ウクライナ大使とロシア専門家の論戦

論戦は日々、様々な分野で活発に行われている。インスブルック大学のロシア問題専門家ゲルハルト・マンゴット教授と駐オーストリアのウクライナ大使ヴァシル・ヒムニツ氏とのXでの論戦と聞けば、無視はできない。以下、ウィーンのメトロ新聞「ホイテ」電子版10月29日付が報じた両者のやり取りを紹介する。

ロンドンで有志連合会議が開催され、ウクライナ支援の優先事項と安全保障保証に関する議論が行われた、2025年10月24日、ウクライナ大統領府公式サイトから

両紳士の論争の切っ掛けはマンゴット教授のXに投稿した内容だ。ウクライナ軍がロシアのベルゴロド州にあるダムを攻撃した。大量の水が放出され、周辺地域に流れ込んだ。複数の車両、弾薬庫、要塞が水没した。それに対し、マンゴット氏は「1977年のジュネーブ条約追加議定書は、ダムへの軍事攻撃を明確に禁止している」と分析した。同時に、「2023年にロシアがカホフカ・ダムを攻撃したことも国際人道法の重大な違反」だ」と付け加えた。当時の爆発はウクライナ南部で大規模な洪水を引き起こし、村落全体を破壊し、生態系の大惨事を引き起こした。

マンゴット氏は学者らしくウクライナ軍とロシア軍のダム破壊を並列に起き、いずれもジュネーブ条約追加議定書に違反すると裁いたのだ。その投稿内容を読んだウクライナ大使のヒムニツ氏は「このロシア専門家は、攻撃者と被害者を同一視している。まるでロシアがウクライナを壊滅させるために戦争を仕掛けていることを知らないかのようだ」と激怒したのだ。

ウクライナ大使の批判に対し、マンゴット教授は早速、「ああ、大使閣下、外交官としての職務に集中してください。あなたは外交官としての役割を十分に理解していないようですね。あなたの本来の経歴を考えれば、仕方がないかもしれませんが・・」と、少々皮肉っぽく反論したのだ。

自身の外交キャリアを侮辱されたと感じたのか、ウクライナ大使は黙ってはいない。大使は「確かに、私は戦争屋や殺人者を崇拝するような環境で育ったわけではありません。私は価値観と原則を支持します。クリミア併合という国際法違反の戦争を開始し、MH17便の撃墜を命じた人物に対する私の立場ははっきりとしています」と述べたが、それで怒りが収まらなかったのか、マンゴット氏が2015年にプーチン大統領を「並外れたカリスマ性を持った人物」と評したツイートを添付したのだ。

両者の直接の論戦はここまでだった。論争は相手の過去問題や発言に言及し、相手を貶めるといった流れとなっていた。著名なロシア問題のエキスパートの大学教授とオーストリアに派遣されたウクライナの大使とのやり取りは大きな波紋を呼んだ。

「ホイテ」はその直後、両紳士の論争に東欧専門家のアレクサンダー・ドゥボウィ氏を参戦させている。同氏はウクライナ軍のダム攻撃とカホフカ・ダムの大規模破壊を同一視したマンゴット氏の主張に疑問を呈したのだ。

ドゥボウィ氏は、1977年のジュネーブ条約追加議定書(ジュネーブ条約を補完し、国際人道法の適用範囲を広げた内容)に言及し、「同法はダムへの攻撃を一般的に禁じているが、ダムが敵対行為の定期的かつ重大な支援に使用され、攻撃がその支援を終わらせる唯一の方法である場合は攻撃を許可されることになっている。今回のウクライナ軍の攻撃は軍事拠点を標的としたもので、民間人の犠牲や深刻な環境被害は発生しなかった。これは、ロシアによるカホフカ・ダムの破壊が人道的大惨事をもたらしたのとは対照的だ」と説明し、両ダム破壊の違いをクールに指摘している。

そして「マンゴット教授がウクライナ大使に対して示した口調は非専門的だ。大使の環境を軽蔑的に言及したことは、学術的誠実さの限界を超えている」と説明。そして全体として、「マンゴット氏が国際法規範を歪曲し、加害者と被害者の境界線を曖昧にし、追及された際に中立という安易な姿勢に逃げ込もうとしている」と非難し、ウクライナ大使の立場を擁護していた。

対面での論戦とは違い、Xなどの投稿を通じてのやり取りは争点が私的な世界、キャリアや過去の言動への中傷誹謗が飛び出しやすくなるのかもしれない。当方はマンゴット教授の専門的な分析を高く評価している一人だが、ウクライナ大使との論争、反論では教授の別の側面に触れた感じがした。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年11月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。