苦労キャンセル社員は「雇用のキャンセル」になる

黒坂岳央です。

「風呂キャンセル」
「睡眠キャンセル」
「残業キャンセル」

本来、必要なものをやめてしまうことを「苦労のキャンセル界隈」というらしい。いわく、「ムダな努力を避け、効率的に成果を出そう」というポジティブな意見の1つのようだ。

確かにこれ自体を否定するつもりはない。筆者自身もAIを活用して、法人の繰り返しの作業を片っ端からPythonやVBAで自動化、batファイルをタスクスケジューラに入れ「単純作業キャンセル」に取り組み続けている。

しかし、効率化を進める過程で、人間はしばしば一つの構造的な誤りに陥る。それは、作業をキャンセルしているつもりで、本来キャンセルしてはいけない仕事までキャンセルしてしまうという現象である。

「作業」はキャンセルしても、「仕事」はするべきではない。そして仕事をキャンセルし続ける社員は最後には「雇用」もキャンセルされてしまうと思っている。持論を述べたい。

masamasa3/iStock

作業と仕事の違い

「苦労はムダ!出来るものは何でもかんでもAIでキャンセルしてしまえ」と考える人は多いが、職場における苦労は「仕事と作業」に分類できる。

一つ目は作業である。作業とは、誰がやっても、あるいはAIがやっても、結果が100%同一になる行為を指す。大量のデータ入力、転記、定型的な集計、単純反復などがこれに当たる。

例えばExcelで大量の数値を処理する場合、手入力を続けるよりも、関数やAIを使う方が正確で速い。この領域はAI以前から徹底的に効率化すべきといわれてきたし、実際正しい。今どき、自動化出来る大量の入力作業を手打ちしている会社があれば、「時代遅れ」と笑われてしまうだろう。

そしてもう一つは仕事である。仕事とは、結果が人によって変わり、思考や判断の過程そのものに「付加価値」が宿る行為である。意思決定、仮説構築、振り返り、段取りの再設計、責任を引き受ける判断などが該当する。

たとえばこの記事も作業ではなく、仕事だ。何を書くか?何を主張し、どんなポジションを取るか?こうしたことは当然だが、すべて筆者が考え、書いている。一方で書いた記事の誤字脱字のチェック、論理的整合性、主張を支えるデータ収集などの作業はAIを使うこともある。

問題は効率化を進める中で、この二つの境界が曖昧になりやすい点だ。「面倒」「時間がかかる」「負荷が高い」という感覚だけを基準にすると、作業と仕事が同列に扱われ、すべてキャンセルされてしまう。

日報をAIで書いてはいけない理由

この構造を理解する上で分かりやすい例が、仕事の日報である。

一見すると、日報は「提出することが目的の作業」に見える。そのため、生成AIで自動作成すれば楽になると考えられがちである。実際、日報をAIで生成してしまっている人もいるだろう。誤字脱字のチェック、くらいならいいかもしれないが、全てを自動生成するのは問題だ。

日報の価値は、書く過程そのものにある。一日の仕事を脳内で棚卸しし、何をやり、何が進み、何が滞ったのかを言語化する。その過程で、明日以降の仕事の段取りが再構築される。また、上司への報告を前提とすることで、他者視点を含んだ整理が行われる。

さらに、日報を毎日提出する前提があるからこそ、「日報に何を書くか」をゴールに逆算したToDo設計が生まれる。この一連の思考と構造化こそが仕事であり、ここに付加価値がある。

つまり、作成されたドキュメントだけでなく、制作者の頭の中、それを読む上司などAIには生成できない付加価値が日報には込められている(本来はそうだが、日報が形骸化している会社もゼロではない)。

それなのにすべてを生成AIで代替するとどうなるか。表面的には日報は完成するが、ワーカーの脳内で行われるはずだった振り返り、段取り、戦略構築がすべて省略される。その結果、意味を持たない日報が量産される。

意味をなさない日報を生成するためにAIを使う時間、それを確認する上司の時間、保存するためのストレージ容量は、すべて付加価値を生まないコストになる。

このような解像度、メタ認知力で仕事をしている人は、今後の雇用も危ぶまれると思った方がいい。客観的に見て自ら単純作業労働者に落ち、価値を下げていることに気づいていないからだ。

仕事キャンセルは市場価値を下げる

企業が人材に報酬を支払う合理性は、属人的責任、付加価値、作業量、スキルの質など複合的パラメーターの掛け算である。作業量を省力で捌くことも「スキル」として認識されるので、それをAIやプログラミングで省くことは良いことである。むしろ、労働人口が今後減少することは確定的なので、作業の省力化は急務と言っていい。

一方で属人的要素の強い仕事を削ると、当然ながら代替可能性は高まりやすくなる。そうなれば、AIを使ってコピペの単純作業しかしない人を雇用するインセンティブが企業側になくなる。会社は慈善団体ではないので、支払う給与、AIへの課金コストを上回る付加価値を出せない人の椅子は消えてしまうだろう。

「こんな泥くらい作業なんて」と嘆く人は、そのAI化できない属人性の強い泥臭さがまさに給与になっていることをメタ認知しておいた方がいいかもしれない。

AI時代の働き方

AI時代に適応するとは、何もかも考えなしに生成AIに放り込み、出てきた回答をコピペすることではない。AIが得意とする「結果が同一になる作業」を任せて、人間は「付加価値を与える仕事」「責任を追う部分」に集中することである。

判断、倫理、責任、創造的な飛躍といった領域は、負荷が高く、短期的には非効率に見える。しかし、ここにこそ代替されにくい価値が蓄積される。効率化とは、これらの仕事に時間と認知資源を振り向けるための手段である。

苦労のキャンセルは作業に限定して使われるべきだ。仕事まで同時にキャンセルしてしまえば、自分の存在価値がなくなることを意味する。こうしたメタ認知こそ、仕事と作業の選別に大事なビジネススキルと言える。

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なめてくるバカを黙らせる技術」(著:黒坂岳央)

働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。