竜頭蛇尾の兆候を示すEUのカーボンプライス政策

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無償配賦の削減とCBAMの始動

2026年が明け、年初からEUでは炭素国境調整措置(CBAM)が本格施行された。EUでは、気候変動対策のフラグシップ政策である欧州排出権取引制度(EU-ETS)の下、対象企業・事業所に対して一定のベンチマーク基準に基づき無償で配賦されてきた排出枠が、今年から段階的に減らされていく。これにより、対象産業は事業活動を継続するために不足する排出枠を政府ないし市場から購入して補填しなければならなくなる。

無償枠は2026年と2027年に毎年2.5%ずつ減らされ、2028年には5%減らされるため、当初の2025年比で合計10%削減されることになる。その後も無償枠は加速度的に減少し、2030年には2025年比で26%減、2034年には無償配賦がゼロとなり、以後は対象事業者が毎年の排出量に対して全量を排出枠の購入でオフセットしなければならなくなる。

従来、排出削減が難しく国際競争にさらされている鉄鋼やアルミなどの域内多排出産業は、ベンチマークに基づき必要な排出枠を無償で受け取り、カーボンプライス負担の全部、もしくは相当部分を回避することができていた。しかし、今年からはいよいよ本格的なカーボンプライス負担を迫られることになる。

これによって域内産業の国際競争力が失われ、環境規制の緩い国・地域からの輸入品に代替が進むと、域内産業の経営を圧迫するだけでなく、結果的には世界的な排出拡大(カーボンリーケージ)を招くとの懸念がある。

そこで、そうした輸入品にEU域内と同等のカーボンプライスを課し、炭素排出の多い輸入品への代替によるリーケージを防止することを目的として、今年から国境調整措置(CBAM)が無償枠削減とセットで導入されることになった。

輸出製品に残る「カーボンリーケージ」リスク

しかし、このCBAMによって回避できるカーボンリーケージは、EU域内に輸入される製品によって引き起こされるものに限られている。域内でカーボンプライスを負担して生産されたEU製の(グリーンな)製品を域外に輸出しようとすると、輸出市場ではコスト高のため価格競争に負けてしまうという問題が懸念される。

EU製のグリーンな製品が国際市場でシェアを失い、その結果として炭素排出の多い(カーボンプライスを負担しない)域外製品の国際シェアが高まり、地球規模で見た際には排出増=カーボンリーケージを招く懸念が出てくる。

この問題についてEU域内の産業界からは、自らの輸出ビジネスの商機が奪われ経営に打撃を与えるだけでなく、カーボンリーケージの懸念もあるため、気候変動対策としても片手落ちであるとして、EUから輸出する製品に対する何らかのカーボンコスト補償措置が必要だとの声が強く上がってきた。

要するに、輸入品に課徴金を課す今回のCBAMだけではリーケージ問題を完全には解決できず、輸出にかかわる追加的なリーケージ対策が必要だというわけである。

WTOルールとの整合性と新たな支援策

しかし、EUとしては輸出製品にだけカーボンプライスを免除したり、炭素コストを還付したりすると、WTOルール上、明確な輸出補助金関連規定違反となる可能性が高い。そのためEU政府は従来から、CBAMはあくまで気候変動対策を目的とした環境政策ツールであり、内外無差別的に環境課金を行う仕組みとして国際貿易ルールに準拠するよう慎重に制度設計し、保護貿易的な輸入課徴金ではないと主張してきた。

しかし、ここでEUからの輸出品に対して環境課金の還付(=環境規制の免除)を行えば、こうしたEUの主張と矛盾が生じてしまう。それでも欧州委員会は、域内産業の切実な要求の高まりに対処するため、WTOルールに違反しない何らかの補償措置を検討し、昨年末までに提案することを約束してきたのである。

その結果として、昨年のクリスマス休暇も迫る12月17日に政策案が公表・提案された※1)(ただし、これはあくまで欧州委員会の政策提案段階であり、今後、欧州議会および欧州閣僚理事会で審議・修正を経て正式決定されるため、そのまま実施されることが確定したわけではない)。

そこでは、EUが新たに「暫定脱炭素基金(Temporary Decarbonization Fund)」を創設し、無償配賦枠の縮小に伴い国際的な価格競争力を失うEU域内からの輸出製品を抱える企業に対して、CBAM開始当初2年間の暫定期間に「資金支援(financial support)」を行うとされた。

支援金の仕組みと実質的な「還付」

この「資金支援」の個別企業への支給規模や詳細ルールはまだ明らかにされていないものの、その原資については制度設計が示されている。具体的には、今年から実施されたCBAM制度の下でEU各国が輸入製品に対して徴収した課徴金収入の25%を「暫定脱炭素基金」として積み立て、そこから対象事業者に支援金を事後的に支払う仕組みである。

支援対象期間は、無償配賦削減開始当初の2年間(2026~2027年)に生産された製品の輸出とされている。一方、財源となるCBAM課徴金は毎年の輸入実績に対して徴収されるため、2026年の輸入実績に対する課徴金は2027年以降に課金・徴収されることになる。したがって、2026~2027年分のCBAM課徴金徴収額が確定する2028~2029年に、域内生産者に対して支援金が支払われることとなり、2年間のタイムラグを設けた事後支給方式となっている。

ここで支給される支援金は、単に「資金支援」と称し、カーボンプライスによって域内事業者が被るコストペナルティを2年遅れで事後的に補償する形をとることで、輸出時の「輸出補助金」とみなされることを巧妙に回避しようとしているように見える。しかし、これは結局のところ、2026年から無償配賦が減らされることに伴い域内企業が追加負担するカーボンプライスの「還付」を事後的に行うに等しいのではないか。

つまり、今回のEUの「暫定脱炭素基金」提案とは、2026年から無償配賦の削減を開始し域内産業へのカーボンプライス課金を強化するとしつつも、国際貿易に晒されている鉄鋼やアルミといった対象産業に対し、無償配賦縮小分を後から還付して実質的にカーボンプライス負担を免除する(それが一部か全部かはまだ明確にされていない)という構図である。

さらに今回の提案を精読すると、これは2026~2027年の当初2年間に限る「暫定的」措置であり、2028年以降については、今後予定されているEU-ETSの制度見直しの中で、カーボンリーケージリスク回避策の有効性を包括的にレビューした上で必要な対策を講じるとされている。

前述のように、EU-ETSでは2028年以降さらに無償配賦枠の削減を強化する方針が計画されているものの、実際にそれを実施するかどうかも含め、ETS制度全体の本格的な見直しの余地があることを(産業界に対して)示唆し、問題を先送りしている側面がある。

コスト転嫁の痛みと「グリーンインフレ」への反発

一方、EU-ETSの強化による無償配布枠の縮小とCBAM導入という政策パッケージは、CBAMに関わる貿易上の懸念だけでなく、域内の製品市場におけるカーボンプライスの転嫁可能性という、より本質的な課題を抱えている。

2026年から始まる無償配賦の縮小は、対象事業者に安価な削減対策が限られる中で、必然的に域内製品のコスト上昇をもたらし、ひいてはETS対象となる域内製品の価格上昇を招くことになる。そこに安価な輸入品が流入することで域内生産が打撃を受ける事態を回避するのがCBAM課金制度の狙いであるが、これは裏返せば、EU域内の需要家がそのコストを負担せざるを得なくなることを意味している。

そうした対象製品の一つである農業用肥料については、カーボンプライス転嫁による価格上昇によって域内の農業生産が立ち行かなくなるとして、EU域内の農民が肥料の輸入品をCBAM課金対象から外すよう訴えている(すなわちカーボンプライス免除を求めている)ことを、藤枝和也氏が1月12日に本サイトで紹介している※2)

肥料輸入をCBAM対象から外すということは、その裏返しとして、域内の肥料生産者への排出枠の無償配賦を縮小せずに継続する、すなわち肥料へのカーボンプライス課金強化を中止することを意味する。すなわち、ETSとCBAMのパッケージ政策とは、EU域内の需要家に対し、従来は無償枠によって免除してきた本格的なカーボンプライス負担を余儀なくさせる政策なのである。

EUでは気候変動対策を強化するにつれて、電力を含むさまざまな域内生産物のコストが上昇し(ちなみに電力はEU-ETSの下で無償枠が既に廃止され、全面的にカーボンプライスが賦課されている)、グリーン政策由来のインフレが生じている。そうしたコスト上昇に耐えられなくなった消費者が反旗を翻し、環境政策の強化に抵抗する政治的圧力が域内各国で高まっている。

今年から導入・強化されるEU-ETSの無償枠削減とCBAM導入の政策パッケージが、このままの形で実施されるのか、それとも社会の抵抗に直面して骨抜きとなり、結果として竜頭蛇尾に後退していくのかについては、今年度からGX-ETSを本格導入する日本としても、その実態を注視していく必要がある。

※1)Proposal for a REGULATION OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL establishing the Temporary Decarbonisation Fund

※2)藤枝和也「国境炭素税開始でEU域内の農家が悲鳴を上げる」(2026年1月12日)