親に認知症の兆候が出てきたら今すぐ預金口座凍結対策を

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認知症になった親の預金は口座凍結されてしまう

高齢者の5人に1人が認知症を発症すると言われる現代において、親の介護とそれに伴う費用負担は、家族にとって最大の課題の一つです。

特に、親御さんが介護施設に入居する際、初期費用(入居一時金)や月額費用を本人の預金から支払うのが理想的ですが、ここで大きな壁に直面します。

それは、認知症であると金融機関が認めると、親の預金口座が「凍結」されてしまうという問題です。

親の預金が凍結されてしまっては、介護施設の費用の支払いを親の預金からすることができません。

そこで今回は、親に認知症の兆候が現れた場合、「手遅れになる前に」講じるべき重要な生前対策について、実際に母が13年間認知症を患った経験を踏まえてお話しようと思います。

金融機関が認知症であると認識した時点で口座は凍結される

介護費用や医療費の支払いが必要となっても、親御さんの認知症の事実を金融機関が把握すると、原則としてその口座は「凍結」され、家族であっても一切の引き出しができなくなります。

これは、金融機関が預金者(名義人)の財産を保護する目的で行う措置です。

凍結されてしまうと、窓口での出金、定期預金の解約など、本人の意思確認が必要なあらゆる手続きが即座に停止されます。たとえ配偶者や子供であっても、本人の預金を利用することはできなくなります。

口座凍結は、医師の診断書を見た時ではなく、銀行が認知症であると認識した時点で起こります。

ただ、何も金融機関としては、積極的に認知症であると認定したいわけではなく、「このような状況になると認知症と判断せざるを得ない」として口座凍結に踏み切るわけです。

金融機関も口座凍結されてしまうと、その後不便になることは理解しているので、可能な限りのサポートをしようとしてくれます。

とはいえ、金融機関に対して事前の準備を申請する際には、わざわざ「どうも最近、認知症のようで一人では手続きはできないので」というよりも、「あくまでも、将来認知症になったときのための準備」である旨を伝えるようにしたほうがよいと言えます。

個人的な経験でいうと、家族のサポートを受けながらでも、窓口に本人が来て、名前や生年月日を言うことができ、自分の名前を書ければ、どの金融機関でもなんとかギリギリ手続きはできる

逆に言えば、家族が代理人になったり、事前に預金を引き出すなどの手続きをしようとするにしても、本人がその趣旨を理解できなくない、あるいは、署名を自分で行えない様になってからでは、もう手遅れと言うことです。

例外措置の限界:都度の手続きと引き落としの困難さ

口座凍結の問題に対し、2021年2月に全国銀行協会から、認知症の方の預金管理に関する新しい指針が発表されました。

この新指針では、認知症の者に対する預金の引き出しを行えるのは、「成年後見制度」の利用が原則としつつも、申立てから選任までの期間の支払いや、日々の生活費の確保という実務的な課題に対応するため、一定の条件下で家族による預金引き出しを「例外的」に認める考え方が示されました。

対象となるのは、医療費や介護施設への支払いなど、緊急性の高い費用や日常的な生活費の支払いなど「本人の利益となることが明確な支出」です。

しかし、この例外的な引き出しには、引き出しの都度、医師による診断書や、医療費・介護費用の請求書や明細書など、使用目的を証明する厳格な書類の提出が求められます。

また、この対応は、銀行側の裁量に委ねられた例外的な対応であり、必ずしもすべての金融機関が応じてくれるわけでもありません。

特に、介護施設の月額費用の支払いを、「認知症発症後」に新規で引き落とし口座として指定し、自動で支払を継続させることは難しいと言えます。

凍結解除の唯一の手段「成年後見制度」の大きな代償

もし認知症が進行し、判断能力が失われてしまった後に、法的に財産管理の権限を得て口座凍結を解除する唯一の手段は、「成年後見制度」の利用です。

成年後見制度は、認知症などにより判断能力が低下した「後」に家庭裁判所に申し立てを行い、成年後見人を選任してもらう制度です。

成年後見人は、本人のために預貯金の管理や契約行為(施設入所の手続きなど)を行う権限を持ちます。

しかし、この制度は「本人の財産保護」を至上命題とするため、その運用は非常に厳格であり、家族にとっては大きな負担となります。

具体的には、多くは、親族以外の弁護士や司法書士などの専門家を成年後見人に選任します。報酬が発生するのはもちろん、定期的な報告を求められる上、財産の積極的な運用や処分については、原則として認められません。

アパート賃貸などをしていると必要な修繕やそのための借入れについても認められないことが多いくらいです。

若くして60代前半で認知症になった社長のために、勝手に悪意の人に不利な契約などを押し付けられないよう「成年後見制度」をおすすめしたところ、その後の手続のあまりの煩雑さで、「先生が勧めるからやったのに」とご家族からお叱りを受けたこともあります。

それくらい、厳格なルールや継続的な負担があるため、成年後見制度というのは、家族にとって大きな代償を伴う、口座凍結を解除する「最後の手段」だということです。

認知症の兆候が出た!今すぐ取るべき対策

成年後見制度の煩雑さと負担を回避し、親の預金を介護費用などにスムーズに利用するためには、親の判断能力がまだ残っている段階で、予防策を講じることが絶対的に重要です。

既に申し上げたように、財産所有者が契約内容を理解し、自分の意思を外部に伝える「判断能力」が残っていることが、生前対策を行うための大前提となります。

本人が銀行窓口に来店でき、生年月日や名前を答えられ、署名ができるといった能力が残っているうちに、迅速に対応を開始しなければなりません。

「家族信託」という選択肢

認知症対策として柔軟性が高く、家族主導で進められるのが「家族信託」です。

家族信託とは、親(委託者)が元気なうちに、預貯金や不動産などの財産管理を信頼できる子供(受託者)に託す契約を結んでおく制度です。

預金のケースですと、具体的には、家族信託を利用して「信託口口座」を開設し、親の財産をこの口座に移転しておけば、親が認知症になり判断能力を失った後も、信託口口座は凍結されることなく、受託者である子供が介護費用などの支払いを継続して行うことができます。

この家族信託であれば、成年後見制度と異なり、裁判所の監督を受けずに、契約で定めた運用方針に従って柔軟に財産管理や処分を行うことができます。

しかし、この家族信託についても、あくまでも本人に判断能力がなくてはなりません。

金融機関の窓口で自分が手続きを行うことができないと判断されてからでは、家族信託も手遅れです。

実は、私は、某金融機関の相続が発生しても預金封鎖の対象とならない預金(金銭信託)の「アンバサダー」を務めていたのですが、その商品に母を加入させようとしたところ、確認の電話が来た際に、ちゃんと説明をしたのに母に「ナニソレ?わからない」と言われてしまい、加入できなかったことがあります。

まさか、自分が勧めている商品の加入を断られるとは思いませんでした。

代理人指名が出来る金融機関も

金融機関によっては、本人が認知症として口座凍結がされたとしても、事前にしていた代理人がその口座からの引き出しを出来る指定代理人のような制度があることがあります。

とはいえ、まだ対応している金融機関はメガバンクとイオン銀行などそれほど多くありません。

うちの場合、ゆうちょ銀行に問い合わせをしたところ、当初は「そのような制度はない」といわれたものの、何度も問い詰めてやっと「指定代理人制度」というものがあることを引き出し、手続きを行いました。

なお、こちらも、代理人の指定自体、本人の判断能力があることが前提です。

金融機関の窓口で自分が手続きを行うことができないと判断されてからでは、この指定代理人も手遅れです。

親の預金を家族の預金に移す

これらの制度が利用できない場合には、後々介護施設の入居費などの支払いができるように、親の預金を事前に家族の口座に移しておくことが考えられます。

この場合も、本人がその趣旨を理解し、自らが窓口で署名などの手続きが行えなくてはいけないのは当然です。

とにかく行動を先延ばししないことが最大の介護対策

認知症の兆候が出てきた頃というのは、本人はその事実を認めたがらずに一番厄介な時期ではあるのですが、後回しにしているうちに、認知症として判断能力がないとされ本人の預金口座は凍結されてしまいます。

認知症は長期にわたるサポートが必要であり、最後まで家族が自宅でサポートをするというのは、経験者から言わせていただくととても過酷なことです。

しかし、比較的費用負担の少なくて済む特別養護老人ホームは多数の入居待ちの方がいて、やっと入居可能との連絡が来たのは、本人の葬式の日であったなどということもあります。

そのため、多額の費用の掛かる民間の介護施設の利用を選択するケースも多いでしょう。

その入居の期間が長くなれば、その介護費用は、数千万円にもなり、本人の口座凍結がされている場合、家族の負担が重くのしかかることもある。

そんな苦難を避けるためにも、認知症の症状が現れたのであれば、先送りはせず、なんとか本人を説得して、今できることに取り組むようにしてください。


編集部より:この記事は、税理士の吉澤大氏のブログ「あなたのファイナンス用心棒」(2025年12月9日エントリー)より転載させていただきました。