ご存じのとおり、高市早苗首相の「台湾有事と存立危機事態」をめぐる発言が日中間でハレーションを呼び、とんでもないことになっている。発端は、11/7の衆院予算委での答弁だった。
野党議員が高市氏に対し、台湾をめぐってどのような状況が、日本にとって「存立危機事態」にあたるのかと質問した。
高市氏は、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだ」と答えた。
(中 略)
高市氏の最近の発言は、台湾に関して日本が従来から取ってきた不明確な立場からの脱却を意味する。
台湾をめぐっては、アメリカも長い間、「戦略的あいまいさ」を維持している。中国が台湾を侵攻した場合に、アメリカが台湾を守るために何をするかは不明確のままにしている。
2025.11.12(強調を付与)
このBBCの解説だけで、リテラシーがあれば「高市さんミスったな」とわかるのだが、前から書いてるように、日本人はにわかセンモンカに踊らされるくらい “外交” に弱い。なので、11/16でもなお、賛否が拮抗している。
で、こんなときに “左っぽい人” の批判を引いても、高市氏の支持者は「サヨクガー!」するだけだから、一般に “右” ないし保守派のイメージがある人による批判を、集めてみた。
小林よしのりさん
安倍晋三や麻生太郎も、首相退任後には台湾有事が日本の存立危機事態になると発言したが、現職時には決して言わなかった。
(中 略)
高市は……「やっぱり首相になったら豹変か」と言われたくなかったのかはわからないが、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と明確に答えたのだった。
この答弁は事前に事務方が用意したものではなかった。政府内の議論も合意もないまま、その場で高市が独断で言ったのだ。
11.11(強調は原文ママ)
篠田英朗さん
日本の立場が曖昧なのは、集団的自衛権を共同で行使する対象国のアメリカが、台湾防衛に曖昧な立場をとっている事情がある。
もし日本が、アメリカを飛び越して、台湾を防衛する目的で集団的自衛権の行使を宣言するならば、全く事情が異なる……それをやる覚悟があるか否かを問う前に、アメリカ抜きで台湾防衛作戦を遂行する能力など日本は持っていない、という端的な事実がある。
アメリカ抜きで参戦すれば、中国にあっという間に駆逐されるだけである。
11.14(改行を追加)
橋下徹さん
高市首相の国会答弁に「僕は日本が力を持っていれば当然、存立危機事態にあたると思うので言ってもいいと思うんですが」とした上で……
〔中国に対して〕「言い返せないんだったら、はじめから言わずに政府見解答弁にずっとおさえておけばよかった。僕は高市さんに対して一番懸念していたところが出たと思います」と解説していた。
11.16、地上波で(誤字を修正)
舛添要一さん
舛添氏はこうした状況をうけてか、「首相や閣僚は、国会において、自分が精通していない分野の質問に対しては、自分の思いつきで答弁してはならない……自分の言葉で喋りたいという野心が、今回の高市首相の大失策を招いた」と厳しい言葉も交え、指摘した。
11.15、Twitterで
伊吹文明さん
伊吹氏は「政治家・高市早苗として発言をするのはいいが、総理大臣というポジションでどこまでどういうことを言うのかは別問題。
ポジションゆえの影響を考えてやらないと国益を損なう時がある……撤回したら今度は大問題になる。それはできませんよ、言った限りは。
それが総理大臣というもののつらいところであり、ポジションのデューティーとして考えなければいけないところだから」と話した。
11.12、BSで
ドナルド・トランプさん
トランプ大統領は……司会者から一連の経緯を紹介され、「中国は我々の友人と言えないのではないか」と問われたところ、「多くの同盟国だって友人とは言えない。中国以上に貿易で我々を利用してきた」と答え、中国への直接的な批判を避けました。
(中 略)
トランプ大統領は今月に会談した習近平国家主席とは「非常にうまくやっている」と強調する一方で、中国と良好な関係を築くには強気の立場で交渉することだと持論を述べました。
11.10、米Foxで
実に圧巻である。これだけ、世間の目では “真ん中より右” で「高市さんサイドでしょ?」と思われがちな人が、今回の答弁はヤバいと明言している。ないし、同調するのを拒否している。
ところが、政権の支持率は下がらない。
朝日新聞社は11月15、16の両日、全国世論調査(電話)を実施した。高市早苗内閣の支持率は69%(10月の発足直後調査は68%)と、歴代屈指の高さを維持している。内閣不支持率は19%だったのが17%になった。
11.16
調査日が、11/15~16である点に注目されたい。上に並べた通りの、名だたる人々による批判に、接していてもおかしくない時期だ。しかし、民意の支持は高市政権から離れない。
なぜか。「岩盤支持層」の存在は大きそうだ。調査時期は10/31~11/4と、問題の発言の前とはいえ、たとえばこうした人たちかもしれない。
学習管理アプリ「Studyplus」上で全国の高校生と大学生を対象に「高市新総理に関するアンケート」を実施し、8,806名から回答を得た。
高市新総理を応援したいか聞いたところ「はい」が93.5%、「いいえ」が6.5%となった。
記事は11.16
リベラルの定義は国により色々で、侵略国から自由を守るための軍事介入に積極的なLiberal Hawkが主流の国もある。しかし日本では、協調外交に努め、戦争回避を最優先の価値観とする立場が、リベラルのはずだった。
もちろんそれは、80年前に痛感した「敗戦」の教訓から来ていたわけだが、歴史の記憶が薄れると、その集客力は弱くなる。で、近年の日本のリベラルはなにをしてきたかというと、
①「うおおおお、Z世代の若い声に寄り添うのがリベラル!」
②「うおおおお、女性の要職起用を応援するのがリベラル!」
③「うおおおお、積極財政で金を配りまくるのがリベラル!」
④「うおおおお、誤った主張には妥協しないのがリベラル!」
と、歴史や文脈なしでも新規のお客さんを釣れそうな “わかりやすい” 話ばかりを売り出し、筋書きのとおりに叫んでくれるニセモノを無理推しで有名人に仕立てて、客引きに使ってきた。
結果として、①~④のすべてを満たす “俺たちの高市早苗” が、ロケットスタートの高支持率で組閣したのだ。なので、いまさら「やっぱり戦争はマズい…」とか言っても、誰にも響かない。
ではホンモノのリベラルは、なにをしてきたか。
冒頭に引用したBBCも述べるとおり、国際的に “言わない約束” で曖昧にしておくはずだった話を、高市氏が相手国はおろか、国内でも根回しナシで「私、こう決めてるんで」と口にしたことが、今回の事態のすべてだ。
先んじて、2022年の5月、まだウクライナ戦争が序盤で「曖昧な立場はダメ!」「はっきりロシアを負かすしかない!」な世論が圧倒的だった時期に、そんな風潮が行きつく先を懸念して、ぼくはこう書いている。
問題はそうした戦略的曖昧さへの低評価が転じて、「結論を出さず『曖昧にしておく』状態はすべて悪い」「世界のどの国の目にも『明瞭な形で』、常に国際紛争は決着させなければいけない」とする規範が、このウクライナ戦争を機に成立してしまうことだろう。
2022.5.7
もう何度目かの「はい的中!」なわけだが、さすがにこれは笑いごとでない。”明瞭に断定すれば(嘘でも)ウケる!” な世相におもねり、言い逃げ上等なセンモンカに好き放題させた結果、曖昧さなく明快に台湾海峡とかに派兵されて、命を落とす日本人が出るのかもしれない。
そんな未来を避けるには、どうするか?
やるべきことは、まったく曖昧でない。政治も言論も、ホンモノの手に取り戻すことだ。こうした優れたまとめ記事がシェアされるのは、その大事な一歩なので、ご協力くだされば嬉しい。
参考記事:
(ヘッダーは有名な再現ゲームを、このブログから。台湾は救援されるも、沖縄が陥落している)
編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2025年11月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。