新聞が死んだ本当の理由 --- 三塚 祐治

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2026年に入って以降、全国紙では消費税減税、積極財政、防衛費増額、少子化対策、生成AIといった重要テーマが連日のように報じられている。しかし、それらの記事を読み終えた後に多くの読者が抱く感覚は共通している。「結局、何が争点で、どの選択肢にどんな代償があるのか分からない」という空虚さだ。議論は増えているのに、社会は前に進んでいない。この停滞は偶然ではない。

本稿で論じたいのは、新聞が「意見を伝えるメディア」であることに安住し、「問いを設計するメディア」であることを放棄してしまったという構造的問題である。

議論が増えるほど、何も分からなくなる現象

消費税減税をめぐる報道では、「景気対策として有効だ」という賛成論と、「財政規律を損なう」という反対論が併記される。積極財政についても、「成長のために必要だ」という声と「将来世代へのツケだ」という懸念が並ぶ。防衛費増額に関しては、「安全保障上やむを得ない」という主張と「増税は許されない」という反発が繰り返される。

だが、これらの記事の多くは、対立する意見を並べたところで終わる。

  • 減税と給付の効果の違いはどこにあるのか
  • 財政拡張が許容される条件は何か
  • 防衛力の規模は、どの脅威評価に基づいて決めるべきなのか

こうした核心的な問いは、ほとんど立てられない。結果として読者は、賛成か反対かという感情的立場を強化されるだけで、政策の設計図には触れられない。

問題は意見の対立ではなく、「問いの欠如」である

民主主義において意見の対立そのものは健全だ。問題は、その対立を整理し、選択肢の構造を示す問いが欠けている点にある。

本来、新聞が果たすべき役割は、「A案とB案がある。Aを選べばこの利益とこのコストがあり、Bを選べば別の利益と別のリスクが生じる」という設計図を社会に提示することだった。さらに言えば、その二択が妥当なのかを問い直し、C案が生まれうる思考空間を可視化することこそが中核的な役割だったはずだ。

しかし現実の紙面では、「賛否両論」「議論は紛糾」という言葉が躍るだけで、問いは曖昧なまま放置されている。これは中立ではない。思考の放棄に近い。

なぜ新聞は二項対立を回し続けるのか

ここで重要なのは、新聞が二項対立を煽るのは、必ずしも悪意からではないという点だ。解決されない対立の方が、メディアにとって都合がよい構造が存在する。

二項対立は記事を量産できる。賛成派と反対派のコメントを集めれば、毎日紙面が埋まる。一方で、問いを設計し、解決に近づく記事は、一度で終わる。しかも、誰かを不快にさせ、責任を伴う。

結果として、「解決に向かう問い」を立てるよりも、「解決しない対立」を回し続ける方が、組織として合理的になってしまった。解決されない議論は、メディアにとって最も都合のよい商品なのである。

問いを立てないことを可能にした構造

記者クラブ制度、再販制度、広告依存。これらの構造は、新聞社を競争から守ってきた。その結果、問いを立てなくても即座に淘汰されることはない。

決定的なのは、記事の品質を改善するためのフィードバック構造が、組織の内部に存在しない点だ。問いの鋭さや設計力が評価されず、無難さが最適解として蓄積されてきた。その帰結が、感情を要約する装置としての新聞である。

AIは新聞を殺す存在ではない

近年、「AIが新聞記事を書く時代が来る」と語られる。しかし問題の本質は、人間かAIかという二項対立ではない。問いが与えられない限り、AIもまた凡庸な要約装置にすぎない。

一方で、適切な問いさえ設計できれば、AIは論点整理や選択肢の可視化において、人間の記者よりも優れた仕事をする可能性がある。AIは感情に引きずられず、比較軸を整理し、論点を網羅することに長けている。現在の新聞がAIに劣っているとすれば、それは文章力ではなく、問いを設計する能力の欠如だ。

結論:新聞は役割を終えるのではなく、問いを失った

新聞が読まれなくなったのは、読者の知性が低下したからではない。新聞が、読者の思考に奉仕する装置であることをやめたからだ。

もし新聞社の内部に、適切な問いを立て、それを磨き続ける能力が存在しないのだとすれば、その時点でメディアとしての価値は失われている。それは記者個人の資質の問題ではない。問いを生み、検証し、更新するための構造を持たない組織は、もはや思考のインフラではありえないからだ。

時間が経過しても読む価値のある記事とは、感情の要約ではなく、問いの設計がなされた記事である。それができないなら、新聞は誰かに殺されるのではない。ただ静かに、役割を終えるだけである。そして読者はすでに、問いを設計できるメディアへと移行を始めている。

三塚 祐治
LFO DYNAMICS Structural Lab 代表。
制度設計・政策評価の構造分析を中心に研究・執筆。技術政策、社会制度、組織設計などを横断的に扱っている。