ロシアのサボタージュに見舞われる欧州:「西欧文明に対する戦争だ」

2022年のロシアによるウクライナ全面侵攻前後、欧州ではロシア、またはロシアと関係があると疑われるサボタージュ(破壊工作や妨害行為)が各地で発生している。

海底ケーブルの損傷、空港でのドローン妨害、鉄道事故、郵便爆破未遂、店舗への放火、スパイ活動と見られる動きなど、その種類と数は多岐にわたる。

プーチン大統領 クレムリンHPより

11月16日には、ポーランドのワルシャワ—ルブリン鉄道のミカおよびプワヴィ付近で破壊工作と見られる事件が発生した。ポーランドのドナルド・トゥスク首相はこれを「前例のない破壊工作」と表現し、同国政府はロシアの情報機関が関与した可能性が高いと見て捜査を進めている。ウクライナ国籍とされる容疑者の関与が報じられたが、詳細は調査中だ。

こうした広がりとインパクトを踏まえ、「ロシアのサボタージュ」をテーマとしたイベントが12月10日、ジャーナリストが集まるロンドンのクラブ「フロントラインクラブ」で開催された。議論の一部を紹介する。

ロシアにとっては「欧州との戦争」

右からソルダトフ氏、ベルトン氏、バローズ氏、マイクを持つリヒテロヴァ氏(筆者撮影)

ロシア出身のジャーナリスト、アンドレイ・ソルダトフ氏は、欧州で観測されている破壊行為の背後にはロシアの情報機関の動きがあると指摘する。「彼らはこれを『戦争』と考えている。西欧文明に対する戦争だ」という。

この「戦争」の歴史は長いが、現代に限っても複数の段階があるという。第1幕は第二次世界大戦終結期まで。ソ連は戦勝国となり「我々は勝った」との認識を持つ。
第2幕は冷戦期で、ソ連は西側との対立の末に崩壊し、諜報機関兼秘密警察KGB(国家保安委員会)は解体された。ロシア連邦保安庁(FSB)や対外情報庁(SVR)などが現在のロシアの情報機関を構成している。
「現在は第3幕だ。勝敗の基準も対応の定型も存在しない。西欧諸国も同様だ。どう対応するべきなのか、決まった形がない」。

同氏はパートナーのイリーナ・ボロガン氏とロシア情報機関の活動監視サイトを設立し、欧州政策分析センター(CEPA)のシニアフェローとして活動している。

「欧州を破壊させなければならない」

元フィナンシャル・タイムズ紙のモスクワ特派員で、ベストセラー『プーチンロシアを乗っ取ったKGBたち』(日経BP日本経済新聞出版)を書いたジャーナリスト、キャサリン・ベルトン氏はロシアの著名政治学者で、プーチン政権に近いといわれているセルゲイ・カラガノフ氏の発言を引用した。

カラガノフ氏は「欧州が負けるまで戦う」「欧州を破壊しなければならない」と述べ、ロシアにとってウクライナ戦争は局地戦ではなく、西欧およびリベラルな価値観との闘争だと位置付けているという。

ベルトン氏によれば、プーチン政権は「ウクライナに対する西側の支援を少しずつ削り取ろうとしている。『核兵器を使う』と脅したり、『第3次世界大戦がはじまる』などのディスインフォメーションを拡散するとともに、極右の政治勢力を支援している」。

ロシアのサボタージュが「もっと直接的に目についたのが、2023年10月だった」。イスラム組織ハマスがイスラエルに対してテロ攻撃を行ったとき、パリとその近郊でユダヤ人を象徴する「ダビデの星」の落書きが相次いで見つかったことがあった。「フランスのムスリム市民とユダヤ市民との間に亀裂を生じさせるのが目的だった」。

ロシアにとって欧州は広義の「戦争の相手」であり、軍事行動だけではなく、混乱や脅威を生み出すことで相手を消耗させる行為も含まれるとベルトン氏は述べた。

サボタージュの地図化

AP通信の記者エマ・バローズ氏はロシアによるウクライナへの大規模侵攻以降、欧州各国政府や検察、情報機関がロシアまたはロシア関連グループ、ベラルーシ当局の関与を疑った59件の事例を収集し、地図化した。

内容には以下が含まれる:

ーサイバー攻撃

ープロパガンダの拡散

ー殺害計画

ー破壊行為・放火

ーサボタージュ

ースパイ活動

ー海底ケーブルの損傷疑惑

例として、ドイツでの車両部品の妨害、貨物機への爆発物の仕掛け計画、博物館の放火、重要インフラへのハッキングなどが挙げられた。

バローズ氏によると、英国の情報機関と警察は強い警戒感を示す一方、一般国民の認識はまだ高くないという。多くの事案ではロシア関与の決定的証拠を掴むことが難しく、調査には時間と労力が必要となる。

サボタージュとギグ・エコノミー

キングス・カレッジ・ロンドンのダニエラ・リヒテロヴァ准教授は、西側は「第二次大戦以降で最も激しいサボタージュの時代を経験している」と述べる。

ロシアの作戦は、冷戦期のように訓練された工作員ではなく、オンラインで募集されるアマチュアや様々な国籍の協力者によって実行される場合が増えているという。こうした構図は「サボタージュのギグ・エコノミー化」と説明された。ギグ・エコノミーとは、インターネットやアプリを介して単発・短期の仕事(ギグワーク)を請け負い、それによって成り立つ経済活動を指す。

標的は電力ケーブル、発電所、パイプライン、通信、交通網などで、冷戦期にソ連が狙ったインフラと類似している。情報技術の進歩と、欧州がロシア情報機関員を大量追放した影響も背景にある。

西側の反撃、そしてリアルな世界への影響は?

こうした破壊活動に対して、西側が「反撃」に出ているかどうかについては、登壇者も多くを語らなかった。「行っていても公表されないことがある」とバローズ氏は述べた。

一方で、英国の空軍基地に侵入し軍用機2機に塗料を吹き付けた「パレスチナ・アクション」の例を挙げ、基地への侵入の容易さが示されたことは、破壊行為を企図する勢力に対してリスクとなると警鐘を鳴らす。

ベルトン氏は、ロシアの凍結資産900億ユーロ(約16兆円)を活用したウクライナ支援策に慎重姿勢を見せるベルギーを例に挙げた。同国では凍結資産の大半が保管されており、制裁が解除されたりロシアが返還訴訟を起こしたりした際に自国だけでは対応できないと主張してきた。

ベルトン氏によると、複数のメディアインタビューの中で、ベルギーのデウェーフェル首相は融資が実現すれば、ベルギーと彼個人に「永遠の報復」が行われるなどと話していることを指摘。「首相は詳しいことを語っていない。誰がどんな脅迫をしたのか」。ベルトン氏はロシアによる圧力があることを示唆した。

「影の艦隊」という新たな脅威

ソルダトフ氏が最も懸念しているのは「影の艦隊」と呼ばれる船舶群だ。

これは、G7とEUが2022年に導入したロシア産原油価格上限制裁を回避するために利用される、数百隻規模の船舶ネットワークを指す。

2022年末には600隻以上、うち400隻が原油タンカーで、2023年12月には1100〜1400隻に増加し、2025年には2022年初頭から3倍以上に拡大したといわれている。

影の艦隊は、制裁回避に加えて、ハイブリッド戦争の一部として利用されている可能性が指摘されている。

例えば:

ードローン攻撃の発射プラットフォームとなる

ー西側の重要インフラ近傍で活動し、海底ケーブルへの妨害に関与している可能性

ー一部船舶にロシア軍服を着た人物が乗っていたとの欧州当局の観測

ただし、影の艦隊は運用主体が不透明で、各国政府がロシアとの直接的な関連を立証することは難しい。

ソルダトフ氏は、影の艦隊が経済制裁の抜け道であるだけでなく、軍事・破壊工作の媒体にもなりつつある点を重大な脅威として強調した。

イベントはロンドンのフロントラインクラブで開催された(筆者撮影)


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2025年12月6日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。