
自民党HPより
今回の自民党大勝は、高市人気、にわか仕立ての中道の知名度不足、旧公明党側の協力姿勢、中国の圧力への反発など色々な理由はあるだろう。しかし、1955年のいわゆる保守合同以来70年、政党名が変わらなかったのは自民党と共産党だけという現実はある。そして、一方はほぼ一貫して政権を維持し、一方は泡沫政党の一歩手前という状況を続けている。
その間、数多くの政党が現れた。民社党、公明党、日本新党、新進党、新生党、希望の党、民主党。泡沫政党ばかりではない。中には政権を取った政党もある。しかし、いつか消えて行った。中道もすぐ消えるだろう。
自民党が真の国民政党かというと多分違う。自民党員は100万程度それもノルマで無理矢理集めた数だ。自民党の実態は数多くの既得権益団体、農協、医師会、タクシー業界、建設業界などなどの集合体だ。
彼らは自分たちの利益しか考えていない。少なくとも天下国家、国民一般のためには動かない。自民党議員の活動は辻立ちを除けば、それらの団体、集まりに顔を出し支持を訴えることに費やされる。
選挙はビジネスで言えばB2Cつまり消費者=有権者相手のものなのに、実態はB2B、支持団体という企業相手のビジネスになっている。
しかし、投票するのは一般国民だ。「風」と呼ばれるように支持政党のない人々が大きく動くのは、B2Cビジネスの広報活動が上手く行った時だ。
では何故、日本国民は既得権益集団(そのほとんどは他の国民から利益を吸い上げる装置だ)に政権を与え続けるのだろう。それは、変化を嫌い、空気を読む日本人の国民性が最大の理由だろう。
日本人の大半は理念は建前としか思わない。それらは話半分でしか受け取られない。しかし、空気が求めれば、法や規制がなくても実直に守る。コロナ禍の緊急事態制限では、夜の飲み会はなくなりマスクを外さなかった。太平洋戦争では万歳万歳で出征兵士を送り出した。
しかし、そんな非常事態(と日本全体が思い込む)ことがなければ、日本は漸進的というよりなし崩しでしか動かない。
大店法という法律があった。スーパーなど大規模店から中小商店を守るために駅前など町の中心部に一定以上の面積の小売店を作れなくしたのだ。1974年に成立したこの法律は車社会の到来で郊外の大規模スーパーに人が集まり、中心部は寂れる結果になった。結果、無意味というよりむしろ有害になり、大店法は2000年に廃止された。
日本では解雇は事実上禁止されている。これは法律と言うより裁判所の温情主義が招いたものだが、労働組合という既得権益団体は正社員の職を守るために派遣を増加させ、リーマンショックでは氷河期世代を作り出した。
しかし、人手不足の今、若年層は終身雇用前提で就職しなくなった。退職しても失業などはあり得ず。ネットの発達と合わせて、ハローワークは職を探す場所ではなくなった。
日本で既存の法律、規制をなくすのは容易ではない。それは特定の既得権益を守る側の反対を受ける。個々の規制で受ける損害は小さいので、数は少なくとも必死に権益を守ろうとする側がより強い影響力を持つ。これが自民党が変われない理由であり、企業・団体献金を絶対に廃止しない理由だ。
規制や法律を減らす、なくせば日本はもっと豊かになれる。過疎地はライドシェアでは高齢者も足の確保ができる。農業を企業中心に大規模化を進めれば食料自給率100%どころか輸出産業にだってできる。アジアの金融センターをシンガポールから奪うこともできる。しかし、変えられない日本がそれを阻む。
漸進的あるいはなし崩しの変化が常に悪いわけではない。ヨーロッパは2035年までにすべての自動車をEVにするという目標を立て挫折した。解散、解雇した内燃機関開発を元に戻すのは容易ではない。
しかし、日本は地球温暖化やその解決のための全面EV化など目指さなかったこと。それ以前に消費者はEVに飛び付かなかった。EVという理念は話半分国日本に敗れた。
日本の将来を考えると話半分国日本では行き詰まる(既に行き詰まっているのがOECDで一人当たりGDP最下位だ)。どうやってなし崩し改革を実現するか考えなくてはならない。日本人は変化を嫌う、しかしある閾値を超えると別の行動OS、実直さが作動する。その時の日本人は秩序立って共有する問題解決に向かう。
なし崩し的に何を目指すべきか、どうやってなし崩しを閾値突破につなげるのか。答えは簡単ではない。しかし、日本にはその経路でしか改革は実現しない。

(編集部より)この記事は、馬場正博@realwavebabaのポストを、許可をいただいた上で転載いたしました。






