グリーンランドにとってデンマークは「安全保障の盾」:変わりゆく力関係

トランプ米統領がデンマークの自治領グリーンランド取得の意向を繰り返し表明している。14日、デンマークとグリーンランドの外相はホワイトハウスでアメリカ側と協議したが、協議後、アメリカと「根本的な意見の相違」があると述べた。

トランプ大統領 トゥルースソーシャルより

人口約5万7000人のグリーンランドが米国に「飲み込まれる」可能性はあるのだろうか。

グリーンランド事情について、英ポッドキャスト「バイライン・タイムズ」の司会者エイドリアン・ゴールドバーグが英シンクタンク「IPPR(TheInstituteForPublicPolicyResearch)」の国際政策チーム研究員ソフィー・プルツに聞いた(1月9日配信)。

デンマーク人のプルツは英国に5年住み、「デンマークから見た、グリーンランド」について語っている。以下はその概要である。

デンマークとグリーンランドをめぐる対話

エイドリアン・ゴールドバーグ:グリーンランド問題が複雑となる理由の一つは、グリーンランドがアメリカとは北大西洋条約機構(NATO)での同盟国デンマークの統治下にあるという点です。デンマークのフレデリクセン首相は、「グリーンランドを力ずくで奪うようなことがあれば、それはNATOの終わりを意味する」とまで言っています。

1月3日の米国によるベネズエラへの介入を踏まえて、グリーンランドへの脅威をどの程度深刻に見ていますか?

「私たちは本当に心配すべきだと思います」

ソフィー・プルツ:本当に心配すべきだと思います。状況はベネズエラとは違いますが、トランプ大統領の行動は予測不可能です。グリーンランドで同じような武力行使が起きる可能性は低いと願っていますが、懸念するのは当然でしょう。

欧州の指導者たちがグリーンランドの主権を支持する声明を出したのは心強かったですが、それでも不安は残ります。
私たちはアメリカに依存しすぎているのではなでしょうか。いざというとき、欧州は本当に行動するだろうか。こうした疑問が、今デンマークで真剣に議論されています。

「これはデンマーク人の視点からの話です」

ゴールドバーグ:グリーンランドについて、ぜひ詳しく教えてください。

プルツ:まず最初に強調しておきたいのは、これはデンマーク人としての私の視点だということです。もしグリーンランドの人が語れば、まったく違う話になるでしょう。

グリーンランドは英国の約9倍の広さがありますが、人口はわずか5万7千人ほどで、途方もなく大きな島に住んでいるのです。

デンマークとグリーンランドの関係は、とても重要で、そして感情的なものです。私が育ってきた環境と、同世代のグリーンランドの若者が育った環境は、まったく違います。

デンマーク人が抱いてきた「ロマン化されたグリーンランド像」

プルツ:私は子どもの頃から、グリーンランドをとてもロマンチックな場所として教えられてきました。「美しい島」「サンタクロースが住んでいる場所」――そんなイメージです。

さらに、グリーンランドは、「私たちデンマークが、近代的な教育や医療を提供し、文明化した場所」という文脈の中で語られてきました。フェロー諸島と同様、グリーンランドはデンマーク王国の一部ですが、しばしば「弟分」のように扱われ、対等な存在として見られてこなかったのです。

グリーンランド側の怒りと傷

プルツ:一方、グリーンランドの人々は、デンマークに対して深い苛立ちを抱いています。ときには憎しみとさえ言える感情です。重要な政策を決める場に呼ばれなかったこと、自分たちの声が真剣に聞かれなかったこと、常に二級市民のように扱われてきたこと。こうした積み重ねが、大きな不信につながっています。

さらに決定的だったのが、1960~70年代に起きた出来事です。当時、グリーンランドの生殖年齢の女性や少女の約半数に、本人の同意なく避妊リング(IUD)が挿入されていたことが明らかになりました。被害者は約4500人。最年少はわずか13歳でした。

これは単なる医師個人の問題ではなく、制度として組み込まれていた差別だったと、今では受け止められています。

2025年5月初め、フレデリクセン首相はグリーンランドを訪れ、被害を受けた女性たちに正式に謝罪しました。彼女はこう言いました。「過去の扱いだけでなく、現在の扱いについても申し訳ない。あなたたちに席を与えず、声を聞いてこなかった。
この謝罪を、これからは違う関係を築くための出発点にしたい」。

グリーンランドの人々は、とても誇り高い民族です。自分たちの歴史、文化、言語を大切にしています。だからこそ、デンマークからの独立を望む声が強いのは、自然なことだと思います。ただし、それは同時に、「アメリカ人になりたいわけではない」という、はっきりした意思も意味しています。

独立への願いと現実的な不安

ゴールドバーグ:グリーンランドの人々は、本当に独立を望んでいるのでしょうか。

プルツ:はい。世論調査では、56%が独立を支持しています。ただし、「福祉や生活水準が下がらないなら」という条件付きの人も多いです。現実問題として、デンマークは2025年だけで約2億500万ポンドを補助金としてグリーンランドに送っています。これは、グリーンランド政府予算の約60%です。

もし今すぐ独立すれば、グリーンランドはヨーロッパで最も貧しい国の一つになり、NATOからも外れ、安全保障上も非常に脆弱になります。

だからこそ、独立は目標ではあるが、時間をかけて慎重に進めるべきだという考えが、ヌーク(グリーンラドの首都)でもコペンハーゲンでも共有されています。

民族的背景と社会のかたち

ゴールドバーグ:民族的に見ると、グリーンランドの人々はデンマーク人とは違うのですよね。イヌイットの人々だと聞いています。

プルツ:そうです。人口は約5万7千人で、そのうち約88%がイヌイットです。カナダ北部のイヌイットとも文化的につながりがあります。

その中でも、歴史的には西部、北部、東部にそれぞれ異なる集団が暮らしてきました。

狩猟の方法や生活様式も少しずつ違っていました。

現在では、多くの人が南西部、つまり首都ヌーク周辺に住んでいますが、それでも沿岸部の小さな村々に暮らす人々もいて、季節ごとに狩猟を続けています。

選挙が示した「慎重さ」

プルツ:この数年、国際情勢の緊張を背景に、グリーンランドの政治家たちは独立をより率直に語るようになりました。前政権は、この流れを追い風に選挙を実施し、すべての政党が「独立」を掲げて争いました。争点はただ一つ。独立を「いつ」「どうやって」実現するか、でした。

しかし、結果的に選ばれたのは、独立に比較的慎重で、コペンハーゲンとの協力関係を重視する政党でした。これは、「独立への強い願いはあるが、トランプ政権のような不確実な脅威の下では、慎重であるべきだ」という、国民感情をよく表していると思います。

「安全保障上の盾」としてのデンマーク

ゴールドバーグ:こうした状況の中で、グリーンランドの人々はデンマークを違った目で見るようになったのでしょうか。

プルツ:デンマークがいなければ、グリーンランドはNATOの一員ではありません。それは、特にアメリカからの圧力に対して、より脆弱になることを意味します。

トランプ政権への対応を通じて、両国の距離はある意味で縮まりました。それは、公共サービスや独立の問題について話し合う新しい道も開いています。ただし、それでグリーンランドの人々がデンマーク政府を「好きになった」わけではありません。

今のデンマークは、信頼できるパートナーというより、安全保障上の盾として見られている側面が強いのです。

「アメリカの一部になりたい」は本当か?

ゴールドバーグ:トランプ氏は、グリーンランドの人々がアメリカの一部になりたがっていると主張しています。それを裏づける証拠はありますか?

プルツ:まったくありません。昨年の調査で、「選択肢の一つかもしれない」と答えた人は8%程度でした。グリーンランドのイェンス・フレデリク・ニールセン首相はこう言っています。「私たちはデンマーク人になりたいわけでも、アメリカ人になりたいわけでもない。グリーンランドは、グリーンランドの人々のものでありたい。」

彼が繰り返しているのは、「Nothingaboutus,withoutus(私たち抜きに、私たちのことを決めるな)」という原則です。独立は望むけれども、それは「アメリカの州になる」ことを意味しません。

国家安全保障という口実

ゴールドバーグ:トランプ氏は、中国やロシアの船がこの地域を航行しているとして、国家安全保障を理由にグリーンランド取得を正当化しています。どう思いますか。

プルツ:それは、ヌークでもコペンハーゲンでも、ほとんど説得力を持っていません。1951年、デンマークとアメリカは防衛協定を結びました。これによって、アメリカはグリーンランドに必要なだけ基地を設け、必要なだけ人員を配置できる立場にあります。

実際、冷戦期には17か所の基地に約1万人が駐留していました。ところが今では、アメリカ自身が基地を縮小し、現在は1か所、約200人にまで減っています。

もし本当に安全保障が理由なら、「基地を増やしたい」と言えばいいだけの話です。

本当の理由――資源と鉱物

ゴールドバーグ:では、本当の理由とは?
プルツ:私は、レアアースなどが大きな要因だと思います。現在、中国は世界の重要鉱物の精製・加工能力をほぼ独占しています。アメリカもヨーロッパも、極端に言えば、中国が輸出を止めれば一気に困る立場です。

グリーンランドには、半導体や軍事技術に不可欠な鉱物資源が眠っている可能性があります。もしアメリカがグリーンランドを自国領にできれば、資源への直接アクセスや規制を回避した開発が可能になります。

他国の領土である限り、デンマークの官僚制度や環境基準を通過しなければなりません。トランプ氏にとって、それは「面倒」なのです。

ゴールドバーグ:トランプ氏は、デンマークが防衛強化として犬ぞりを1台増やした、と揶揄しました。

プルツ:でも実際、シリウス・パトロールという犬ぞり部隊は、世界で最も過酷な任務を担う精鋭部隊の一つです。極寒と暗闇の中、何百キロもの距離を巡回し、主権を守っています。私は彼らを本当に尊敬しています。

犬ぞり部隊「シリウス・パトロール」(シリウス・パトロールのウェブサイトからキャプチャー)

プルツ:ただし現実的に言えば、どれほど勇敢でも、アメリカのような大国の軍事力に対抗できるわけではありません。

もし本当に脅威がアメリカだとすれば、人口600万人のデンマーク、5万7千人のグリーンランドが、単独でどうこうできる問題ではありません。どれほど装備を増やしても、本気で衝突する事態になれば、欧州の本格的な支援なしには太刀打ちできません。それが厳しい現実です。

英国と欧州への不信

ゴールドバーグ:英国のスターマー首相は、デンマークへの支持を表明していますが。

プルツ:デンマークと他の6つの欧州諸国は、グリーンランドの主権と自己決定権を支持する共同声明を出しました。

でも、ここ数年の国際危機を見ればわかるように、欧州は言葉は多いが、行動が少ないと思っています。特に英国は、EUを離脱して以来、アメリカへの依存度が高くなりました。「英国は本当にトランプ氏を怒らせてまで行動できるのか」「関税や貿易への影響を恐れて、結局何もしないのではないか」――デンマークには、そうした疑念があります。

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編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2026年1月21日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。