英紙タイムズが「日本で選挙に勝ちたければ『はっきり話して、何も言うな』」だと言っている。まったくその通りだ。竹下登も「言語明瞭・意味不明瞭」といわれたし、田中角栄の演説は聴いていると感極まるが文字起こしすると何のことか分からないといわれた。日本人ほど、「理」ではなく「情」で投票する国民はいないのだろう。
今回の高市首相は、国会での論戦を避けて通常国会冒頭に解散。しかも、解散から投票までも最短。「国論を二分するような問題に取り組めるように信任をもらいたい」と、国家の命運を決めるような問題にまでその内容も示さず、白紙委任を求める始末。
これは民主主義の破壊以外の何でもない。郵政解散は問うべき問題を明確にしてのものだったし、民主党が政権をとった2009年の解散は、なかなか立派なマニフェストを提示してのものだったから前々と性格が違う。マスコミも国民世論もこんな乱暴な選挙には鉄槌を加えるべきものだった。
ことし1月、衆院解散を表明した高市首相 首相官邸HPより
自民党は3分の2を超える議席を獲得したが、自民党の鈴木俊一幹事長は8日、NHKの番組に出演し、自民と日本維新の会の与党で「決して数を頼みに、強引に物事を前に進めようという姿勢は取らない」と言っている。
衆院で与党が3分の2を超えたのは、2005年の郵政解散、2012年、2014年とあったが、公明党や衆議院議長が伝家の宝刀として使うものと位置づけて無理させなかった。鈴木幹事長はそれを踏まえている。もし、高市さんが従来より頻繁に再議決を活用する気なら、総選挙で明示的に公約として示すべきであって、それをしていない限り、これまでと同じルールであるべきだというのが道理だ。
自民党の勝利については、女性であることと、率直な政治家臭くないものいいがゆえに高市さんはクリーンだとか悪いことしないというイメージがあり、そのイメージで個々の候補者が裏金議員であろうが、旧統一教会と本当に密接な関係を持ってきたとしても大目にみてしまった。安倍元首相のようにいかにも政治家らしい奥行きがあると、それが裏の顔があるのだろうと邪推されたのと好対照だ。
それに石破内閣のもとでの衆参両議員選挙と旧統一教会の解散命令で一山越えた感じはあるかもしれない。しかし、だからといって、党人事や公認、公明党との決裂の原因となった政治資金問題で、ここまで開き直った高市内閣をやり過ぎと思い留まるのが健全な国民だと思う。
また、何が受けたかと言えば、バラマキは各党同じようなものだが(維新はすっかり規制緩和や行革を横に追いやった。それを未来が埋めた)、積極的に片っ端からスイッチを入れて日本の可能性を見出すとかいっていたが、精選しないで無駄玉打つ宣言みたいなものだがもっともらしい説明で騙された(米価引き上げや診療報酬の引き上げなど経済の足を引っ張るだけでやってはならない政策だ)。
選挙キャンペーンは練りに練って、巨額の費用が投じられたはずだが、それに批判があまりないのが不思議だ。
野党については、別途、書くが、公明にとっては、政界再編のなかで、いずれは中道主義をより明確にしたかったし、現在の野党と組むのも選択肢だったのは確かだ。ただ、とりあえず、閣外協力とか次期総選挙後の連立復帰も否定していなかった。それはほとんどの自民党議員の望むところだった。
期待された中道改革連合は不発に終わった 立憲民主党HPより
しかし高市首相がおそらく党内の自公連立復帰派と公明党を潰したいという狙いの抜き打ち総選挙を打たれては、それに対抗するには禁じ手はない。それが立憲民主党との中道改革連合だったが、用意周到さに欠けた。
たとえば、党名も中道民主党とか民主中道党とかにして民主といれなかったから立憲民主党の支持者を引きつけられなかった。また、国民民主党にポーズだけでも秋波を送るべきだった。公明党がすべての小選挙区から撤退というのも極端だったのではないか。
立憲民主党については、民主党時代の大物はさすがに賞味期限切れだ。表にもっと若い人を出すべきだった。
参政党、保守党、国民民主党はいずれも右派ポピュリスト的路線で受けたのだが、自民党がそれ以上にそっちの方向に行ったらお手上げだ。国民民主党は合流かどうかは別にして、中道と一緒に行くべきだ。参政党は健闘したが今後の方向は高市政権の時代は潰されないようにしつつ、自民党が中道寄りになったときの戦略を考えるべきだろう。
社民党は議席ゼロになり、れいわは1議席。共産党も4議席。共産党は目の上のたんこぶだった不破哲三が亡くなったのだから、脱共産主義に踏み切り諸政党の枠を超えた社会民主主義政党を形成していってよいタイミングではないか。
今後はどうかといえば、参議院で与野党伯仲は続くし、これまでも3分の2を超える大勝のあとは意外にもろくなるものだ。
また、自民党がこれだけ勝つと新しく政治家になりたい人は野党からしか出られない。私がもともと提唱しているように国民民主も中道と一緒になって慎重に候補者をリクルートすれば勝てると思う。郵政選挙のあと次に民主党が勝ったのも、93年の下野のあと自民党が甦ったのもこれが原因だ。
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