イラン国営テレビによると、イランで数週間にわたって続いている大規模な抗議活動で、3,117人が死亡した。このうち2,427人はイラン法の下で「殉教者」とみなされると、殉教者・退役軍人財団が21日報じた。

イスラム革命防衛隊(IRGC)のモハンマド・パクプール司令官 Tasnim通信から
上記の外電を読んで「イラン当局はなぜ抗議デモで犠牲となった国民を殉教者のカテゴリーに入れているのだろうか」と考えた。何故ならば、殉教者数「2427人」は抗議デモ参加者の取り締まりの際に何らかの理由で亡くなった治安関係者の数とは思えないからだ。欧米人権団体によると、犠牲となった治安関係者の数字は100人~200人ぐらいと予想されている。2427人から200人を引けば、2227人は抗議デモ参加中に亡くなった国民の数となる。イラン当局はその犠牲者を「殉教者」と受け取っていることになる。それでは殉教者の大多数は誰に殺されのか、デモ参加者は武器を所持していない。治安部隊によって殺害されたと考える以外にない、等々の疑問が沸いてきた。
そこでイスラム法で「殉教者」をどのように定義しているのかを調べた。イスラム法(シャリーア)において、殉教者はアラビア語で「シャヒード(Shahid/Shaheed)」と呼ばれる。この言葉の本来の意味は「目撃者」または「証人」であり、神の教えを自らの命をもって証しした者を指す。その範囲ではキリスト教の殉教者とは大差ない。
イスラム法学上の殉教者の定義は、2つのカテゴリーに分類されるという。1.戦場での殉教者(最高位の殉教者)。アッラーの道(イスラムの防衛や大義)のために戦い、戦場で命を落とした者、2.一般的な殉教者(来世における殉教者)、戦場以外で亡くなった者、特定の不運や苦難の中で信仰を持って亡くなった人も、ハディース(預言者の言行録)に基づき殉教者と同等の地位を与えられる。
イスラム教はスンニ派とシーア派に分かれているが、イランはシーア派だ。シーア派では殉教者は預言者ムハンマドの孫フサイン・イブン・アリーのように、不義の権力に抗い、悲劇的な敗北の中で霊的な勝利を収めた者を殉教者の象徴として非常に重視する。両派とも殉教者は「神への信仰と献身」が前提となる点では変わらない。
それではイラン当局が殉教者とした「2427人」はイスラム法に基づく殉教者だろうか。抗議デモに参加した国民は現行の聖職者支配体制(ムッラー政権)に抗議して殺害された人々だ。上記のイスラム法の殉教者のカテゴリーには該当しない。実際、イラン最高指導者ハメネイ師は「抗議デモ参加者」をテロリストと罵倒してきた。
もちろん、積極的に抗議活動を行ったデモ参加者は「殉教者」から除外されている。発表された全死者数3,117人のうち、殉教者と認められなかった690人はテロリスト、暴徒、反体制活動家というのだ。
イラン当局(殉教者・退役軍人財団)の発表に基づくと、2,427人の「殉教者」には治安部隊だけでなく、デモに直接関与していない「無実の市民」が含まれている。デモの現場に居合わせ、暴徒や「テロ組織(当局主張)」による無差別発砲などに巻き込まれて死亡したとされる人々、通行人というのだ。その数は全犠牲者数の多数を占める。
問題は、イラン当局はなぜ多くの市民を殉教者のカテゴリーに入れたかだ。考えられる理由としては、「死者の多くは治安部隊による殺害ではなく、デモに紛れ込んだテロリストや外部勢力によって殺害された」と主張し、死者の多くを殉教者とすることで、大量殺人の責任を回避する狙いがある。
(欧州に住む亡命イラン人の中には、イスラム法に基づく殉教者という意味ではなく、民族の解放のために立ち上がった英雄という意味から、抗議デモで殺害された同胞を一種の殉教者と受け取る声が聞かれる)
別の理由は、遺族への懐柔だ。殉教者に認定されると、遺族は「殉教者財団」から特別な手当や年金、教育・就職の優先枠などの手厚い支援を受けることができる。経済的な補償金を与えることで、遺族関係者の怒りを抑えようとする試みだ。ひょっとすると、多くの国民を残虐に忙殺したイラン当局側の償いといえるかもしれない。
いずれにしても、ハメネイ師を中心としたムッラー現政権はイスラム法を恣意的に誤用し、殉教者を大量に生み出すことで、現独裁体制を維持しようと腐心しているわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年1月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。






