AIはバカを利口に出来ない

黒坂岳央です。

「AIがあれば、誰でも人類のトップ1%の頭脳をパートナーにできる」
「AIによって、全人類の知能は底上げされる」

こうした意見を見ることがある。本当だろうか?「未来のことは誰一人わからない」という大前提を踏まえつつ、筆者は「むしろますます格差が拡大する」という一つの仮説を持っている。

理由はタイトルの通りだ。AIは利口な人をさらにブーストするが、バカを利口にする力はない。それどころか、AIは現在進行系で我々の実力を残酷なまでに暴き出し、格差を拡大させている。

ここで言う「バカ」とは、IQの高低ではない。「自分の頭で汗をかこうとしない知的な怠慢」のことを指す。なぜAIが格差を広げるのか? 持論を述べたい。

Alen-D/iStock

AIをうまく使えていない人たち

AIが知能を底上げしない証拠は、すでにSNS上に転がっている。

SNSを見ると、AIの出力結果をスクショ貼り付けして、「AIはやっぱり役に立たないな笑」と嘆く投稿を見ることがある。だがよく見ると、AIの出力結果が正しく、本人がその妥当な回答を「間違い」と誤解しているようである。この場合、無能なのはAIではない。本人がAIの意図や文脈を理解できていないのである。

筆者は記事や動画を出しているのだが、最近、明らかにAIが書いたとわかるコメントが増えた。問い合わせフォームにも仕事の案件で話が来る。だが、「〇〇様」というプレースホルダーが残っていたり、チャットボット特有の囲み枠がそのままだったりするので「AIで出してそのままコピペ」という雑な仕事とわかる。

彼らの目的はネット上に無意味な電子データを残すことではなく、自分の仕事に擬態してAIに指示を出してエンゲージメントの獲得を狙っている。だが結果として、こちらにAIの利用を見抜かれて目的達成に失敗している。

おそらく、本人は「単なる不注意でしょ」で片付ける。だが「出力されたものが、他者の目にどう映るか」を想像する審美眼や、最低限の検品能力が欠如している限り、こうした目的達成の失敗は永遠に続くので「AIを使えていない側」になるわけだ。

AIは魔法ではなく道具である

なぜ、こうした現象が起きるのか。それはAIの本質が「代行者」ではなく「増幅器」だからだ。

スティーブ・ジョブズはかつてコンピュータを「知性の自転車」と呼んだが、AIはそれに強力なエンジンがついたようなものだ。乗り手が優秀なナビゲーターであれば、目的地へ驚くべきスピードで到達できる。しかし、方向音痴が乗れば、間違った方向へ猛スピードで爆走するだけだ。

数式にすればシンプルである。「本人の能力 × AI = 成果」。本人の能力がゼロ、あるいはマイナスであれば、AIという係数を掛けても、ゼロやマイナスが増幅されるに過ぎない。

では、この残酷な増幅装置を前にして、勝者と敗者を分けるものは何か。その差は、AIに対するスタンスの違いに現れる。

思考を「加速」するか、「省略」するか
鋭い「問い」があるか、「思考停止」で丸投げか
自ら「検証」できるか、「鵜呑み」か

「バカを利口にしない」の真意はここにある。自ら思考し、問いを立てられる人間にとってAIは最強の武器になるが、思考停止で目の前の作業を減らすことしか考えない人からは、さらに思考する機会を奪い、退化させるだけだ。

知性は底上げされるのか?

中には「だがこれからもAIは進化する。そうなれば人類のバグをカバーするので、やはり知性は底上げされるのでは?」という反論もあるだろう。確かに一部においてその側面はあるだろう。

セキュリティを事例にあげて考えてみよう。たとえば新しいルーターを買えば自動的にWi-Fiセキュリティは強固になり、Chromebookを使えば、システム上セキュリティに無頓着な人でもウイルス感染のリスクは激減する。これは「守り」の技術であり、ここでは確かに技術が弱者を救済し、底上げしているといえる。

だが、ビジネスやクリエイティブといった「攻め」の領域では話が別だ。

画像生成AIを例に取ろう。今や誰でもプロ並みの絵が出せるようになった。では、全員がトップイラストレーターや漫画家になれるだろうか? 答えはNoだ。 ツールが民主化され、誰もが「平均点」を出せるようになった瞬間、平均点の価値は暴落した。これまでは60点だったスキルが、AIを使う人全員が60点を取れるようになることで、これまでの60点は実質的に0点になったのだ。

その結果、勝負の土俵は「絵を描く技術」から、「どんな絵を描くべきかというビジョン」や「プロンプトスキル」へとシフトした。

AIというツールの平等性は、結果の平等を意味しない。むしろ、誰でもツールを使えるからこそ、ツール以外の「センス」や「教養」の差が、言い訳できないほど明確になるのだ。

努力の評価が消える

AI時代のもう一つの特徴、それは「努力というプロセス評価が消える」ということだ。

1時間で適当に作った資料と、1週間かけて練り上げた資料。AIを使えば、表面的なアウトプットの差は限りなくゼロに近づく。 かつては「記事を構造化して書ける」だけで重宝されたが、今はAIが下書きを一瞬で作る。つまり、構造化のような「作業」の価値は消滅した。

これは「スタートラインの移動」を意味する。 これまでのゴール(構造化された文章や綺麗な絵)が、これからのスタートラインだ。そこから先に、「独自の視点があるか」「人の心を動かす文脈があるか」という、AIには生成できない付加価値を乗せられるかどうかが問われる。

「結果は振るわなかったが、仕事を頑張っているから合格」という甘い評価は消える。成果物だけで評価される時代になっていくということだ。

「AIを使えばみんなが幸せになる」というのは優しい嘘だ。現実は、トップ1%がさらに伸び、その他の99%との差は絶望的なまでに開く。努力量ではなく、思考の質で殴り合う時代の幕開けである。

だが絶望する必要はない。むしろ、これはチャンスだ。

AIはバカを利口にはしないが、「自分が何者で、何が足りないか」を突きつけてくる鏡である。 AIが出した答えがつまらないなら、それはユーザーの問いがつまらないからだ。AIの出力に違和感を持てないなら、それはユーザーの勉強不足だ。

AI時代に必要なのは、小手先のプロンプト技術ではない。AIからの回答を批判的に読み解き、自分なりの色を加えて打ち返す「思考体力」だ。 「AIに仕事を奪われる」と怯えるのではなく、AIという鏡を使って自分の思考のフォームを矯正し、鍛え直すこと。

自分の弱点と向き合い、思考を止めない人だけが、この残酷な増幅器を味方につけられるのである。

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なめてくるバカを黙らせる技術」(著:黒坂岳央)

働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。