「ガンに罹ったと思ってあきらめるしかないです」
わずか150ページの小冊子を通読するのが、これほどまでに辛いものなのかと思いながら何度もページをめくる手を止めた。世の理不尽さと、やり場のない怒りで読後は無力感に苛まれた。
県議会議員に初当選してから数か月後、初めて受けた陳情が実子誘拐であった。私は相談者の語る現実を理解出来るだけの想像力も人生経験も有しておらず混乱したが、本書の著者である被害者男性の母も、実の息子が事件に巻き込まれて初めて実子誘拐という現実を知ったと告白している。
本書で書かれている現実は、これまで数十人から聞いてきた話と見事に合致することから、フィクションでないことを私は直ぐに理解した。冒頭の発言は被害者側の弁護士によるもので何度も聞いてきた非情な、しかしお決まりの一言である。ただ一点、被害者男性が失意の中で自ら命を絶ってしまったという点を除いては…。
本書は、これまで私が聞いてきた被害者本人による説明とは異なり、息子である被害者男性を失った母による懺悔録であり戦いの記録である。
私が初めて相談を受けた男性から久しぶりに連絡があり、ぜひ本書を読んでほしいとの依頼を受けた。この男性も本書の被害者同様に、ある日帰宅した時には妻と共に幼い娘が失踪していたのである。そして突然会ったこともない弁護士からの連絡により、消えた妻との間接的な離婚交渉を強いられることになった。
長い時間をかけて娘との面会交流にまで達するが、数か月に1回、監視されながら1時間程度の短い交流のみである。家族が共に暮らす親子の生活からは程遠く、娘の日々の成長を見届ける機会は失われた。今は失われた時を飲み込みながら、同じように被害に会う人の相談に乗る側へと回った。
先日も私の地元選挙区内で新たな相談を受けた時に、その男性を紹介させてもらった。直接問題解決の手段をもたない私にとっては、相談者の苦しみを少しでも緩和してもらうためにいつも頼っている人物である。陳情の相談者から、いつしか私には実子誘拐で相談を受けた時のアドバイザーのような存在になった人である。そんな方から勧められた本書であるから、私は直ぐに取り寄せた。
「前歯の抜けた可愛らしい女の子が、お母さんに怒られ、説得されながら、泣きながら車に乗り込んできましたよ」
自殺した被害者は、偶然にも妻と娘を自宅から運んだタクシー運転手から当日の様子を聞くことになる。実際に経験した被害者であれば、涙なしには読めない情景である。そして被害者の葬儀当日に、失踪した妻に連れてこられた娘の情景は読者の心をグチャグチャに引き裂くものである。
著者は息子が「行政と司法と第三者機関によって殺された」と言う。亡くなった息子の無念を晴らそうと著者が弁護士に訴えた時の弁護士の対応は、鬼畜の所業である。ぜひ行政、司法、第三者機関の関係者にも一読頂きたい一冊である。
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