過熱する「台湾有事」非難合戦の裏にある高市首相の勇み足

篠田 英朗

高市首相の「台湾有事」の際に日本の「集団的自衛権」の発動が可能になることを意味する「存立危機事態」を認定する国会答弁を受けて、中国が過敏に反応した。中国外務省の林剣報道官は、13日の定例会見で、高市早苗首相に対し、台湾に関連する「悪質な」発言の撤回を要求し、撤回しなければ日本は「一切の結果を負うことになる」と述べた。

高市氏の発言を受け、薛剣駐大阪総領事が「汚い首は斬ってやる」とXに投稿したことに対しては、茂木敏充外相は12日、中国側へ対応を要求したと述べた。総領事非難決議を国会でも採択するという。

高市首相 首相官邸HPより

何も起こっておらず、台湾の当事者の立場も見えないまま、日本と中国の緊張関係が強まっている。アメリカのトランプ大統領ですら、アメリカはこの件とは関係がない、という姿勢をとっている。日本はアメリカとの貿易で多額の利益を得ているし、自分は中国側と良好な関係を持っている、という趣旨の発言をした。

背景には、対中国で強い姿勢を見せて高い内閣支持率の維持につなげたい高市首相と、首相のタカ派的な立場を警戒していた中国が、言葉遣いを捉えて、非難の応酬をしている構図がある。高市首相の支持者は、当然、中国に弱腰の姿勢を見せてはならない、と盛り上がる。それを見れば、中国も強い姿勢をとらざるをえない。悪循環だ。

多くの人々が誤解しているようだが、ここで重要なのは、対中政策において、「媚中」的に曖昧であるか、「反中」的に明快であるか、どうかだけではない。

高市首相の国会答弁においては、台湾を海上封鎖した中国に対して、まずアメリカが実力行使することが大前提になっている。アメリカが対中戦争に突入すれば、日本としては、「わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これによりわが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」に入ったと認定せざるを得ないので、集団的自衛権を行使する、という内容になっている。

ところが実際には、アメリカは、「戦略的曖昧性」の従来の政策を捨て切っておらず、台湾防衛を確約などしていない。確かにバイデン前大統領は、踏み込んだ発言を繰り返して、「戦略的曖昧性」の政策の転換を図っているのか、と話題になった。しかしトランプ大統領になって、そのような発言を政府高官が行うことはなくなった。台湾を見捨てるつもりでないとしても、少なくとも従来の「戦略的曖昧性」の地点に立ち戻っていると言える。

2015年平和安全法制をめぐる議論では、日本が共同で集団的自衛権を行使するのは、「我が国と密接な関係にある他国」、つまりアメリカである、という点が、自明の前提になっていた。台湾有事に対する日本の立場が曖昧なのは、集団的自衛権を共同で行使する対象国のアメリカが、台湾防衛に曖昧な立場をとっている事情がある。

もし日本が、アメリカを飛び越して、台湾を防衛する目的で集団的自衛権の行使を宣言するならば、全く事情が異なることは、言うまでもない。日本にそれをやる覚悟があるか否かを問う前に、アメリカ抜きで台湾防衛作戦を遂行する能力など日本は持っていない、という端的な事実がある。アメリカ抜きで参戦すれば、中国にあっという間に駆逐されるだけである。

トランプ大統領が、アメリカはこの件に関知していない、と発言しているのは、当然である。高市首相が、アメリカの頭越しに、アメリカには台湾防衛の覚悟がある、と明言した形になっているからだ。いったい軍事的にアメリカにも中国にも対抗できない日本の首相に、そのような発言をすることが許されるのか。横須賀の米軍基地でジャンプしたからといって、アメリカがいつ台湾防衛の軍事作戦をすべきかを日本の首相が決めることができるようになるわけではない。高市首相の越権行為のような態度を、大国の指導者たちが感じて、不快感を抱いたとすれば、当然である。

欧州では、人口約136万人という極小国のエストニアの首相から、EU外交安全保障問題上級代表に就任したカヤ・カラス氏が、「ウクライナは勝たなければならない」「われわれはロシアの崩壊を恐れてはならない」といったタカ派発言を繰り返して、トランプ政権の不評を買っている。カラス氏は、過去11カ月にわたり、トランプ政権高官に会うこともできていない。欧州指導者がワシントンDCに行く際には、カラス氏が除外される。

日本はエストニアよりも重要なアメリカのパートナーだ、と言えば、もちろんそれはそうだろう。しかしいずれにせよアメリカと中国と比べれば、全く格が違う国だ。高市首相が、独自の判断でアメリカ軍を動かしたりできるわけではない。

高市首相は、トランプ大統領との良好な関係をアピールして、高い内閣支持率を記録するスタートを切ることができた。だが果たして、そこに慢心がなかったか。

実際には、トランプ大統領訪日の際に、通例である共同宣言の発出もできず、政策的な調整はできていないのが、実情ではないだろうか。

その点に留意した慎重さを欠き、トランプ大統領を巻き込んで、対中強硬姿勢さえ示せば、国内で高い内閣支持率を維持できる、という点にばかりとらわれていると、やがて足をすくわれることになるだろう。

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