もしも日本が「現金払い禁止」になったらどうなる?

黒坂岳央です。

日本政府はキャッシュレス決済比率を将来的に80%まで引き上げる目標を掲げている。新紙幣が発行されたばかりだが、世の中の流れは不可逆的にデジタル化へ向かっている。

徐々にキャッシュレス決済を選ぶ人は増えているものの、依然として現金払いしか出来ないお店があったり、コンビニで現金払いする人はいる。「もしも現金払い禁止でキャッシュレスのみになったら我々の生活はもっと便利でスピーディーになるのでは?」と考える人もいるのではないだろうか?

もしも現金払いが消えたらどうなる?を考察したい。

地下経済の壊滅と「第二の現金」の台頭

現金払いをなくす最大のメリットは、脱税の物理的封鎖だ。

現金商売における売上の過少申告、いわゆる「売上を抜く」行為は不可能になる。すべての取引がデジタルデータとして刻まれるため、課税逃れは激減、税収は確実に増加する。

また、ATMの維持管理、現金輸送、店舗でのレジ締め作業といった、現金決済を維持する以外に何も生まない、年間数兆円規模の膨大な経済コストが消滅する。労働力不足にあえぐ日本において、これは大きな合理化となる。

しかし、現金手渡しなど、足がつかないアングラマネーが即座に消滅するかといえば、そう単純ではない。犯罪収益や裏金は、足のつかない価値保存手段を求めて移動するだろう。

ここで浮上するのが、皮肉にも「プリペイドカード」である。これらは匿名性の高い資産移転手段として地下経済で重宝されることになる。いや、現時点でプリペイドカードを使った詐欺が多い。先日、筆者が私用でプリペイドカードを店舗で買おうとしたら「最近、詐欺が増えておりますのでご注意ください」と声掛けがあったくらいだ。

だが、プリペイドカードを買う時に現金決済が出来なければ、トレーサビリティは確保される。そうなれば実質的に足がつかない決済手段として、貴金属の現物取引や、より匿名性の高い暗号資産によるアンダーグラウンドな経済圏が拡大するだろう。

決済手数料という新たな税金

ビジネスの現場で起きるのは、決済手数料という無視できないコストアップだ。特に現在、現金決済のみを謳う飲食店でこれが起きる。

現金決済が消滅すれば、すべての商取引に対し、決済事業者に支払う数%の手数料が永続的に発生する。 薄利多売の中小店舗にとって数%の利益減は致命傷であり、こうなると店舗側はメニューに決済手数料を上乗せした価格で提供せざるを得なくなる。現金決済廃止が国から通達されるなら、その強制力の出どころから実質的な「課税」に近い。

現在、決済事業者が手数料キャンペーンを行うのは、現金という強力なライバルがいるからだが、現金が消えれば、彼らに手数料を下げるインセンティブはなくなる。結果として全体的にインフレが進行し、日本経済全体で手数料を維持することになる。

「口座凍結」が死刑宣告になる社会

もっとも深刻、かつ見落とされがちなのが「個人の生殺与奪の権」の変化だ。 恐ろしいのは、国家やプラットフォーマーによる「執行の確実性」である。

現在であれば、仮に銀行口座が凍結されても、タンス預金があれば食いつなぐことができる。現金は、システムから独立した最後のセーフティネットとして機能している。お小遣い稼ぎのつもりで銀行口座を売ったことで、もう口座が持てなくなったという人もいる。現金手渡しが唯一の生命線だが、キャッシュレスオンリーだとそれも絶たれる。

完全キャッシュレス社会において、何らかの理由でアカウントが凍結された場合、その瞬間に水一本買えず、電車にも乗れない状態に陥る。 これは、行政やプラットフォーム側が、個人の経済活動をスイッチ一つで完全に停止できることを意味する。逃げ場のない「兵糧攻め」が可能になるのだ。

また、災害やサイバー攻撃による停電は即座に経済活動の停滞を意味する。何らかのシステム冗長化が望まれるが、その規模が大きくなれば打撃は致命的だ。ただでさえ、我が国は長く、日本語の壁に守られた来た歴史があり、近年AIの台頭で増加したサイバー攻撃になすすべがない状態だ。今すぐ日本経済全体で100%キャッシュレス決済への以降はかなり不安が残る。

日本で現金決済をやめれば、経済は極めて効率化され、クリーンになる。脱税は減り、レジ待ちの時間は消えるだろう。 しかし、その代償は「万が一」のときの命綱を失うに等しい。

すべての資産と決済手段がデジタルネットワーク上に一本化された時、我々の生活基盤はあまりにも脆弱になる。キャッシュレス決済は便利で自分も頼り切りだが、あくまでインフラが盤石に維持される大前提の元で動いている。

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。