤解し、対立が生まれてくる。
だから、ホスト国(移民受け入れ国)の国民にとってゲスト(移民、難民)の言動が理解できないことがある。ケバップの店が並ぶ街を歩くとき、ホスト国の国民が繊細な感情の持主であれば、違和感を感じるだろう。極端に言えば、自身が生まれ、育った故郷が消滅したような心細さを感じるかもしれない。「昔はこうではなかった」というため息が飛び出すのだ。
ところで、「都市の風景」が時代の推移によって変わっていくことは自然のことだ。問題は「都市の風景」が変わることではなく、ホスト国側に自身のふるさとを部外者によって奪われてしまうという危機感が生まれてくることだ。キリスト教文化圏のホスト国の国民は、人道的、寛容な思いでゲストに接しようと努力するが、その高尚な試みは多くの場合、長続きしない。
中東・北アフリカから100万人の移民たちが欧州に殺到した時(2015年)、メルケル首相(当時)は有名なセリフ「Wir schaffen das」(私たちは問題に対応できる)を発し、人道的視点からドイツを目指す難民を歓迎する政策(ウエルカム政策)を実施した。メルケル氏は当時、どのような「都市の風景」を見ていたのだろうか。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年10月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






