「福田赳夫」が、令和の日本に必要だ

前回は、浜崎洋介さんとの対談動画(前編)にかけて、高市政権は経済でも外交でも、「安倍政権」をコピーすべきではない(=しようと思っても、その条件がなくできない)という話をした。

なぜ、高市首相は「安倍政権3.0」をめざすべきでは "ない" のか|與那覇潤の論説Bistro
今月1日にSNSで発された、トランプ大統領の「G2」発言が波紋を広げている。韓国の釜山で10/30に行ったばかりの、習近平主席との米中首脳会談を踏まえたものだ。 トランプ氏、米中関係を「G2」と異例の表現…「G2会談は非常に有意義だった」投稿 【読売新聞】 【ワシントン=向井ゆう子】米国のトランプ大統領は1...

……と書くと、安倍ファンだから高市さん大好き、な人はみんな怒って、後編(リンクは末尾に)のコメント欄は「與那覇は経済に無知!」の嵐なわけだが、意外なところから援軍がやってきた。

第2次安倍政権でアベノミクスの最大のブレーンと呼ばれた、経済学者の浜田宏一氏(イェール大名誉教授)は、はっきりこう書いている。

アベノミクスの「生みの親」が説く、高市政権が取るべき経済政策...「安倍時代とは状況が異なる」
<安倍首相時代に内閣官房参与を務めた浜田宏一氏は、安倍首相時代は円高が、現在は円安が日本を苦しめていると指摘する> 自民党の高市早苗総裁が日本で初の女性首相に就任した。公明党の政権離脱により一時政局は...

第2次安倍政権の当時から、高市氏はどちらかというとインフレ促進派に囲まれ、支持者の多くに金融緩和派や財政拡張派が多かった。そのため「浜田も経済政策では高市氏に賛成」だと思う人が多いだろう。しかし物事はそう単純ではない

なぜなら、日本経済を取り巻く状況はデフレの恐れがなくなり、過度の円安でインフレが現実となりつつある。経済政策の舵取りとしては、私は金融緩和でなく、むしろ円高を目指す金融引き締めへの転換を高市政権には選択してほしいと思う。

Newsweek、2025.10.31
(強調は引用者)

……と言われても、きっと「それは緊縮ダー! 財務省ガー!」になるのだが(苦笑)、浜田氏は2016年に安倍ブレーンでもいち早く、金融政策から財政政策に “転向” した人でもある。『平成史』のp.427で描いてるから、みんなも読んでね。

政府債務はインフレで踏み倒せるか
話題になっている『文藝春秋』の浜田宏一氏の記事を読んだ。彼は「自分の考える枠組に変化があった」といってリフレ論を撤回し、日銀の量的緩和がきないのは「財政とセットで行なっていないからだ」という。つまり財政赤字を増やせば景気がよくなり、インフレ...

現実がデフレからインフレに変わったのに、政策を変えないのがあり得ないことはふつうわかるが、なんと「インフレでもデフレマインドは変わってない!」とか、いろんな言い張り方があるらしく、もうこっちが意味がわからない(涙笑)。

で、そんな時こそ、ホントは歴史の出番だ。

しょちゅう言ってるが、いまに直結する世界の課題は半世紀前、1970年代に始まっている。ウクライナ戦争が「資源高」をもたらし、どの国もインフレに苦しむのも、中東戦争やイラン革命時のオイルショックと同じだ。

なぜ靖国問題はここまでこじれたのか|與那覇潤の論説Bistro
もうすぐ80年目の「8.15」だが、悼む日を静かに迎えるには、あまりに政治の情勢が不穏だ。歴史を語るコメントを石破茂氏が出すのかも、彼がいつまで首相なのかもわからない。 「やり遂げるべきだ」立民・野田代表が石破首相の戦後80年見解表明を後押し 衆院予算委 立憲民主党の野田佳彦代表は4日の衆院予算委員会で、石...

このとき最も円滑にインフレを乗り切って、先進国の最優等生と呼ばれたのが日本である。キーマンは、「積極財政」の田中角栄との激しい政争で知られる、福田赳夫だった。ちなみに、”悪名高い” 大蔵官僚の出身ね(笑)。

総裁選で福田を破っての、田中内閣の発足は1972年7月。当初は、福田派からは軽めのポストに2名のみと、ライバルの派閥を徹底的に干した。

ところが電光石火の日中国交回復をなし遂げたにもかかわらず、同年12月の解散総選挙で自民党は敗れてしまう。後がない角栄は、第2次内閣では重量級の布陣を敷き、福田本人も入閣させる。

2024総選挙評: なにが「保革伯仲」を再来させたか|與那覇潤の論説Bistro
10月27日の総選挙は、予想外に劇的なものとなった。自民党は200議席を切り、公明党も大敗して、与党は過半数割れ(18議席の不足)。何度やっても似た結果だった平成末期と異なって、久しぶりに歴史に残る選挙になったと言ってよい。 衆議院選挙2024 選挙結果 -衆院選- NHK 【NHK】衆議院議員選挙2024...

1年後の73年11月、石油危機への対応でワークライフバランスを崩し、愛知揆一蔵相が急死する。狂乱物価と呼ばれた大インフレを抑えられるのは「福田だけだ」と考えた角栄は、後継の蔵相への就任を要請し、頭を下げた。

この際の両者の問答は、福田の自伝『回顧九十年』によれば、こうである。古き “よき” と呼ぶと、今度はアベもサナエも嫌いダーな人が怒りそうだが、まさに自民党史でベストの名場面だ。

回顧九十年/福田 赳夫|人文・社会科学書 - 岩波書店
福田 赳夫 著

田中首相は「石油ショックでこうなって……」というから、私は「そうじゃないんだ。あんたは石油ショックというけれども、あれは追い討ちだ。あんたが掲げた日本列島改造論で、昨年7月に内閣をつくって以来1年しかたたないのに、物価は暴騰に次ぐ暴騰で、……この(日本列島改造の)旗印に象徴される超高度成長的な考え方を改めない限り、事態の修復はできない」と説明した。

しかし、彼は「そうか、では旗を降ろす」とは言わない。「明日、また会おう」ということで、翌朝また首相官邸で会ったところ彼は今度は非常に割り切っていて、日本列島改造論を「撤回する」と約束した

210頁(算用数字に改変)

いま風にいえば、物価を下げて暮らしを守るのが第一だから、インフレをプーチンやトランプのせいにしてないで、ワークライフバランスの前に「サナエノミクスを捨てろ」と言ったわけだ。選挙で保守票を食われても「ロシアのせいだ!」な目下の自民党に、こんな政治家はいない。

選挙の情勢を「外国のせい」にする人こそ、民主主義の脅威である。|與那覇潤の論説Bistro
今年の1月に出た『文藝春秋』では、浜崎洋介さんとこんな議論をした。2024年末にルーマニアで極右候補が躍進した大統領選挙を、「ロシアの工作だ」として無効にする事件を受けてのことだ。 浜崎 外国からの政治干渉というのは、政治的には当たり前の話ですよ。だから干渉されないように防衛するんですが、でも、実施された選挙自体...

蔵相に就いた福田は、国民に対しても「日本経済は全治3年」という、有名なメッセージを出す。

「『全治3ヵ年』とは言うけれども、日本経済を根本的に3ヵ年で全治せしめるためには、皆さんにこの際、相当我慢してもらわなくてはならない」と言った。それは何かと言うと、総需要管理政策というものに協力してもらわなくてはならない。

財政を抑えなければならないことは、もちろんである。さらに、企業も以前のような成長を期待しない、家庭はまた消費需要を控え目にする、これが根本的な治療のために絶対必要なのだ、と国民に向かって繰り返し強調した。

こういうことでやったわけだが、国民もよく協力してくれた。

211-2頁(段落を改変)

正面から時流に異を唱える一言居士の存在と、危急の時はその人でも起用するリーダーの度量が、ポスト高度成長期の日本にもういちど、世界一の安定と豊かさをもたらした。まぁ、後ですぐグダグダに戻っちゃったけど。

いま、令和の日本は、まるで逆である。

コロナ禍でもウクライナ戦争でも、起きたのは、カーッと熱狂した民意にベッタリ乗っかり、危機の解決は “カネで買える” かのように振るまう政治だった。「岸田・石破か、高市か」は、その内側での主導権争いに過ぎない。

日本人を「お金クレクレ国民」にしたのは、いつ、誰だったのか|與那覇潤の論説Bistro
いつの世も、政治小説は時代を映す鏡である。 で、始まる書評を、共同通信の依頼で書きました。採り上げるのは、真山仁さんが今年7月に出した『アラート』。9/17に配信されたそうなので、早ければ先の週末あたりから、各紙に載り始めたのではと思います。 『アラート』 真山仁 | 新潮社 防衛費倍増の財源を巡って政...

外から政府を批判する人にせよ、言ってることは大差ない。今年出た新刊でも、いまだに「弱者限定でなく “全員にカネを配る” のが、うおおお新しいリベラル!」してるようでは、高市政治への対抗軸は生まれそうにない。

書評: 日本で『新しいリベラル』に期待しても、なぜ政治は動かないのか|與那覇潤の論説Bistro
今年の6月に出て話題の書籍を読んでみたが、もやもやする気持ちが残ってしまった。思想史と統計分析という、正反対の研究者がコラボする共著はめずらしいし、よい点はいっぱいある。 出典表記が丁寧で、保守やリベラルにつき「誰がいつ何を言ったか」をたどれる学説史になっているのは、ありがたい。学術書相当の内容を、知恵を絞り新書で刊...

要するにオルタナティブ(代わる選択肢)にも、ホンモノとニセモノがあるわけだ。昭和の自民党は “ホンモノなら” 異論でも尊重し、出番を作る組織だったことで、国民生活の危機を乗り切り復活したが、令和はどうだろう。

文藝春秋PLUSでの、浜崎さんとの対談後編では、まさにこの問題を正面から議論している。

この対話シリーズのコンセプトは「保守とリベラル」だが、実のところ、それはそこまで大事じゃない。いま必要なのは、ホンモノどうしなら “たかだか” 現行の政権の当否くらい越えて、議論がなりたつ姿を見せることだ。

かつて日本にも、それがあたり前な政治があった。過去の記憶の共有は、その基盤となる点に意義がある。歴史を扱うニセモノが世に溢れても、歴史のないホンモノは、いまもどこにも居ない。

参考記事:

高市政権を作ったのは保守ではなく "リベラル" である。|與那覇潤の論説Bistro
高市早苗内閣の発足が、好評だ。10/22の読売新聞によれば、歴代5位の支持率だという。 時代により調査方法が違ったりするので、厳密には単純に比較できないが、細川非自民連立や最初の安倍内閣と同じなら、かなりのブームだ。「初の女性首相」にしては低いとか、因縁はつけられるにせよ、無理がある。 歴史を画した諸内閣に(いまの...
田中角栄は「トランプ革命」の先駆者だったのか|與那覇潤の論説Bistro
一見むちゃくちゃなトランプの高関税政策を支える思想として、「改革保守」という語を耳にすることが増えている。Reformoconの訳語なのだが、4月にご一緒したTV番組でも先崎彰容さんが、時間をとって詳説していたのが印象的だった。 ただ日本語の「改革」には平成期に(まさに保守派によって)多用された、グローバルな市場で...
「よその国のせい」症候群の日本は、世界のどこまで堕ちてゆくのか|與那覇潤の論説Bistro
告知が遅れたけど、先月18日の『朝日新聞』1~2面の特集「米国という振り子」にコメントした。Zoomで取材してくれたのは、滞米中の青山直篤記者で、以前紹介した同氏の『デモクラシーの現在地』は、トランプを理解する必読書である。 コメントの中身はリンクと一緒に、最後に上げるけど、日米関係史をふり返る企画なので、『江藤淳...

(ヘッダーは1972年の総裁選前、田中角栄と握手で好勝負を約す福田赳夫。ポストセブンより)


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年11月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。