因縁の『60 Minutes』でトランプ氏“台湾防衛は語れぬ”

10月30日に韓国で習近平国家主席と会談したトランプ大統領は31日、マーアーラゴの自邸で『60 Minutes』のインタビューに応じた。因縁のある『CBS』の番組にトランプ氏が出ること自体ニュースだが、それが何故なのかは後述するとして、トランプ氏が番組で台湾防衛についてどう語ったかを先に述べる。

10月末から2日間にわたり開かれたAPEC首脳会議に合わせ韓国慶州を訪れたトランプ氏と習氏は30日、首脳会談を行った。議題は専ら関税とレアアースと目されたが、それに絡めて習氏が台湾問題についてトランプ氏に「台湾独立に反対する」よう要請し、それが「火種」になるとの憶測があった。

米中首脳会談でのトランプ氏を懸念する『日経』米州総局長に一言
『日経』が17日、「台湾独立『不支持』か『反対』か、米中取引に潜む火種」という見出しの、末尾に「米州総局長 大越匡洋」と署名がある記事を掲載した。大越氏のいう火種とは「米国が台湾政策を巡る文言の修正を取引(ディール)の材料にするので...

が、会談後の報道を見る限り台湾のことは全く話題に上らなかった様である。中国共産党機関紙『人民日報』系の『環球時報』を探しても「台湾」の二文字は、カナダ、タイ、日本の首脳と習氏が会談したとの記事の中で、習氏が高市氏に対して以下のように述べたとする一節以外には見当たらない。

習近平主席は、中日4つの政治文書に概説されている歴史や台湾など主要問題に関する明確な規定を両国が順守し、履行し、中日関係の基盤が損なわれたり揺るがされたりすることがないよう確保するよう求めた。

この関連では中国外務省が1日、台湾の林信義元行政院副院長と高市首相との会談したことを「『一つの中国』原則に著しく背く」などと非難した。これに対し高市氏は「正常な交流」だと述べ、台湾外交部も林氏は日米など10以上のAPECメンバーと交流したとして、中国の主張は「あらゆるメンバーの平等な参加という中核的な原則に著しく違反する」と批判している。石破前首相も昨年ペルーで開かれたAPECで同じ林氏と会談したが、中国は反応しなかった。

さて、トランプ氏の『60 Minutes』での発言だが、彼は「台湾問題は一度も話題に上らなかった」と述べた。更にインタビュアーのノラ・オドネル氏が、中国が台湾に侵攻した場合の計画(plan)について質問すると、トランプ氏は「秘密は明かせない(I can’t give away my secrets)」と応じた。

以下に二人の1分余りの遣り取りを要約してみる(拙訳による)。

Q:今後数年間における中国との潜在的な火種(flash point)はたぶん台湾問題でしょう。中国軍は台湾のシーレーン、領空、サイバー空間に侵入しています。貴方が「習近平は貴方の在任中に台湾に軍事行動を起こす勇気はない」と述べていることは承知しています。しかし、もし彼が行動を起こしたら米軍に台湾防衛を命じますか?

A:それはその時が来れば分かるでしょう。彼もその答えを理解しています。昨日彼がその話題を一切出さなかったことに人々は少し驚いています。この話題が全く出なかったのはなぜでしょうか。それは彼がそのことを理解しているからです。彼はそれを非常に良く理解しているのです。

Q:「彼が理解している」ということですが、なぜその内容を公に私たちに伝えられないのですか?具体的に何を理解しているのでしょうか?

A:秘密は明かせません、明かしたくない。何かが起きた場合に相手側が知っていることを、逐一説明するような人間になりたくない。貴女が質問したからって全てを話すような人間ではないですよ。でも彼らは何が起きるか理解している。そして彼も、彼の側近たちも会議で公言している——トランプ大統領が在任中は絶対に何も起こさないと。なぜなら結果が分かっているからです。聞いてみてください。

まるで禅問答だが、台湾の話は出なかったと理解する他ない。但し、多岐に亘ったオドネル氏のインタビューは、60 Minutesには収まらず75分に及んだ。その大半でトランプ氏は普段にも増して饒舌に、相手の質問に被せる形で持論を展開したが、その中身は本稿の首題はでないので番組を参照願いたい。

そこでトランプ氏と『60 Minutes』との因縁のことになる。話は昨年の大統領選最終盤、『60 Minutes』は両候補にインタビューを申し出た10月に遡る。トランプ氏が辞退した一方、バイデン氏に代わったカマラ・ハリス候補は応じたが、そこでの出来事がこの7月に漸く決着を見たある騒動となった。

その騒動のさわりは昨年10月19日の拙稿「メディア露出度が増えるほど支持率が減る」で触れたが、改めて少し詳しく触れる。

ハリスはメディア露出度が増えるほど支持率が減る
これまで『ABC』や『CBS』など親ハリスのメディアばかりで、トランプ寄りメディアのインタビューを避けて来たカマラ・ハリスが16日、ついに『フォックス・ニュース(Fox)』のブレッド・ベイヤーと相対した。 その内容は後に述べる...

ハリス氏に対する『60 Minutes』のインタビューは『CBS』のビル・ウィテカー記者によって24年10月5日午後にワシントンで行われ、7日に放送された。が、『CBS』は『60 Minutes』の放送前にその一部を6日朝の『Face the Nation』に提供し、以て7日の『60 Minutes』の「予告」とした。

ところが、ウィテカー氏が「イスラエルのネタニヤフ首相はバイデン政権の提案に耳を傾けていないようだ」と指摘したのに対して、ハリス氏が6日放送の『Face the Nation』と7日放送の『60 Minutes』とで、以下のように異なる回答をする様子が映し出されたのである。

『Face the Nation』

Well, Bill, the work that we have done has resulted in a number of movements in that region by Israel that were very much prompted by or a result of many things, including our advocacy for what needs to happen in the region.

ええと、ビル、我々が取り組んできた活動は、イスラエルによる同地域での一連の動きにつながりました。これらの動きは、我々が提唱してきた同地域で必要とされる措置を含む、様々な要因によって強く促されたか、あるいはその結果として生じたものです。

『60 Minutes』

We’re not going to stop pursuing what is necessary for the United States to be clear about where we stand on the need for this war to end.

米国がこの戦争終結の必要性について自らの立場を明確にするために必要なことを追求する姿勢を、私たちは決して止めません。

前者が「word salad」と揶揄されるハリス構文であるのに対し、後者はグッと簡潔なものになっている。このことにトランプ氏が反応し、ハリス氏の「実際の答えが狂っているか愚かだったので、彼女を救うためかまたは見栄えを良くするために、彼らは別の答えに置き換えた」と自身のSNSに記した。

実のところは、24年10月11日の『AP』に拠れば、簡潔な方も似た質問に対するハリス氏の発言だったそうだ。が、編集するとしても放送時間の短い『Face the Nation』が1分に及ぶ「word salad」である一方、長時間の『60 Minutes』が簡潔なのも変だし、後者の一文が前者に含まれていないのも妙だ。

事件はとうとうトランプ氏による『CBS』への訴訟に発展した。トランプ氏側は、『CBS』はこのガザ紛争に関する質問に対するハリス氏の回答を意図的に編集して、彼女の発言をより一貫性のあるものにしようとしたと主張、一方の『CBS』は裁判資料と公式声明とでこの主張を否定した。

斯くてこの7月、『CBS』の親会社であるパラマウント・グローバル(PG社)がトランプ氏側に1600万ドルを支払うことで和解と相成った。が、和解には謝罪や反省の表明はなく、また和解金はトランプ氏本人にではなく、彼が先々検討している大統領図書館に支払われるそうである。

この和解や今般の『60 Minutes』出演の背景には、デビッド・エリソン氏のPG社CEO就任で、トランプ氏が『CBS』との関係修復に動いたことが示唆されるという。デビット氏の父親ラリー氏がトランプ氏の支援者であり、この9月に一時マスク氏を抜いて世界一の富豪になったオラクルの共同創業者だからというのだ。

そういえばオラクルは、トランプ氏が執心するTikTokの買収でも当初から名前が挙がっていた。こうして見ると改めてトランプ氏が、世間の評判に反して判り易い人物だと知れる。