独で「年金改革法案」と新「兵役法案」可決

ドイツ連邦議会(下院)で5日、2件の重要な法案、「年金改革法案」と新たな「兵役法」が可決された。国民から指導力と統率力の不足を指摘されてきたメルツ首相にとって、大きなハードルをクリアした。連邦参議院(上院)で可決されれば、いずれも来年1月から実施される予定だ。

年金給与の財源で苦しむドイツ、ドイツ連邦議会公式サイトから

連邦議会で5日、キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)と社会民主党(SPD)によるメルツ連立政権が提出した「年金改革法案」が、数ヶ月に及ぶ議論の末、絶対多数で可決された。

ラメロウ連邦議会副議長によると、賛成318票、反対224票、棄権53票で過半数316票を辛うじて上回った。採決前、メルツ首相(CDU)は、「首相の過半数」(Kanzlermehrheit)である316票を目標にしてきた。連立政権は、下院定数630議席のうち328議席を占めている。連邦参議院(上院)が12月9日に同改正法案を承認すれば、法案は1月1日に発効する。

ドイツは日本と同じように。急速な高齢化により、法定年金のコストは年間約3600億ユーロ(約65兆円)、国内総生産(GDP)比8%となっている。年金給付の財源は給与税の税収だけでは賄えず、ドイツは昨年、社会保険制度全体で960億ユーロの不足分を補うために一般税収に手を付けることを余儀なくされてきた(ウォール・ストリート・ジャーナルから)。

「年金改正法案」に関する議論が高まった背景には、CDUの若手連合(YoungUnion)のパスカル・レディグ議員が「政府の法案は私の根本的な信念に反する」として反対票を投じる意向を表明するなど、18人の若手同盟議員が政権が提出した改革の主要部分を批判、採決で政府の改正案が否決される可能性が出てきたことがある。

CDUから18人の議員が反対に回れば、同改正法案は実際に過半数割れで否決される危険性があった。そうなれば、CDU/CSUとSPDの連立政権は再び崩壊の危機に直面することになる。ちなみに、採決の結果(点呼投票)は、SPD議員は120人全員が賛成し、CDU・CSUからは7人が反対、2人が棄権、1人は無投票だった。

若者連合の18人の議員は、2031年まで公的年金を現行水準に維持することを目指す同法案が若い世代にとって大きな負担となると懸念してきた。主要条項では、2031年まで標準年金支給額を平均給与の48%に維持することが保証されている。

SPDは同改正案の可決を歓迎し、「同改正案は社会福祉公約の復活」と捉えている。ベビーブーマー世代の退職移行は税収によって支えられることになっており、その費用は2032年だけで約110億ユーロに達する。なお、SPDのマティアス・ミールシュ院内総務は「連立政権は依然として政権運営能力があることを示した」と述べた。ちなみに、メルツ首相は同法案が可決されたことで、SPDとの政権危機が回避されたとし安堵の表情を見せていた(「オーストリア国営放送=ORF」の中継から)。

連邦議会は同日、連邦軍(Bundeswehr)の強化を目的とした「新たな兵役法」を可決した。同法は主に志願制をベースとした兵力の大幅な増強を盛り込んでいる。来年以降、18歳になる男子全員に適性検査を義務付ける。新兵が不足する場合は、更なる立法府の決定を経て、義務的な兵役を導入することが可能となる。誰が義務的な徴兵の対象となり、どのように公平に実施されるかという問題は、まだ明確にされていない。兵役法は2026年1月に施行される予定だ。従来の徴兵制度は2011年に停止された。

ピストリウス国防相は、採決に先立ち、「新たな兵役法はドイツの国防力にとって決定的な一歩だ。この法律の目的は、現役兵数を2035年までに現18万3000人を25万5000人から27万人まで増加させることだ。さらに20万人の予備兵を募集する予定だ。これは、ロシアによるウクライナ侵略戦争の開始以来、脅威レベルが高まっていることが理由だ」と説明。

北大西洋条約機構(NATO)の目標は、ドイツの総兵力を現役26万人、予備役20万人の計46万人とすることだが、現在の兵力は現役18万3000人、予備役4万9000人の計23万1000人にすぎず、目標には程遠い

新たな兵役法は人員増強の目標範囲を設定し、現役兵と志願兵を区別している。現役兵は即戦力であり、より長い訓練が必要。国防省は2027年以降、6ヶ月ごとに志願兵数の内訳を議会に提出する必要がある。連邦議会は必要に応じて徴兵を宣言することができる。

なお、ピストリウス国防相は「徴兵制は最後の手段だ。魅力的な兵役制度の設計に重点を置く。北欧では、志願兵制と魅力的な兵役制度の組み合わせが機能している。我が国でも同様の結果が得られると期待している」と楽観的だ。

メルツ首相は、敵対的なロシア軍への対応と米軍の欧州からの撤退を想定し、装備が不十分なドイツ連邦軍を強化、軍事費を大幅に増額して「欧州最強の通常軍」にすると表明している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2025年12月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。