トランプがマムダニ次期ニューヨーク市長を面罵する理由は何か?

日本の報道では、ニューヨーク市長選を「マムダニ社会主義 vs. トランプ保守主義」という図式で紹介する記事が多いですが、この対立を単なるイデオロギー闘争として理解すると、本質を見誤る恐れを感じます。

トランプ氏が声高に「社会主義の脅威」を叫ぶとき、彼が守ろうとしているのは信条ではありません。それは、ニューヨーク市が長年にわたり彼に与えてきた特権的制度構造——税、土地、相続、そして許認可という“見えない補助金の網”です。

ニューヨーク市は全米でも例外的に強い自治権を持っています。市長は予算編成から土地利用、再開発、税制優遇に至るまで、広範な専権を行使できます。形式上はニューヨーク州の一部ですが、実質的には州とは別会計・独自課税体系を持つ準独立都市です。

  • 市独自の所得税・不動産税・商業課税を設定できます。
  • 公共投資・市債発行・開発基金の運用を独自に決定できます。
  • 土地利用計画(rezoning)や開発許可(ULURP)も市長主導で調整できます。
  • 市が所有する土地・建物の売却や長期リース契約の最終承認権も市長にあります。

こうした制度は、市長を実質的に「都市国家の元首」に近い存在にしています。そしてこの権限の多くが、不動産業界・金融業界の利害と直結している点を見落としてはなりません。

ニューヨークの不動産開発を語る上で欠かせないのが、開発促進税制「421-a」です。この制度により、Trump Towerを含む高層住宅開発は約5,000万ドルの税控除を受けてきました。さらに商業用優遇措置を含めると1,700万ドル超、合わせて少なくとも6,700万ドルに上ります。

一方で、市民が得られる税額控除(EITC)の平均額は2,300ドルにすぎません。単純計算すると、トランプ氏が受けた優遇額は約2万9千人分の勤労控除に匹敵します。つまり、トランプ氏は「補助金嫌い」を公言しながら、制度上の補助金の最大受益者でもあるのです。

私は、教育であれ交通であれ、恒常的な無料制度には反対の立場です。どんな制度も、利用者の責任感と自立心を失わせるほどの“恒久給付”に変質すれば、やがて制度疲労を起こします。

しかし、マムダニ候補の掲げる補助政策はその性格を異にしています。彼の提案する「バス無料化」や「家賃凍結」は、景気・物価・雇用状況に応じて見直し可能なインシデンタル(一過性・可逆的)措置であり、制度そのものを固定化するものではありません。

これに対し、富裕層向けの税優遇——421-a、キャピタルゲイン低税率、相続税免除——は、制度そのものに埋め込まれた恒久的補助金です。マムダニ氏の政策は失敗すれば撤回できますが、富裕層優遇は廃止すれば不動産市場や金融に連鎖的影響を与えるため、実質的に不可逆です。

したがって、両者を「同じ補助金」と呼ぶのは、会計上はともかく、社会構造上はまったくの誤りです。

トランプ氏が恐れているのは、マムダニ氏の理念や演説ではありません。彼が警戒しているのは、マムダニ氏がニューヨーク市長として持つ制度的権限そのものです。市長は土地利用、固定資産評価、開発優遇の再設定を動かすことができます。それはトランプ氏の資産構造——不動産・賃貸・開発利益——に直撃します。

もし彼が本気で「社会主義が嫌い」なら、所得税も相続税もゼロのフロリダへ本社を移せばよいはずです。けれども彼は自分の本籍(居住登録地)はフロリダに移しましたが、会社の本社はNYに置いたままです。理由は単純です。ニューヨークこそ、彼の特権が制度として保護されてきた都市だからです。

トランプ氏がフロリダに移らないもう一つの理由は、フロリダ経済そのものの脆弱性にあります。フロリダは関税政策の余波でカナダからの投資・観光が減少し、不動産市場は停滞というより価格下落に苦しんでいます。さらに、建設資材価格の高騰や投資の減少が重なり、沿岸部の開発案件は延期・中止が相次いでいます。

フロリダの経済構造は観光・住宅・退職者消費・医療に偏重しており、ニューヨークのような金融・法務・クリエイティブ産業の厚みがありません。州全体が「成功者の引退地」として設計された経済モデルであり、現役の事業拡張には不向きなのです。

言い換えれば、フロリダは「資産保全」には向きますが、「事業拡大」には向かない土地です。トランプ氏にとってニューヨークは「コストが高いが利権の大きな都市」であり、フロリダは「コストは低いが基盤の浅い都市」なのです。

したがって、彼が恐れているのはマムダニ氏の政策による“損失”ではなく、事業コストの上昇と制度的再設計による利回りの低下です。損をするのではなく、儲けが減るからなのです。それゆえに彼はニューヨークを離れないのです。

ここに挙げた数字と制度は、すべて公開情報に基づいています。トランプ大統領、マムダニ次期ニューヨーク市長のどちらが「極端」なのか、どちらが「公平」なのかを決める資格は私にはありませんが、日本の新聞の論調のみをベースに判断することはお薦めできません。

ただ一つ確かなのは、トランプ氏が闘っているのは社会主義ではなく、自らを豊かにしてきた都市制度の“再設計”という現実的脅威です。